第23話 京街騒動・幕間

ー於・八兵衛はちべえ反物屋たんものや


 衛実もりざね権八ごんぱち野盗やとう集団『山狗やまいぬ』を追い払ったのと時を同じくして、こちらの方でも撤退てったいの合図を知った野盗達が、次々と剣を引いて店から走り去っていった。


 死闘しとうり広げられた店の前では、打ち捨てられた野盗達の死体が転がっており、その戦いの激しさを生々なまなましく物語っている。


 あやうい状況であったとは言え、何とか勝利をおさめて、あらい息をしている3名の用心棒ようじんぼう達の所に、短めの刀をその手ににぎった八兵衛が走り寄ってきた。


「皆、大事だいじないですかい!? られちまった奴はいないですかい?」


 自分達のやとぬしがやって来たのに気づいた彼らは、疲労困憊ひろうこんぱいといった様子であっても、武器を持っている手を後ろに回し、片腕だけ『休め』のような形できちんと姿勢を正しながら、整ったれいを返し、その内の1人が八兵衛の問いかけに答える。


「はい! 何とか皆、生きております!

 ただやはり、今回は敵の数も多く、1人はそこまで深いわけでもありませんが手傷てきずい、次の戦闘はひかえるべき状態にあるかと。

 さらに、敵中てきちゅうに突っ込んでいった権八さんと衛実さんの安否あんぴがまだ……」


 この場にいない2人の事について言及げんきゅうする所で、もうわけなさそうに話す用心棒をせいして、八兵衛は深くうなずき、了解りょうかいしたことを伝える。


「分かりやした。2人の事は無事に帰ってくることをいのりながら待つしかないでしょう。とりあえず、お前たちだけでも生きててくれて良かったでさあ」


 八兵衛の言葉に、いくらか肩のが軽くなった用心棒達は、心に余裕よゆうを持ち始め、それと同時に雇い主が右手に血糊ちのりがついた刀を持っていることに気づいて、先とはまた別の不安を感じ出す。


「もしかしてですが、まさか何人か、我らの守りを抜けて店内に? 死傷者ししょうしゃは……」


 だが、彼らの予想とは裏腹うらはらに八兵衛のまとう雰囲気はほがらかであり、それどころか新たな発見でも見つけたような顔をして、うれしそうな声音こわねで話し出した。


「いやあ、確かに何人かは店内に乱入らんにゅうして来やしたが、それは仕方しかたのないことでさあ。それでもまあ、少しあせりはしやしたが、」


 とそこへ、店の奥の店員達のひかえ室から、1人の少女が八兵衛達の元へけ寄って来た。


「八兵衛殿! みなの無事が確認できたぞ。お客人きゃくじんふくめて、怪我けがった者はおらぬようじゃ」


 彼女の報告を聞いて、八兵衛はより一層いっそう、嬉しそうに顔をほころばせて、彼女の頭をでながら口を開いた。


「そうですかい! そいつは良かった良かった! ご苦労様でさあ、朱音あかねちゃん」


 そのまま、用心棒達の方に向き直り、先程の話を続ける。


「もう手遅れかと思って、控え室に向かったら、このおじょうさんが入って来た野盗達をほとんど倒しちまいましてね、ウチは近くにいた残りの2人ほどを斬り倒すぐらいでんだんでさあ」


 彼の話を聞いて、『信じられない』といった表情で朱音を見る用心棒達。


「本当か!? 小さな身体からだなのに、よく倒せたな……」


「すごい……。普通に俺たちの戦力にくわわって欲しいほどッスね」


「なんにせよ、ありがとう。あんたのおかげで店の仲間達を守ることが出来た。れいを言わせてくれ」


 3人の用心棒達から一気に頭を下げられて、朱音は軽くおどろき、かしこまる。


「い、いやいや、そんなに頭をげられてもこまる。

 わらわはただ、敵を追い払うのに夢中になっておっただけで、そこまですごいことをしたつもりはないのじゃ」


 少しあわてふためくような感じで答える朱音の可愛かわいらしさに、その場にいた4人全員が、思わずほほゆるめて微笑ほほえむ。

 そして八兵衛が彼らを代表して、あらためて彼女に感謝を伝えた。


「それでも、ウチの大事な仲間を守ってくれたことに変わりはありませんや。朱音ちゃん、本当にありがとうございやす。

 それにしても、どうやって奴らを倒したんですかい?」


 不意ふいられた八兵衛の疑問に、朱音は心の中でギクリ、としながら、ぎこちないみをかべて答える。


「そ、それは、じゃな、あ、アハハハ……」


 もちろん、人の姿の彼女がまともに野盗達とわたり合えるはずもない。


 奴らがひかえ室に乱入らんにゅうして来た時に、恐怖きょうふで目をつぶったり、顔をそむけている店員達の姿を確認してから、朱音は一瞬いっしゅんだけ『変化へんげちから』をき、その手に爆炎ばくえんみ出して、まねかれざる客を焼き払った。


