第18話 いざ、八兵衛の反物屋へ

 翌朝、衛実もりざね朱音あかねはいつものように、弥助やすけの家で家主やぬしと共に朝食をっていた。


 衛実は、机の中央にある兎肉うさぎにくと春野菜のいため物が盛られた大皿から、適当に自分の分を取って皿に移しえながら、弥助に今日の仕事の確認をし始める。


「それで弥助、今日は朱音も連れて、八兵衛はちべえさんの所に行くってことでいいんだよな?」


 聞かれた弥助は、しょくしていた白飯を飲み込んで胃の中におさめてから、うなずいて答えた。


「そうだよぉ。昨日、家に帰った後に使いを出してねぇ。八兵衛さんからも『心待こころまちにしておく』っていう返事をもらっておいたよぉ」


「よし、それなら安心だな。弥助、助かるぜ」


「まあまあ、こういうのは、あっしの仕事だからねぇ。あ、朱音ちゃん、おみずんで来ようかぁ?」


 朱音の湯のみの中の水が無くなっていることに気づいた弥助が、自分のを汲むついでとばかりに気をかせて声をかける。


「む……、弥助、ありがとう。お願いするのじゃ」


 朱音は、まだ眠気ねむけが抜けていないようで、目をしばたたかせながら答える。

 心なしか、はしを握る手つきもおぼつかなく、こぼれたご飯粒が口元についていた。


「本当にお前って奴は、朝が弱いんだな」


 その様子を見た衛実が『しかたがないな』という顔を浮かべながら、ちり紙で朱音の口元に付いていたご飯粒をき取る。


 水汲みから戻ってきた弥助も、だまってされるがままの朱音を見て、思わず口元にみを浮かべた。


「まあまあ、朱音ちゃんもまだ小さいし、そんなもんでしょう。でも朝が弱いっていうのは、ちょっと意外だったねぇ」


 弥助の『意外と』という言葉と、自分が朱音に対していだいていた印象に差を感じた衛実が家主やぬしの方を振りあおぐ。


「そうか? 案外あんがい抜けてる所、多いぞこいつ」


「そうかもしれないけどぉ、このとしで遠くからわざわざ京に来たり、この前の戦闘からもきちんと帰って来るあたり、しっかりしていると、あっしは思うよぉ。

 もちろん、衛実がしっかり守りきったこともあったけどねぇ」


「なんだいきなり。朱音と生きて帰って来れたのは、まぐれだよ」


 いきなり自分をめる流れに持っていきだした弥助に、衛実はそっぽを向いて頭の後ろをきながら、はぐらかした。


 そんな様子の衛実を弥助は、息子の成長を喜ぶ父親のように微笑ほほんで見守りつつ、やっぱりちょっとイジりたくなって茶化ちゃかし出す。


「そんな衛実ならきっと、今回の仕事もきちっとやってくれるんだろうなぁ」


 『やっぱりいつも通りだな』と心のうちで思った衛実は、はあ、と1つため息をついて返答した。


「そうやって、変に緊張させるようなこと言ってくるんじゃねえよ。お前に言われずとも、仕事はきっちりやりげてやるからな」


「うんうん、頼もしいねぇ」


 そう言って、腕を組んで大げさにうなずいて見せる弥助を憮然ぶぜんとした表情でじっと見た衛実は、軽く首をかしげた後、残っていた飯を一気にかきこんで、さっさと上の部屋に戻って行った。


 それをニヤケた顔で見送った弥助は、今度はまだ残ってご飯を食べている朱音に声をかける。


「朱音ちゃん、身体の調子はどうだい? この街にも、そろそろ慣れてきたかなぁ?」


 徐々じょじょに眼がめて来た朱音は、食事を続けながら弥助の問いに答えた。


「うむ。怪我けがもだいぶ良くなって来ておるし、衛実に案内あないしてもらって、少しずつじゃが、この街の空気を知ることができた。

 弥助にもこうして助けてもらっておることじゃし、今の所は、特に問題なさそうじゃ」


 それを聞いた弥助は、安心して満足そうな笑顔を浮かべた。


「それは良かったよぉ。まだまだこれから、大変な事もあると思うけど、あっしも出来る範囲で支えていくから、頑張っていこうねぇ」


「ありがとうなのじゃ」


 と、ここで朱音は、何か後ろめたそうに下を向いた。


「……衛実も弥助も、わらわに優しくしてくれてうれしい。じゃが、わらわは何もしてやれておらぬ……。

 のう弥助、本当は衛実もぬしも、わらわの事を迷惑に感じておるのではないか?」


 そう言って朱音は、顔を下に向けたまま、遠慮えんりょがちに弥助の方をうかがう。


 一方、弥助はと言うと、『なんでいきなり、そんな事を言うんだ?』とでも言うような顔をしていて、朱音の視線に気づくと、顔を横に振って、彼女の懸念けねんをやんわりと否定した。


 そして、内緒話ないしょばなしでもするかように、朱音の方に身を寄せて話し始める。


「そんな事ないよぉ。

 ここだけの話、衛実は朱音ちゃんと出会ってから、なんと言うか、前と比べて感情がゆたかになった気がするんだよねぇ。今まで衛実が感情をあらわにした時って、怒った時ぐらいだったからさぁ。

 それが最近じゃあ、少しだけど笑うようになってきた。それはきっと、朱音ちゃんが衛実と一緒にいてくれたからだと、あっしは思っているよぉ」


 そこで話に一旦区切りをつけると、朱音から離れて自分の席に座り直しつつ、話を続けた。


「それにあっしも、おかげ様で、ここ最近は楽しく過ごさせてもらっているよぉ。

 朱音ちゃんだけじゃない。あっしらだって、朱音ちゃんに元気を分けてもらっているのさぁ。

 時に支えて、支えられて。人はそうやって生きていくものだから。

 だからね、朱音ちゃん。これからも衛実と一緒にいてあげてくれないかい?」


「……! 分かったのじゃ! わらわにまかせてくれ!

 ………此度こたびもまた、誰かに助けてもろうてしまったの」


 弥助のはげましに、いくらか気を持ち直した朱音は、みょうに何となく気恥きはずかしくなって、かくしの笑みを顔に浮かべる。


「うんうん、そういうことだねぇ」


 そんな朱音を、弥助はいつものようにおだやかな顔で優しく見守り続けていた。




 そうこうしているうちに、朱音も食事を終え、片付けをませてから、出発の準備をしに部屋へと向かう。


 それから30分が過ぎた頃には、弥助の店先に、支度したく調ととのえた衛実と朱音が店主の見送りを受けていた。


「それじゃ弥助、行ってくるからな」


「うん、気をつけてねぇ」


「弥助、今日の朝餉あさげもまた美味びみじゃった! ありがとうなのじゃ!」


「うんうん! 元気がいいねぇ、朱音ちゃんは。その調子で、お仕事頑張ってねぇ〜」


 2人のやり取りに、何となく疎外感そがいかんおぼえた衛実は、先程、自分のいない所で何があったのか、よく分かってなさそうな顔で不思議そうに2人を見比べていたのだった。

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