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「別の校舎の先生に、ロックはうるさいから嫌いだって言われたんだけどさ。違うよね。ロックミュージックで目立つ『うるささ』は、どっちかっていうと『説教臭いうるささ』だよね」

 塾で、新卒の社員の先生と音楽トークをしていると、ふと彼がそんなことを言った。上手いことをいうなあ、なんて、僕は感動してしまう。

「確かに、そうですねー。あとなんか、悟っちゃいました、みたいな感じもありますよね」

 そう返すと、先生は、そうそう、と笑った。

「俺、気づいてるよ、みたいなね」

「そう。お前ら、教えてやろうか? みたいな」

 うはは、と二人で笑う。

 彼、高野先生は、僕の英語の担当の先生だ。二年前、高野先生がアルバイトで入っていたころから、授業を受けている。おとぎ話とフジファブリックが好きな、社会人バンドを組む先生。自分でつけた肩書きは、「癒しのロックスター」。

 中学の終わりからロックにハマりだした僕に、先生の存在は拍車をかけた。先生は自分のオススメのCDを次々と僕に貸してくれて、僕はそれを次々とiPodに取り込んで、自分の体内へと取り込んだ。

 それが良い影響だったのか悪い影響だったのかは、まだわからない。だけど、僕がロックにどっぷりと浸かっていく中で、高野先生の存在はそれに拍車をかけた。火に油みたいな。

 先生と話す時、僕は家族の前でも、学校でも見せない自分を見せる。いつも、あんまりやる気がある方ではないけど、もっと、だるそうに。もっと、ダウナーに。まどろみながら、頭ン中が、ドロドロになっちゃったみたいな。そんな風になる。

 だけど、そういう時ほど、僕がいろいろなことを考えていることを誰も知らない。音楽のこととか、小説のこととか、映画のこととか、将来のこととか、受験のこととか、学校のこととか、広田の言葉のこととか。

 どれだけ嫌なことを考えても、家や学校にいる時みたいに、行きづまって、焦燥感から来る絶望にがんじがらめにされることはない。自然に、浮き輪から空気が抜けていくみたいに、僕の体から、まぬけな音をあげて不健康な感情が抜けていく。

 そうして浮き輪がしぼんでしまっても、僕はドロドロになった頭で、だだっぴろい思考の海にぷかぷかと浮かぶんだ。最高に自由な気分。オナニーの何倍も気持ちいい。まだ経験はないけど、多分、セックスよりも。


   *


 自習をして、先生と話して、自習をして。

 その繰り返しのリズムは心地がいい。緊張とリラックスの連続。もちろん、先生と話す時が緊張で、勉強をする時がリラックスだ。

 無心で問題を解く。頭を使う。でも、それはパターンだ。僕がやってるのは国語と英語の問題で、例えば英語の長文問題を解く時なんかは一番楽だ。本文を読むのは、日本語を読むのと変わらない感覚でできる。問題で内容を問われれば、読んだままを答えればいいだけ。

 だけど、先生と話すのは違う。僕は精いっぱいできる限り頭を使いながら先生と話さなきゃいけない。答えは無いから、僕は僕の思う正解を先生に伝えなきゃいけない。それに、先生が先生の思う正解を返す。僕のと先生のが似ていればいいけれど、違ったら大変だ。僕は先生と真っ向から対立しなきゃいけない。そうなると、僕に勝ち目は無い。だって、先生の思う正解は、すごく楽しそうだから。僕の正解の何倍も楽しそうでカッコよくて、気取って無い。僕は悔しさと嬉しさと純粋にカッコいいなあって思う気持ちがごちゃごちゃになって頭を悩ませる。疲れて、勉強に戻る。


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