第22話 『山狗』との戦い

 衛実もりざねひかえ室から飛び出して店の売り場に到着すると、八兵衛はちべえが大声を出して、その存在感を示しながら店員や客の避難誘導ひなんゆうどうおこなっているのが目に入って来た。


 さすがは武士の家の

 こんな事態になってもあわてることなく、冷静に、それでいて迅速じんそくに動いていた。


「すまん、遅くなった。状況は?」


 衛実が走り寄りながら声をかけると、八兵衛も彼に気づいて『良い救援きゅうえんが現れた』という顔をしてむかえ入れた。


「衛実の旦那だんな! 良かった、すぐに動ける状態でございやすね!

 それじゃあ、急いで表に出てくだせえ! 権八ごんぱち達が応戦していますが、さすがに数が多すぎるみたいです。

 こっちはウチにまかせておいてくだせえ!」


「よし、任された!」


 八兵衛の指示を2つ返事で受け入れた衛実は、背中に引っさげた薙刀なぎなたき放ち、店の表へとけ出して行く。


「ご武運ぶうんを!」


 その姿を頼もしそうに見つめながら、八兵衛は激励げきれいの言葉を送り、引き続き、客や非戦闘員の避難誘導に取り掛かっていった。




ーー八兵衛の反物屋たんものや前の街道かいどうーー


「権八さんッ! こいつら、今日はやけに数が多いみたいっスよ!」


ひるむな!

 孤立こりつしないよう、冷静に仲間達と連携れんけいを取っていれば必ず勝てる! あわてず、ただ前の敵を討つんだ!」


 すでに店の前では、野盗やとう集団と八兵衛の用心棒ようじんぼう達が大立おおたち回りを演じており、彼らのす無数の剣戟けんげきあたり一面に鳴り響いていた。


 数で見比べてみると、用心棒達が4名ほどしかいないのに対し、野盗集団はその倍、いやそれをも上回る大人数で襲いかかって来ていた。


 さらに、今回襲いかかって来た野盗集団は、見た目のわりにかなり統制とうせいが取れているようであり、中々なかなかすきを見せない。


 個々ここの能力では、八兵衛の用心棒達の方が上ではあったが、さすがの彼らも苦戦はまぬがれない状況だった。


「もっとせまい場所に引きめ! 突出とっしゅつするな!」


 権八は、自身も2りの短刀を縦横無尽じゅうおうむじんに振るいながら、仲間達に指示を送る。


 前の『鬼』との戦いで命を落とした吉之介きちのすけ達にり代わり、今は彼が八兵衛の反物屋の用心棒達を取りまとめていた。


(くそっ……! 吉之介さん達がいたら、もっと楽だったはずなのに!)


「権八さんッ! 後ろっス!」


 戦闘中に、ふとなつかしい自分の先輩の顔を思い出した権八は、その一瞬の気のゆるみにより、自分に向けられた殺意さついに気がつけなかった。


「なっ! しまっ……!」


 振り返った権八の目の前には、上段じょうだんから振り下ろされたやいば肉薄にくはくしていた。


 人間の本能として、反射的に目をつぶって間に合わないと分かっていながらも、左腕でかばいに行こうとする権八。




 だが、いつまでっても、その白刃はくじんが権八の身体を切りくことはなかった。


 権八がおそる恐る目を開くと、自分をねらった野盗が背中から串刺くしざしにされるような形で、薙刀のっ先につらぬかれている。


「な、なんだ……?」


 権八が一瞬だけ、わけが分からずに突っ立っている間に、今度は自分の左側で3人の野盗が何者かの薙刀でなぎ倒されていく。


「お、お前は……!」


 おどろきに見開かれる権八の視線の先に、薙刀を振り抜いた姿の衛実がいた。


 斬撃ざんげき合間あいまって襲いかかる野盗のやいばをひらりとこともなげにかわし、権八の右隣に並んで武器をかまえ直した衛実は目だけを彼の方に向けながら、話しかける。


「遅くなって悪い。これからは俺も参戦する。戦況は?」


 問いかけて来る衛実に対し、驚きから気を立て直した権八はとりあえず彼のあざやかな技量ぎりょうへの感想をし置き、すぐさま指揮しきをとる者の顔に戻って、簡潔かんけつに伝える。


