天気予報(ホラー? 1300字)


 マンションの一室。

 男は、ごうごうとマシンガンのように降る雨の音で目を覚ました。


 同時に、気象庁へ文句をこぼす。


 昨夜の予報では、「降水確率0%、良いお花見日和です」というようなことを言っていたのだ。


 男は今日、彼女とデートに行く約束をしていた。

 まさに、桜のきれいな並木道を通ろうと思っていたのだが、その矢先にこれである。


 「ただまあ、こうなってしまったものは仕方ない。とりあえず、今日の予定をどうするか決めなくては」と立ち上がろうとしたとき、男はようやく異変に気がついた。


 「んっ、な……。これは、どういうことだ…………」


 男は、体を自由に動かすことができなくなっていた。


 近くの壁で倒れそうになる体を支えるようにすると、なんとか立ち上がることができた。


 そのままよたよたと覚束ない足取りで姿見の前までやってくると、男は、「妙なことだ」と何度もつぶやいた。


 男の体は、上半身は右回りに、下半身は左回りに、という風に、じれていた。


 右手は背に回され、左手はへそのあたりで固定され、さらには、頭までもが若干右を向いている。

 右足は、左足の前に置かれていた。


 指を動かしたり足を持ち上げることはできるが、正常な位置に体を戻すことはできないようであった。


 男には、なぜこのようなことになっているのか皆目見当もつかなかない。


 もしや病気になってしまったのではないかと、自由に動かない体を震わせながら冷や汗をながした。


*****


 マンションの一室。

 捩じれた男と対極に位置する部屋で、女は混乱していた。


 「なによ! なんなのよこれ! どうなってるの!」


 今日は彼氏とデートに行くはずであったのに、目が覚めると雨がざあざあと降っていた。


 それだけで気分が落ちるというのに、どういうわけか、女の体は捩じれていた。


 上半身は左回り、下半身は右回り。


 これではメイクもできやしない。どころか、外へ出歩けっこない。


 女は、ひどく嘆いた。


*****


 男は何とかしなければと、不自由な体でネットで検索したり、友人にそれとなく連絡を送ったりしていたが、特に現状をだかいするような手を打つこともできずに、昼を迎えていた。


 119番を呼ぶことが頭に浮かんだときには、雑巾のようにきゅうっと絞られ、もはや動くこともままならなかった。


 徐々に徐々に体は絞られていき、今では、上半身も下半身もほとんど一周していた。

 当然、頭も一周している。


 これじゃあホラー映画みたいだと、男は変に自嘲めいた笑みをもらした。

 

 雨が窓を叩いているというのに、男の耳には、長針の刻む音がいやにはっきりと聞こえた。


 ――カチ、カチ、カチ、カチ。


 「あ……これは、だめだ」


 呟くと同時、バンッと、男が爆ぜた。


 時を同じくして、バンッと、女も爆ぜていた。


***


 それからすぐ、蛇口をきゅきゅきゅうっと閉めたように、豪雨がぴたりとやんだ。


 ささっとほこりをはらうように、分厚い雲もながれていく。


 街の人々は突然のできごとに不思議がって、窓やらドアから外を眺めた。


 こどもは大はしゃぎで外にとびだしていく。

 


 陽気な空のした、コンクリートの地面は水できらきらと輝き、桜は満開に咲き誇っていた。

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