 仕留しとそこねた2人の野盗は、目の前で焼けげていった自分達の仲間の姿を見て、思わず恐怖に身をすくませて動きを止め、そこにやって来た八兵衛に斬り殺されていった。

 彼が到着した頃には、すでに朱音は人の姿に戻っていたので、正体しょうたいがバレることもなくんだのである。


 そんな朱音の事情じじょうをよそに、八兵衛達は『大方おおかた、あの衛実という男に戦いのすべを教えてもらったのだろう』と当たりをつけて、彼女のぎこちないみをかくしだと思いながらながめていた。


 何とか他の話題わだいうつろうと、周囲に視線をめぐらせる朱音は、その時になってようやく、彼女のとなりで守ってくれる男の姿がこのにいないことに気づいた。


「む? そういえば、衛実はいずこにおるのじゃ?」


 その質問を聞いて、用心棒達は『あっ!』という表情を浮かべ、そのうちの1人がすまなそうな顔で、朱音に説明した。


「すみませんッス。衛実さんは、権八さんと一緒に敵の只中ただなかに突っ込んで行きましたッス。

 俺たちが不甲斐ふがいないばかりに……。もうわけないッス……」


 彼は権八の隣で戦い続けていた男で、衛実が到着して2人が何やら言いあらそっているような感じがしたと思ったら、急に権八に『何としてでも、ここを守れ』と言いつけられて、そのままいてけぼりにされてしまったのである。


 しかし、彼らをたばねる用心棒のかしらが言うことは必ずげなければならず、それに敵の数が多すぎて、その対応に精一杯せいいっぱいだっため、抗議こうぎをするどころか、衛実と権八がどこへ行ってしまったのかさえ分からなかった。


 彼の話を聞いて、一気にあおざめていく朱音。


「そ、そんな……衛実……」




 彼女らを取りく空気がずっしりと重たくなっていきそうになった所に、突然、その場にはあまりにも不釣ふつり合いなほど、おだやかな声がかかってきた。


「お、いたか。良かった、皆無事みてえだぞ権八」


「無事みてえだぞ、ではないぞ衛実。お前が1番心配そうな顔をしていたくせに」


「うるせえな。あんただって、自分の仲間が心配じゃねえのかよ」


「ふっ、あいつらがそう簡単にやられるはずないだろう。ほら見ろ、皆ピンピンしているだろう?」


「ああ、そうだな。さすがは八兵衛さん所の用心棒だ」


 まるで小さなボヤさわぎをおさえて来たかのような軽い感じで店に戻ってくる2人の姿を見て、八兵衛や朱音を始め5人の顔には生気せいき宿やどり、それまでの空気の重さは明後日あさっての方へとき飛んでいった。


 その中から、いきおく飛び出した朱音が衛実の元へ一直線にけ寄っていく。


 それを見た衛実は、安堵あんどした表情を顔に浮かべて、彼女をむかえ入れようとし、


 猛烈もうれつ体当たいあたりを受けて、後ろに倒れ込んだ。


「ったいたっ! 朱音、お前何してんだ」


 おどいて、目を見開きながら問いかける衛実の上にまたがった朱音は、その両目になみだを浮かべ、くちびるめながら、心配から来た怒りをにじませた声で彼をめ立てた。


「何をしている、とはこちらのセリフじゃ、このたわけ! 何故なにゆえ、その身体からだで命をらすような真似まねをするのじゃ! ぬしは、わらわをひとりにでもする気か!?」


 朱音の激しい剣幕けんまくされて衛実は、バツの悪そうな顔をする。


「悪かったよ、余計よけいな心配かけてすまなかった。けどな、俺だって考えなしに飛び込んだわけじゃねえんだ。

 あのまま守りに入ってたら、俺達はいずれ殺される。そうなる前に、弱いと判断したヤツに突っ込んで、敵の大将をち取るしか方法がなかったんだよ」


「だからと言って、ぬしが突っ込む必要はないであろう! この店に来る前に、わらわが言ったことを忘れたのかぬしは!」


「だから悪かったって。お前が言ったことも忘れてない。けど、そこまでつらい思いをさせたんなら、次はそんな思いを2度とさせないってちかうよ」


もうしたな! 今わらわはこの耳でしかと聞き届けたぞ! 忘れぬからな!」


「分かったよ。絶対忘れない。

 ……でもまあ、何はともあれ、お前が無事で本当に良かった」


 朱音との約束を守ると誓った衛実の、話の末尾まつびにふとこぼれ落ちた、彼女の無事を喜ぶ気持ちが込められた言葉に、少女の心がり動かされる。


「き、急にそのようなことを申しても、わらわの怒りがおさまるわけではないのじゃぞ」


『怒っている』という口調くちょうわりには、どこかうれしく思っていそうな感じをただよわせている朱音は、れをかくすつもりか、ねた顔を若干じゃっかん横にそむけ、どんな風に衛実を見ればいいのか分からなそうな目で彼を見ながらこしを上げて、手を差しべた。


