対象1

自惚れ屋

対象1

いつもより教室がザワついている気がする。何かあったのだろうか。いつもより僅かな熱気を感じる。


「よう、おはよう」


とりあえず自分の席に座り、前の席で既に談笑していたコウジとショウゴに声をかける。


「おうタカシ、おせえな。大丈夫か?」


「何がだよ。それよりなんでこんなにうるさいの今日?」


おいおいこいつマジかよ、と言いながら二人は顔を合わせる。コウジは俺を信じられないものでも見ているかのようにまじまじとこちらを見た後に、冗談だろ?と言いながら続けた。


「見てないのか?朝のニュース。速報まで出てたぜ」


「知らねえ、ニュース見ないし。で、何があったのよ」


「国の研究機関とかなんとかが人を機械化する実験をするらしいんだけど、その実験対象が国民から無作為に選ばれるんだってよ」


「なんだって?」


とんでもないニュースが飛び込んできたもんだ。人を機械化する?国民から無作為に?

人権問題が騒がれ始めて久しいこの時代に、そんな漫画で出てくる独裁国家みたいな事が許されるのか。今時サラリーマンが部下を飲みに誘っただけでもパワハラとか言われてるらしいのに。


「そんな事ありえるのか?」


「仕方ねえだろ、もう決まったんだから。それに、今の政府がわけわかんねえ事してるのは今に始まった事じゃないし」


それはそうだが、流石に公に人体実験を始めるとは思わなかった。今の政府は究極の民主主義の実現・・・とかなんとかで、SNSを使ったアンケート投票で総理大臣が決まったんだった。

