26

 昔、家族で少し離れたところの温泉街に旅行に行った時のこと。そのころの僕は、なんていうか、やんちゃな子供だった。四年生くらいだったから体も大きくなってきて、それと同じだけプライドも高くなってきていた。小さい子は下級生も同級生もなんとなく下にみたり、それに、あまり勉強しなくてもそこそこ頭が良かったから、頭の悪い奴のことも正直なめてた。

 だから、僕はそういう奴らにちょっかいを出されると、たまらなくイライラして、よく殴った。それでいて家じゃそんな雰囲気を出したりはしなかったから、今から思うとすごく嫌な子供だった。

 だけど、きっと父親は何となく感じていたんだろう。二人で湯船に浸かりながら、父親は誰にでもなくポツリと言った。

「結局、人間は自分で自分を笑えるくらいが丁度いいんだよな」

 僕は、背伸びして父親の言うことを理解したくて、でもさっぱりわからなくて、どういうこと? と聞いた。すると父親は、今度ははっきり僕の顔を見ながら言った。わかりやすく。

「プライド高かったりする奴って、一緒にいると疲れない? しかも、そういう奴はたいてい自分も疲れるんだよ。自分も疲れて相手も疲れさせていいことないだろ? でも、プライド無くて誰かに笑われるのは嫌だから、自分で自分を笑ってやればいいって、そういうこと」

 父親は、まあ難しいか、と笑いながら呟くと、僕から視線を外し、肩までゆったりと温泉につかった。

 僕はというと、噛み砕こうとして、やっぱりまだあんまりわからなくて、ただ、「お前といると疲れる」と言われたようで、悲しくなった。

 それから「自分で自分を笑える」という言葉が頭から離れなくて、僕は少し意識してそうするようにしてみた。

 以来、父親からこの同じ話をされないってことは、少しは丁度いい人間になれたということなのかもしれない。この歳になると、あの日の言葉の意味もわかるようになったみたいで、やっぱりカッコいいなと思う。

 将来、もし僕も誰かの父親になれたら。そしてそいつがプライド高い嫌な子供になって、そのまま成長しそうだったら、僕も子供に言うつもりだ。

「人間、自分で自分を笑えるくらいが丁度いい」

 と、さも自分の言葉のように。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る