第17話 京街散策 弐

 八兵衛はちべえ反物屋たんものやで、朱音あかねの新たな服の布地を購入して帰った2日後。


 今度は衛実もりざね・朱音・弥助やすけの面々で、弥助の知り合いの仕立て屋を訪れるため、祇園ぎおんへと向かっていた。


「なんとなく、不思議な気分じゃ。衛実とは共におることが多かったが、弥助も一緒なのは、中々新鮮じゃな!」


 道を歩きながら、朱音は少し楽しげに話し始める。


 それを聞いた弥助も、首をたてに振って同意を示した。


「そうだねぇ。あっしもこうして衛実と並んで歩くのは、久しぶりだぁ」


 そして、茶化ちゃかすような顔で衛実の方を向いて話しかける。


「ほらぁ、衛実もそんなに間を空けないでぇ。ずかしがらなくてもいいんだよぉ?」


 その声に衛実は、まゆをひそめながら弥助の方を一瞥いちべつし、すぐにまた明後日あさっての方へと顔を向けた。


「あのさ、弥助はいつまで俺の保護者ほごしゃ気取きどりなんだよ。そんなに俺たち関わり深くねえだろうが」


 衛実の口調くちょうはどこか不機嫌そうと言うか、居心地いごこち悪そうというような感じである。

 普段の2人の会話から受けた印象にしては、今の状況が納得行かない朱音は弥助にたずねた。


「弥助は、何か衛実の弱みでもにぎっておるのか?」


「う〜ん? あっしとしては、そんなことはないつもりだよぉ。衛実とは、いつだって対等な立場さぁ」


 飄々ひょうひょうとした顔でけ負う弥助。すぐさま衛実のツッコミが入る。


「んなわけねえだろ。お前はいつも報酬をかさに、仕事の主導権を握るじゃねえか。そんなのが『対等』なわけあるか。今だって、どんな無茶振むちゃぶりがあるのか気になってしょうがねえんだ」


「やだなぁ衛実、そんな事ないだろう? 朱音ちゃんに変な事を吹き込むのは辞めてくれないかい?」


 口調の割には、やけに引っかかる笑みを顔に浮かべる弥助が衛実をじっと見つめる。


「……おい弥助、そんな見えすいた笑顔なんて作るんじゃねえ。目が笑ってねえぞ」


「衛実、うそは、良くないよ?」


 弥助のはっするあつに、衛実は『おっかねえやつ……』と捨て台詞ぜりふいたきり、それ以上言い返すのをあきらめ、今まで2人のやり取りをだまって見ていた朱音も、何となく弥助は敵に回さないようにしようと心のうちで決めた。