もう2年も前だ。確か、まさか本当に自分の一票が自国の総理大臣を決めるとは思わずふざけて投票した人がほとんどで、その結果20代の引きこもりが選ばれた。

どっからどうやってどういう経緯で引きこもりが選ばれたのか、そんな総理大臣に権限はあるのかは知らないが、そうなってしまった。


「国際なんとか法とかに引っかからないのかな、アレ」


ショウゴは少し暗い顔をしている。確かに、無作為に選ばれるというのなら万が一自分が選ばれる、という事もありうる。そんな事がまかり通っていいのだろうか。


「機械化って、どんな風になるんだろうな」


「とりあえず一部とかじゃなくて全身らしいぜ。飯とかそういう日常的なのは人間のままらしい」


「じゃあ機械になってなんの意味があるんだよ」


「強くなるんだってよ」


「は?強く?」


「ほら、これ」


そう言ってコウジはパンフレットを差し出した。そこには一昔前のセンスの、やたらと大きく拡張され塗り絵のような原色で描かれたポップが散りばめられていた。


『目指せ鉄腕!君も100万馬力になろう!!』


そんな文字がでかでかと書かれている。


「なんだこれ・・・」


明らかにパソコンの初期設定で入っているような安価なソフトで作られているのが素人目でも分かる。文字を無理やり引き延ばしているせいで荒い。

ページをめくると機械化がいかに素晴らしいかが書かれている。が、どれも「強くなること」にしか言及されていない。

人間としての機能はどうなのか、そもそも強くなってどうするのかはどこにも書かれていない。


「強くなるってなんだよ」


「さあ、悪の組織でも倒すんじゃねえの」


コウジは肩をすくめる。


パンフレットには何故かパンツ一丁で戦う少年と、バイクに跨って仮面を被った人物、それに目出し帽を被った大量の全身黒タイツ人間が描かれている。

強く?ゲームの世界じゃあるまいし、機械化して強くなってどうするんだ。本当に悪の組織がいるとでもいうのか。


「マジで言ってんのかよ・・・」


「戦争とかに駆り出されたりすんのかな?」


「でも日本で機械人間みたいなのが作れるなら、アメリカとかでも作れそうじゃね?」


「本当なら作れるけど国際的にヤバいから作ってない所を、日本が強行採決で先に作っちゃう・・・とか?」


「そのうち各国の機械人間と一緒に戦ったりするんじゃねえの?」


コウジは笑いながらアメリカはこういう金髪のねーちゃんでさー、と胸の前で楕円形を作る。そういう事に慣れていないショウゴは少し恥ずかしそうだ。

パンフレットに目を落とし次のページをめくってみる。


『実験参加希望者には賞与も!』


『実験参加の際に起こった事故や被った被害については一切責任を負いません。また、安全を保障するものではありません』


恐ろしいことが平然と書いてある。マッドサイエンティストでももうちょっと優しいだろう。


政府主体なのに何故なにも保障されないのか。実験ということは、失敗する事だってあるかもしれない。

そもそも人を機械化するなんて聞いた事が無いし、成功する可能性の方が低いんじゃないか。失敗したらどうなるんだ?最悪の事が起こりうるのか。


「でもこれ、お金欲しい人とか殺到するんじゃないの」


「確かになー。いくらもらえんだろ」


パンフレットには金額の詳細や、一体どれくらいの期間実験に参加すればいいのか等は書かれていない。

確かに払いがいいならちょっとした短期のアルバイト感覚で参加する人もいるだろう。流石に政府が動いているんだから結構な額が貰えそうな気もする。

でもこれだけ不明瞭な実験にホイホイと参加する人が一体どれくらいいるのか。危険を冒しているからといって、貰えるお金も多いとは限らない。


「はい、静かにー。朝礼を始めますよー」


そんな事を話していると、担任の教師が教室に入ってきた。自分の席を離れて話していた生徒たちも自分の席に帰っていく。


「じゃあまた後でな」


「うん」


ショウゴは少し離れた自分の席へ帰っていった。何故か帰り際、不安げにこちらを見た。

しばらく俺とコウジを見ていたので、いいから早く戻れよ、と手振りで伝える。


「あいつビビりすぎだろ」


「いつか自分の番になるんじゃねーかって不安なんじゃねえの?」


「まあ誰だって怖いか。あんな内容じゃあな」


「まあな」


そう言ってコウジは前を向いた。ショウゴの不安も分かる。

担任の教師は生徒たちがすでにニュースを知っていると見、改まって話し始める。


「えー、皆さんももう知っていると思いますが、今朝政府から国民を機械化する実験をする事、その実験対象が無作為に選ばれることが発表されました。実験の期間や規模、何人選ばれるのかは発表されていません。

ですが、これに対し数多くの人権団体が抗議の声をあげています。先生も参加しています。皆さんも不安だとは思いますが、皆の事は絶対に守るので安心してください。では、今日の日直は──」


いつになく熱が入っていた。それもそうか。聖職者である教師からすれば、可愛い生徒たちを実験の生け贄に捧げるようなもんだ。教師然としている人間ならば憤るのも無理はない。

とはいえ、昔ならともかく今の政府が決めたことだ。人権団体が声をあげた所で覆る事はあるのだろうか。"民衆の声"は確かに強いが、所詮"声"は"声"。武器ではない。


「じゃあこれで朝礼を終わります。・・・絶対、皆の事は絶対に先生が守るからね」


熱く宣言、または自分に言い聞かせるように決意を込めてもう一度言った後、教室を出た。何人かの生徒は目が潤んでいる。

他の高校がどんなものかは知らないが、うちの高校、うちのクラスは現代の高校生にしては感情的である。もしくは、"出来が良い"。これも熱心な教育の賜物だろうか。

うちの担任の先生は生徒の事をよく考えてくれるとのことで生徒父兄共に人気があるらしいが、他の先生も負けず劣らず熱い人が多い。

おかげでイジメや不登校など学校によくある問題も起こった試しがないし、体育祭や文化祭などの行事は全員が楽しそうにしている。


「・・・」


改めてクラスを見渡す。少し火照った顔で俺も先生と一緒にやる!と宣言する者や、SNSで色々な情報を集め拡散しようとする者、中には親に電話して絆を確かめ合っている者までいる。

