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起立、礼。さようなら。
小学校から数えて十二年間。学校に行く日は、このあいさつで一日を締めくくった。
さようなら。
まだ、僕はこの挨拶と決別できていない。いつまで僕はさようならを言い続けるんだろう。十二年間も言い続けているくせに、あんまり上手に言えないのはどうしてだろう。
そんなことを思いながら、一日の学校生活によって溜まったグッタリとした不健全な何かを吐き出すように言ってやった。さようなら。
とたんに教室はざわつき始める。
「今日、カラオケ行こうよ」「いや、今日課題やってから帰るから。ごめんね」「ええ、マジで? じゃあ私もそうしようかな」
「なあ、職員室行くけど一緒に行かねえ?」「おう、どの先生に質問?」「現文の樋口。行こうぜ」
「やべえ、K大の去年の過去問、難しすぎる」「センター過去問やれよ。センターで点取れば関係無いっしょ」
「これ、借りてたCD、ありがとう」「あ、はいはい。どうだった?」「もう、すごい良かった。泣きそうなっちゃった」「でしょう? 今度別のやつ貸すよ」
やかましさに耳をふさぎたくなりながら、バッグを肩にかけて立ったところで、後ろの席の津田に声をかけられた。
「あれ、もう帰んの?」
ポケットからiPodを取り出しながら、応える。
「うん。梶原と塾行くから」
「そっか、お疲れ。あ、今度、バンプのCD貸してよ。新しいアルバム出たの、買っただろ?」
「おー、わかった。じゃあ明日持ってくる」
「よろしくー。じゃあな」
バイバイと手を振って、教室を出たところで、野太い声が僕の名前を呼んだ。振り向くと、二組の担任の樋口が眼鏡の奥で険しい目をしながら立っていた。
「あ、先生、さようなら」
とぼけて逃げようとする僕の肩を、樋口が強く掴む。教室の方を見ると、津田がこっちを見て、笑いながら指をさしている。僕は右手で狐をつくって、タスケテとその口をぱくぱくさせるけど、ささやかなその気持ちは通じなかった。
「コラ待て。話があるからちょっと来い」
大体の話の予想はつきながらも、何ですか? と先生の顔を見やった。きっと、薄ら笑いで。
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