 それから他愛たあいもない話をり広げている内に、一行いっこうは目的の仕立て屋に辿たどり着いた。


 朱音が仕立て屋に身体からだのサイズをはかってもらっているのを、衛実と共にながめながら、弥助はおもむろに口を開いた。


「……特に言う必要もないとは思うけど、朱音ちゃんの体つきは、あまり戦闘向けじゃないねぇ」


 弥助のとなりで、同じく朱音を見守っていた衛実もうなずく。


「そうだな……。あいつは今まで戦った経験がない。生きるすべを少しは身につけてるみたいだが、あれじゃあ、いつか戦場いくさばで命を落とす。どうしたもんか……」


「いつかきたえないといけないかもねぇ。良かったら、あっしが紹介しようか?」


「お前にそんな当てがあったのか? ホントにお前って奴は、一体全体、何者なんだよ」


 弥助の思いがけない提案に、衛実は驚きと共に、改めて『弥助』という人物の底知そこしれなさに小さく身震みぶるいした。


 そんな衛実を知ってか知らずか、弥助はどこかとぼける様子で答える。


「ただのちょっと顔の知れた商人しょうにんだよぉ、あっしは。それで、紹介はらないのかい?」


「いや、せっかくだから頼む。ちなみにそいつは男か?」


「『涼音すずね』っていう女の人だよぉ。でも、めてかかると返りちに合うかもねぇ」


「お前にそこまで言わせる人物なのか……。世の中、知らねえ事ばっかりだな」


「そうだよぉ。世の中は広いもんなのさぁ。

 あ、でも衛実も朱音ちゃんも、まだ本調子ほんちょうしじゃないでしょう? さっきの話は、衛実の怪我けがなおった後にしようねぇ」


 弥助は衛実の身体を一通ひととおり見ながらそう言った。

 実際、衛実の身体には、所々ところどころ包帯ほうたいかれており、初めに比べれば大分だいぶ減ったとはいえ、まだまだ本格的に戦える身体ではない。


 衛実もそういったことに関しては、きちんと認識にんしきしており、決して無理はしないと心に決めていた。

 その上で、改めて弥助にねんを押す。


「そうだな。だが弥助、絶対に無茶な仕事だけは振ってくんなよ。流石さすがことわるからな」


 すると弥助は、『悪い大人の顔』で衛実をのぞんで、意地悪いじわるくからかいだした。


「おっとぉ、それは何かのフリなのかなぁ?」


勘弁かんべんしてくれよ……」


 引き気味ぎみな顔を浮かべる衛実を見て、それ以上いじるのを辞めた弥助は、笑いながら手をヒラヒラとさせて話題を変える。


冗談じょうだんだよぉ。

 ところで、この前の反物屋さんをおぼえているかい? あそこから仕事の依頼が来てるから、任せたいと思っているんだけど、どうかなぁ?」


 『冗談』と言われても、素直に飲み込めない衛実は、一応、仕事の内容を確認する。


「なあ、それはこの前みたいな危険きけんな仕事じゃないんだよな?」


「大丈夫だよぉ。

 多分だけど、向こうの仕事内容は、お店の用心棒ようじんぼうって感じだと思うし、あっしも八兵衛さんの人となりには、ある程度、信頼しんらいを置いてるからねぇ。

 まんいち、衛実と朱音ちゃんが危ない目に合いそうなら、あっしがめることを約束するよぉ」


 弥助の口から『約束する』という言葉が出たことに、衛実はいくらか安堵あんどする。そして、反物屋の主人に少なからず『借りがある』という意識もあってか、その仕事を受けることを弥助に伝えることにした。


「分かった。それじゃ、八兵衛さんに伝えといてくれ。『明日にでもやらせてもらう』ってな」


了解りょうかいぃ〜。後でしっかりと伝えておくよぉ」


 そうして仕事の話が一段落ひとだんらくした所に、服の採寸さいすんを終わらせた朱音が帰ってきた。


「衛実、弥助、ただいまなのじゃ」


「おう、おかえり朱音。何か変わったこととかはあったか?」


「大丈夫じゃ、特に何の問題もない。

 あ、じゃが一つだけ頼みがある。せっかくはかってくれたのじゃが、服の大きさを今のわらわの身体よりも若干小さめに作って欲しいのじゃ」


「ん? それはどうしてだい?」


 朱音の要望ようぼうに疑問をいだいた弥助が、その理由を聞き出す。衛実も同じように思ったが、すぐに合点がてんがいき、この底知そこしれない男にかんづかれる前に彼女の擁護ようごをし始めた。


「あれだ、弥助。

 こっから先、朱音が前みたいな討伐任務を俺と一緒にやるってなった時に、今の背丈せたけに合わせると動きずらいだろ?

 戦闘で動きが拘束こうそくされんのは致命的ちめいてきだ。

 だから、いざという時のために、小さく作った方がいいと俺も思う」


 本当は、朱音がもとの姿、いわゆる『鬼』の姿になった時に、少しばかり身体が小さくなるので、服が大きいと動くのに邪魔じゃまになるのである。

 だがもちろん、朱音の正体しょうたいなんてことは衛実も朱音も口がけても言えない。


「ああ、なるほどぉ。確かにそうだよねぇ。ごめんねぇ朱音ちゃん。あっしの考えがいたらなくてぇ」


「大丈夫じゃ。では、わらわの頼みを聞き入れて貰ったという事でいのじゃな?」


まかせてぇ。あっしが言ってくるよぉ。朱音ちゃんはここで衛実と一緒に待っててねぇ」


 そう言うと弥助は、仕立て屋の主人に話をつけるべく、奥へと向かって行った。

 弥助が納得してくれたことに、胸をで下ろす衛実と朱音。


「弥助が話が分かる者で助かったのじゃ」


「ああ、そうだな。でもあいつのかんするどいからな。気をつけろよ」


「そうじゃな」


 2人がたがいを向き、確認し合うようにうなずいた所で、弥助がこちらの方に戻って来た。


「お待たせぇ、2人とも。店主さんに、朱音ちゃんの注文を聞き入れてもらえたよぉ。

 出来上がるのは、また後になるみたいだから、その時はあっしが受け取りに行くねぇ」


「それは良かった。ありがとうなのじゃ、弥助!」


「いいんだよぉ。朱音ちゃんのためなら、あっしはなんでもするからねぇ」


 朱音には甘々あまあまな態度を取る弥助を面白がった衛実は、今までの仕返しかえしをするかのように茶化ちゃかし出した。


「その言い方だと、俺には何もしてやらないっていう風に聞こえるのは気のせいか?」


 衛実の嫌味いやみに、どこ吹く風といった様子で切り返す弥助。


「ひねくれて素直じゃない衛実には、やってあげないもんねぇ。前みたいに素直になるんだったら、優しくしてあげてもいいけどぉ?」


「やめろ気持ち悪い」


 衛実が本気で嫌そうな顔をした所で、やり返しに満足した弥助は、話を切り上げるようにパンっと両手を合わせる。


「さて、用事もんだことだし、今日はもう帰ろうかぁ。それとも、2人はまだ他にやる事があるかい?」


 弥助の問いに『特にないな』、『わらわもないぞ』と答える2人。


「じゃあ、途中で美味おいしいものでも食べて帰ろうかぁ。朱音ちゃん、何か食べたい物はあるかい?」


「そうじゃな……」


 朱音があれこれとなやんでいるのを衛実と弥助が優しい眼差まなざしで見守りながら帰途きとに着く。それはまるで父・兄・妹が仲良く休日を過ごしているかのようで、とても微笑ほほえましい光景だった。

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