「統制の取れた野盗集団が攻めて来た。何人かは討ち取れたが、依然いぜん、圧倒的な数の差だ。

 今はこの状況の打開だかいのために、向こうのすきをうかがっている」


「隙、つったって、こんな数相手じゃ、そうそう見つかりっこねえよ。そんな事するより先にこっちがつぶされる。

 なら、向こうの頭をさっさと討った方が良いと俺は思うが?」


 衛実の指摘してきに、権八はき捨てるように答える。


「出来るなら、俺もそうしているさ!

 でもこっちは、お前を入れても5人。それに比べて敵は、今ざっと見ても10人以上もいて、包囲網ほういもうを作っている。

 そんな中に馬鹿正直に突っ込めば、命を落とすのは明白めいはくだ!」


「……なるほどな。でも本当にそうか? 案外あんがい、やってみないと分からねえこともあるもんだぜ?」


 すっ……、とまるで何かにねらいをさだめたたかのような目をした衛実のはなつ言葉に、何やら上手うまく言い表せないほどの嫌な予感をいだいた権八は、その言葉が示す意味を推測すいそくし、戦慄せんりつした。


「お、お前、まさか突っ込む気か!? 無理だ! 死んでしまうぞ!」


「どっちにしたって、死ぬ時は死ぬ。

 それなら俺は、ただだまって死を受け入れるより、自分で動いて活路かつろを切り開く!」


 そう言うやいなや、衛実は腰を時計回りにひねって薙刀を振りかぶりながら勢いよく敵の左翼さよくに突っ込んで行く。


「ちょっ、まっ! ……くそっ!」


 自分の制止せいしの声もとどかないとさとった権八は、残りの3名に『なんとしてでも、ここより先を抜かせるな』と厳命げんめいして衛実の後を追い始めた。


(なんて無茶苦茶むちゃくちゃな人なんだ……。どう足掻あがいても切りきざまれるだけの未来しか見えないぞ)


 もちろん、権八にだって『この状況を無傷むきずで切り抜けられる』とは、到底とうてい思っておらず、いずれジリひんになるのは分かっていた。


(だからと言って……!)


 周囲の追いすがってくる敵を切り捨てながら、権八は衛実の背中を追いかける。


 権八の『いずれ切りきざまれる』という予想とは裏腹うらはらに、前を行く衛実は一向いっこうにその気配けはいを見せない。


「ラアッ!」


 むしろその逆。衛実が進むごとに、その周りで真っ赤な血しぶきが飛びい、次々と野盗達のしかばねみ上げられて行く。


 しまいには、衛実の『鬼』のような強さと激烈げきれつ気迫きはくおそれをいだいた野盗達が、我がかわいさに道をけて行く始末しまつ


 後ろを走る権八は、次々と出来上がっていく道に、ただただ唖然あぜんとしていた。


(あれが、衛実の強さなのか……? ケタ違いに強いじゃないか!)


