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 昔、家族で少し離れたところの温泉街に旅行に行った時のこと。そのころの僕は、なんていうか、やんちゃな子供だった。四年生くらいだったから体も大きくなってきて、それと同じだけプライドも高くなってきていた。小さい子は下級生も同級生もなんとなく下にみたり、それに、あまり勉強しなくてもそこそこ頭が良かったから、頭の悪い奴のことも正直なめてた。

 だから、僕はそういう奴らにちょっかいを出されると、たまらなくイライラして、よく殴った。それでいて家じゃそんな雰囲気を出したりはしなかったから、今から思うとすごく嫌な子供だった。

 だけど、きっと父親は何となく感じていたんだろう。二人で湯船に浸かりながら、父親は誰にでもなくポツリと言った。

「結局、人間は自分で自分を笑えるくらいが丁度いいんだよな」

 僕は、背伸びして父親の言うことを理解したくて、でもさっぱりわからなくて、どういうこと? と聞いた。すると父親は、今度ははっきり僕の顔を見ながら言った。わかりやすく。

「プライド高かったりする奴って、一緒にいると疲れない? しかも、そういう奴はたいてい自分も疲れるんだよ。自分も疲れて相手も疲れさせていいことないだろ? でも、プライド無くて誰かに笑われるのは嫌だから、自分で自分を笑ってやればいいって、そういうこと」

 父親は、まあ難しいか、と笑いながら呟くと、僕から視線を外し、肩までゆったりと温泉につかった。

 僕はというと、噛み砕こうとして、やっぱりまだあんまりわからなくて、ただ、「お前といると疲れる」と言われたようで、悲しくなった。

 それから「自分で自分を笑える」という言葉が頭から離れなくて、僕は少し意識してそうするようにしてみた。

 以来、父親からこの同じ話をされないってことは、少しは丁度いい人間になれたということなのかもしれない。この歳になると、あの日の言葉の意味もわかるようになったみたいで、やっぱりカッコいいなと思う。

 将来、もし僕も誰かの父親になれたら。そしてそいつがプライド高い嫌な子供になって、そのまま成長しそうだったら、僕も子供に言うつもりだ。

「人間、自分で自分を笑えるくらいが丁度いい」

 と、さも自分の言葉のように。

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