クラス内にそこまで友達が多いわけではないが、全員顔見知りではあるし関係も良好だ。万が一こいつらやこいつらの親しい人間が選ばれてしまったらどうなるんだろう。

先生が教室を出るや否や、ショウゴがこちらへ飛び込んできた。


「なんだおい、どうした」


「ぼ、僕も先生と一緒に人権団体?とかいうのに入ろうかな」


コウジと二人、顔を見合わせる。ショウゴは少し顔が赤い。


「どうしたんだよお前」


「僕も、何かの役に立てるかと思って・・・」


「役に立つ?」


驚いた。ショウゴがそこまで義侠心に溢れていたとは。普段は大人しくオドオドしているだけなのに、こんな熱い心を秘めていたのか。

先生の熱意にあてられたのか、いつも小さい声も大きくなっている。話に身振り手振りも加わっている。相当意気込んでいるようだ。


「でもお前、そんな所に入っても俺ら子供に出来る事なんてなくね?」


「だ、だけど皆で言えば実験が無しになるかもしれないし」


「どうだかなー」


「タカシ君はあきらめてるの?」


ショウゴは急に湧いて出た意志を制しきれず妙に焦っているようだ。ちょっと非難するような目を俺に向ける。


「落ち着けよ、そんな事言ってないだろ。・・・そりゃあ俺らにできる事があるならやった方がいいかもしれないけど、かといってなあ」


大人の先生にならまだしも、高校生の自分達にできる事は限られている。それに、そこまでの義侠心、正義の心を俺は正直持っていない。

先生の行動やショウゴの意志は立派だと思うが、ついさっき聞いた突飛なニュースに対してそこまで現実味を感じないというのもある。


「大体、本当にありえるのかこんな事?また思い付きでやってるだけで、そこまで本気じゃないんじゃね?」


「まあ確かに現実的じゃねえよな普通に考えて。国民を実験台に使うなんてよー」


「そ、そうだけど・・・」


少し落ち着いたのか、俺とコウジの意見を聞いたショウゴはまた弱気になった。

そりゃそうだ。こんな非常識な、国際的にもめちゃくちゃ非難されそうな事が起こりうるわけがない。モラルハザードとかそういう問題じゃない。国家にモラルハザードという言葉が当てはまるのかは知らないが。


「どうせ明日にでも撤回してるんじゃね?まだ見てないけど、どうせ世界各国からボロクソに叩かれてるだろうしな」


「それか、やるやる言って結局やらないとか、そんなオチだろ」


「でも・・・」


俺とコウジはやや冷めていた。少なくとも俺は。つさっき聞いたニュースに対して、今すぐに何かしようとは思えなかった。

それでもショウゴはまだ納得がいっていない。何がここまでショウゴを駆り立てるのか。いつも通りモジモジしながらも、まだ何か言いたげだ。


「でもお前の事見直したよショウゴ」


素直な感想を口にする。


「え、なんで?」


「そこまで義侠心っつーか、正義感があったなんて知らなかったよ。そのオドオドした感じ直せば、結構カッコよくなるんじゃねえの?」

笑いながら言う。が、冗談ではない。本当にショウゴにそういう一面があったのは知らなかったし、カッコいいと思った。

明確な意思を持つ、意志が強い人間はカッコよく見える。俺にはそんな、何かをしようという意思はないし、熱意もない。


「そ、そうかな?ありがとう」


釣られてショウゴも笑う。照れてはいるがまんざらでもないような、どこか成長した男の顔を見せる。

こうやって人間は成長するんだなあ、とか、全然どうでもいい事を思った。そしてどこか、ショウゴが羨ましくも思った。


「でも、こんな事ってあるんだな」


「うん・・・」


コウジは眉をひそめ口をへの字にして腕を組んだ。ショウゴがため息をつく。また暗い表情に戻ってしまった。


「なにがだよ?」


「だってお前、今朝のニュースで出てたぜ」


コウジはいつもと変わらない表情だ。


「実験対象に選ばれたのお前だろ」


「え?」

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