 そんなことを感じつつ、足を止めない権八の視線の先で、衛実が静止せいしして何かを見つめているかのように前方を向いているのが見えた。


 ようやく追いつき、あらくなっていた息をととのえながら、権八は衛実に問いかける。


「どうしたんだ、衛実。いきなり止まったりなんかして」


 彼の問いに衛実はだまって前方を指差ゆびさす。


「あれを見ろ」


 衛実の指の先を追って視線を前へと向ける権八に、信じられない光景が飛び込んで来た。


「あ、あれは……!」


 敵の最も守りが固くなっている所、その奥に、一際ひときわ大柄おおがら身体からだをした男が腕を組んで仁王立におうだちしていた。


 その男が身にけている服の胸元むなもとには『凶暴きょうぼうな犬』の図柄ずがらえがかれている。


 それを見て合点がてんが言った権八は、目を思いっきり見開き、けわしい顔でにらみつけながら、しぼり出すようにつぶやく。


「"山狗やまいぬ"ッ……!」


 この京の街で暮らしている者であれば、一度は聞いたことのある名前。

 けれどそれは『悪い意味で有名』であり、普通の人であれば、その名を聞くだけで腰が引けるほどの強烈きょうれつな印象をあたえる野党集団。


 『今、自分達の視線の先にいるこの大男こそがそのかしらであるのだろう』そう当たりをつけながら、衛実は薙刀を下段げだんかまえて相手を見据みすえる。


 その姿勢のまま、大男に向かって牽制けんせいするような口ぶりで話しかけた。


「命がしかったら、さっさとせろ。そうじゃねえなら、今ここで、てめえを切り捨てる!」


 衛実が口を開くと同時に放つ殺気さっきあつに、大男の取りきの幾人いくにんかがたじろぐ。


 だが、とうの本人はかいさず、ふてぶてしいまでの表情を作り上げて答えた。


「ふん、たかが2人ごときに何が出来る。

 貴様きさまら! こいつらをかこんで切りきざんでやれ! そのらず口をたたせて、二度と開けないよう完全にだまらせろ!」


 野太のぶとく、く者の腹の底をさぶるような声に発破はっぱをかけられた野盗達は、衛実と大男、2人の放つあつ板挟いたばさみになって息苦いきぐるしそうにしながら、まわりに合わせて慎重しんちょうに衛実と権八の方へと、その包囲のちぢめて行く。


 血走ちばしった目をした野盗達に、氷のような視線を向けて間合まあいをはかる衛実は、背中合わせになって反対側に意識をそそいでいる権八に向けて、これから自分がやろうとしていることを耳打みみうちで伝えた。


「俺はこのまま突っ込んで、ヤツを討ち取る。権八、あんたも来るか?」


 衛実の提案を聞いて、一瞬だけ『ふざけているのか』と思った権八は、それでもまわりを見渡して自分達の置かれている状況を確かめると、もうそれしか活路かつろが無いとさとり、どこかあきめたような顔で首をたてった。


「……やれやれ、分かったよ。敵のかしらのことはお前にまかせる。

 俺は邪魔じゃまが入らないよう、露払つゆはらいをしておくから、好きなだけやってくるといいさ」


 権八の了承りょうしょうた衛実は、不敵ふてきみを浮かべ、獲物えものねらおおかみのような目をしながら口を開いた。


「協力的で助かるぜ。それじゃ、行くぞ。

 3、2、1……かかれっ!」


 衛実が号令をくだすと同時に、正面から猛然もうぜんと包囲の輪に向かって突っ込んでいく。

 急な動きに対応が遅れた野盗の1人が、あわれにも首筋くびすじから派手はでに血をき出して倒れた。


 一方、権八も衛実の突撃に呼応こおうするように2本の短刀を自在じざいあやつりながら、彼にむらがる雑兵ぞうひょうの命を確実にうばっていく。


 2人の勢いに、呆気あっけなくくずされていく包囲網。先に抜けた衛実が薙刀についた返り血を振り払いながら、『山狗』のかしらの元へと一直線に向かっていく。


「ハァッ!」


 たてとなった2人の野盗をあざやかにさばいて切りせ、目前もくぜんせまった獲物えものに向けて振りろす衛実の薙刀と、『山狗』のかしらの右手ににぎられている分厚ぶあつ乱刃刀らんばとうが火花をらす。