 衛実は、そんな朱音のいじらしさに軽くみを浮かべ、もう一度『悪かった』と口にしながら、その手をしっかりとにぎり返して立ち上がると、八兵衛達の方を向いて、あらためて彼らに心配をかけたことへの謝罪しゃざい戦果せんかを報告した。


「朱音を始め、八兵衛さん達にも迷惑めいわくをかけて、すまなかった。

 一応いちおう、俺と権八で『山狗』を追い払うことは出来たが、かしらを取りがしちまう結果になったことをこのを借りて報告させてもらう」


 衛実の報告を聞き届けた八兵衛は、その内容に何か思う所があるようで、何やら深く考え出してだまり込む。


 権八以外の用心棒ようじんぼう達も『山狗』という言葉を聞いて、『どうしてその名が、ここで……』と言った心境しんきょうでいるらしく、何やら不可解ふかかいそうな表情をしている。


 その反応はんのうを取る理由が分からなかった衛実は、同じように感じている朱音と不思議ふしぎそうな顔で見合わせ、視線を権八の方に向けて問いかけた。


「なあ、なんで皆そんな反応をすんだ? 『山狗』を知らないやつなんて、ここにはいないはずだろ?」


 権八は八兵衛と同じように、どこか考え込む様子を見せながら、衛実の問いに丁寧ていねいに説明し出す。


たしかに、お前の言うとおり、あいつらの名前を知らない奴はいないさ。しかし今回は、その奴らが俺達の店をおそったことそのものが問題なんだ」


「どんな問題だ?」


「お前もよく知ってると思うが、『山狗』はここと真反対まはんたい、つまり嵐山あらしやま根城ねじろにして動いている。奴らは縄張なわば意識いしきが特に強くてな。

 自分達の領分りょうぶんおかしに来る者を排除はいじょするのはもちろんのこと、それ以外の勢力せいりょくっている土地をおそうことも滅多めったにしないんだ」


「だがげんに、奴らはここに来た。それはつまり、そうせざるをない状況にあったってことなんじゃねえのか?」


 権八の話を聞いて自分なりの推測すいそくを立てて話す衛実に、それまでだまり込んでいた八兵衛がすような形で口をはさんだ。


「衛実の旦那だんなが言うことはごもっとも。ですが、これは商人としてのウチのかんにはなりやすが、今の『山狗』は他の勢力を襲うほど切羽せっぱまってはないはずなんでさあ。

 それに奴らのかしらはウチと同じ『商人あきんど』でもあります。あの男にも『商人としての流儀りゅうぎ』というものがあり、ウチはそれを知っているからこそ、今回の出来事が信じられんのでさあ」


「つまり、端的たんてきに言っちまえば、今回の一件いっけん普段ふだんとはちがう状況になっている、っていうことなんだな?」


「そうなんでさあ」


 衛実の解釈かいしゃくうなずいて肯定こうていしめす八兵衛のとなりで、腕をんで何かを考え込んでいる様子の権八が、自らのやとぬしに向けてある提案を持ちかける。


「……八兵衛さん、何だかいや胸騒むなさわぎがする。少し、この地域の見回りをさせてくれないか?」


 八兵衛も特に理由を聞き出すことなく、権八の提案を受け入れた。


かまいやせんよ。ですが権八、お前一人で大丈夫ですかい? ねんためもう1人くらいけた方が、」


「いえ、お気になさらず。俺1人で充分じゅうぶんです。それでは、失礼」


 そう言うと権八は、すっ、とそのから立ち去り、見回りへと向かって行った。


 その姿をだまって見送ってから、八兵衛はおもむろに口を開いて、残された人々に向けて指示を送った。


「それじゃあ皆、予想外の出来事が起きたけれど、まだ今日という日は終わっちゃいませんぜ! しっかり立て直して、またお客さんを呼び込みやすよ!」


 八兵衛の号令ごうれいを聞いて動き出す用心棒ようじんぼうや店員達。

 こまかい所はどうであれ、過去にも野盗におそわれた経験があるので、店の営業再開に向けた動きにぎこちなさはなく、順調に作業が進んでいった。


 その様子をながめながら、八兵衛は近くにいる衛実と朱音にも声をかける。


「とりあえず、お二方ふたがた一旦いったんひかえ室にお戻りください。

 朱音ちゃんはお色直いろなおしをする必要がありますし、衛実の旦那だんなも先の戦闘で何かと入り用のものがありますでしょう?」


「そうだな……。それじゃ朱音、ここは八兵衛さんの言葉にあまえよう。

 八兵衛さん、気を使ってもらって感謝する。なるべく早めに戻れるようにするから、少しの間だけ待っててくれ」


「大丈夫でさあ。あせらず、入念にゅうねんに準備なさって下さい。

 言い忘れていましたが、衛実の旦那だんなも朱音ちゃんもこの店を守ってくれて、ありがとうございやした」


 やわらかな表情を浮かべる八兵衛の感謝の言葉にだまってうなずいてみせた衛実と朱音は、自分達のだしなみを整え直すため、身をひるがえしてひかえ室へと向かって行った。

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