 そのまま両者、鍔迫つばぜり合いのようになりながら相手の顔をにらみ合った。


「ふん、どうやら口だけのひよっこでは無いらしい」


 2人の間に流れる無言の空気を破って口を開く『山狗』のかしら。その者の重い剣圧けんあつを負けじと押し返しながら、衛実も軽口かるくちたたいておうじる。


「はっ。てめえも、ただのずんぐりむっくりじゃないらしい。さすがはかしら、ってとこか?」


 衛実の挑発ちょうはつをものともせず、逆に笑って返す余裕よゆうを見せながら、『山狗』のかしらは『フンッ!』と1つ気合きあいを入れると、ちからの全てを剣をにぎる手に集中にさせて衛実をはじき飛ばす。


 4mほど後ろに飛ばされながらも衛実は、転倒てんとうすることなくしっかりとってえ切ると、ぐには突っ込もうとせずに、全神経を集中させるように静かに武器をかまえ直して敵を見据みすえた。


『山狗』のかしらも追い討ちをかける訳でもなく、地にそびえ立つ大樹だいじゅのような体勢で衛実を見返す。




 2人がにらみ合いを始めて、もう一度剣をまじえるかと思われた頃合ころあいで、不意ふいに『山狗』のかしらが武器をろして身をひるがえした。


 それを不審ふしんに思った衛実は、かまえを取った体勢たいせいのまま、その行動の真意しんいを問いただす。


「おいてめえ、まさかこの俺がその背中をりにもいけないほどあまったれだとでも言うつもりか?」


 衛実の投げかける言葉に、『山狗』のかしら肩越かたごしに目線をくれてやりながら答えた。


「なに、気が変わっただけだ。貴様きさまはいずれこの俺が正々堂々せいせいどうどうと討ちたしてくれる。それまで精々せいぜい、残りの人生を楽しんでおくことだな。

 者共ものども撤収てっしゅうだ! 負傷者ふしょうしゃは軽いヤツから連れて帰れ! 後のウジ虫は捨ておけ!」


 こく暴君ぼうくんごとき態度で撤退てったいを指示した『山狗』のかしらは、その大柄おおがら身体からだつきからは想像できないほどの身のこなしで馬に飛び乗ると、手下てしたを残してさっさと引き上げて行った。


 その背中を『盗賊とうぞくに正々堂々とかあるのかよ……』と、どこか呆気あっけに取られた表情を浮かべながら見送る衛実のもとに、一段落ひとだんらくした様子の権八があゆみ寄って来た。


「何とか撃退げきたいに成功したか……。

 やれやれ、今回ばかりは、さすがにあぶなかったな。衛実、お前はどこか怪我けがをしていないか?」


 権八の問いかけに気づいた衛実は、肩をすくめながら何事なにごとも無かったかのような口ぶりで答える。


「ああ、見ての通り、ピンピンしてるぜ。あんたも特に大きな怪我はしてないみてえだな。

 流石さすがは八兵衛さん所の用心棒、ってとこか?」


 衛実の軽い冗談じょうだんに、思わず苦笑にがわらいを浮かべる権八。


「これでも一応いちおう、用心棒のかしらだからな、俺は。

 それにしても、本当に頼りになるやつが来てくれてものだ。これは、弥助やすけ殿どのとやらにでも感謝しておくべきかな」


 権八の何気なにげなくはっした言葉の中に、あまり聞きたくない者の名前がふくまれていたことに、少し顔をしかめた衛実は、その話題を早々そうそうに終わらせるかのように帰還きかんうながす。


「あいつにれいなんて言う必要ねえぞ。それより、さっさと戻ろうぜ。店がどうなったかも気になるしな」


 衛実の進言しんげんに、権八も深くうなずいておうじる。


「そうだな。そうと決まれば急いで戻ろう。

 衛実も、お前のれのことが心配だろうしな」


「うるせえ、ほっとけ」



 そんな具合ぐあいで、2人の武芸者ぶげいしゃは自分達の帰るべき店へと歩みを進めて行くのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る