第2部 京街騒動

第15話 弥助からの提案

 人間の傭兵ようへい衛実もりざねと鬼の少女・朱音あかねが、これからの旅を共にあゆんで行こうと約束をわした日の翌朝ーー


 目がめて、布団ふとんから起き上がろうとした衛実は、ふとみずからのかたわらに何かの気配けはいを感じて、そちらの方に顔を向けた。


 その視線の先には、きちんと2人分用意されていたにも関わらず、いつの間にか1つの布団にもぐり込んでいた朱音が、すやすやとおだやかな寝息を立てて眠っていた。


「ん……? なんで朱音がこっちで寝てんだ?」


 寝起きで、まだ頭が上手く働かない中、衛実は昨日さくじつの出来事をおぼろげながらに思い出す。


「……ああ、そうか。朱音と約束した後、弥助やすけが部屋に入って来たんだっけか。

 それで軽く手当てしてもらって、飯を作ってくれて……、そっから先は思い出せねえな。多分、寝ちまったんだろう」


 ハッキリしない記憶きおくの中で、衛実は自分が朱音よりも先に寝てしまった事を思い出した。


 おそらく、朱音はずっと、衛実の看病かんびょうをしていたのだろう。そのうちに彼女自身も眠たくなって、やがては自分の布団ふとんで一緒に寝てしまったのだろうと彼は考えた。


「本当に、お前ってやつは。……ありがとうな」


 朱音の献身けんしんに感謝しつつ、衛実は彼女を起こさないよう、慎重しんちょうに布団を出ようとする。



 だが、その気配を察知さっちしたのか、朱音も目をまし出してしまった。


「む……。あ、衛実」


 はからずとも、朱音を起こしてしまったことに、若干じゃっかん罪悪感ざいあくかんを感じつつ、衛実も返事をする。


「おう、おはよう、朱音」


「ふわぁ……。今日は、弥助の所には行かなくていのか?」


 寝ぼけているのだろう。朱音は一昨日おとといまった宿だと思い込んでいる様子である。

 彼女の天然てんねんぶりに、『仕方しかたがないやつだな』と思いながら、衛実は優しく訂正ていせいする。


「朱音、ここは弥助の家だぞ。おぼえてねえのか?」


「む……? ……はっ! い、いや分かっておったぞ? 今のはわざとじゃ。わ、わらわは衛実をためしておったのじゃ」


 あわてふためく朱音に、笑いをこらえきれなくなった衛実は、口元にみを浮かべながら、彼女をからかい始めた。


「ほ〜お? 流石さすがは鬼だな。俺を試してくれていたのか?」


「そ、そうじゃ! これから共にごす者としてもうし分ないか、わらわがこの目で直々じきじき見定みさだめてやっておったのじゃ!」


 何とか誤魔化ごまかそうと、懸命けんめいに言いつのる朱音の姿が面白くなり、悪い方向にきょうが乗り始めていった衛実は、さも残念そうな顔を作って腕を組んだ。


「そうか〜。それじゃあ、もうここまでかも知んねえなあ。

 じつのところ、俺はここが弥助の家だとは思ってなくてよ。どうやら俺は、朱音様と旅をする資格がないみてえだ」


「えっ? い、いやそういうことではなくて、」


「あ〜あ、残念だなあ。でも仕方ねえもんなあ〜」


 衛実のせぬ物言ものいいに、カチン、と来た朱音はムッとした表情をして怒り始める。


「ぬ、ぬしは、意地悪いじわるじゃ! もう嫌いじゃ!」


 そう言って、ふくれっつらのままそっぽを向く朱音を見た衛実は、それでも口元に笑いを残しながら、彼女をなだめ始める。


「悪かった悪かった。少しからかいが過ぎた。だから許してくれ。ごめんな?」


「ぬしは、そうやって!

 ……はあ、もういわ。今回ばかりは、わらわにがあるからの」


「ホントにそうだよな、まったく」


「だから! そういうのをめるのじゃ!」


 調子に乗ってふざけた事を言う衛実に向けて、朱音は勢いよくまくらを投げつけた。


「お、おい! 俺はお前と違って、怪我けがなおりきってないっての! 悪かったから、もう俺をこれ以上痛めつけるのは辞めろ、ったいたっ!」


 あわてて朱音の飛ばした枕をけようとし、身体からだひねる衛実に先の戦闘でったきずが襲いかかる。


 その痛みに思わず顔をしかめて傷口をかばう衛実を、朱音はふくれっ面のまま見つめていた。


「調子に乗ったぬしにとっては、それくらいのきゅうがちょうどい。反省するのじゃ」


いたた……。ったく、手厳てきびしいな、朱音は」


 徐々じょじょに痛みがおさまっていったのを確認した衛実は、ゆっくりと立ち上がり、朱音に手を差しべる。


「それより朱音、そろそろ朝餉あさげの時間だ。弥助が作ってくれているだろうから、下に降りるぞ。立てるか?」


 差し出された手をにぎり返しながら、朱音も起き上がって答えた。


「ぬしのおかげで、スッキリじゃ」




「ところで、弥助の作る料理は美味びみなのか?」


 階下かいかへ降りる途中、弥助の料理の腕前が気になった朱音が衛実に問いかける。


 急な角度の階段に足をすべらせないよう、注意しながら衛実はその問いに答えた。


「そうだな……。まあ実際、そこらの飯屋めしやよりは美味うまいな。

 でもたまに、よく分からんやつが出てくることもあるから、驚くなよ? 安心しろ、味は多分……大丈夫だ」


 自分の発した最後の言葉にいまいち自信が持ちきれていない衛実の歯切はぎれの悪さに、朱音は弥助の人柄ひとがらに対していくらかの疑念ぎねんいだいた。


「ううむ……。店の品揃しなぞろえといい、弥助はどこか少し変わった人物なのか?」


「少し、どころじゃないな。だいぶ、変わってる。

 だが、昨日きのうの戦闘の時は、あいつのしなに助けられたな」


 昨日さくじつの戦闘を思い出しながら、感慨かんがいひたる衛実。


 朱音も、つられてその時の光景を思い出し、くだんの首飾りが持つ意外な力に思いをせた。


「それにしても、弥助の品にあのような力があったとは、知りもせなんだ。

 衛実、弥助の店に並んでいる物はみな、そういった物ばかりなのか?」


「いや、どうだろうな。一昨日おとといも話したが、俺はあいつの商品が何に使う物なのか、まった見当けんとうもつかねえ。

 子供とかは、楽しそうに遊んでいるから、きっと、そういう物なんじゃねえか?」


「子供の遊び道具を取りあつかう店が、その裏で、ぬしのような者に向けた仕事の斡旋あっせんか。

 ……ますますわけが分からなくなったぞ」


「あんまり深く考えんな。そういうもんだとり切った方がいい。たまに来る嵐と一緒だ」




 そんな会話をわしつつ、衛実と朱音は、弥助の家の食堂にあたる部屋に入る。中に入ると、土間どまなべの様子を見ていた弥助が2人に気づいて振り返った。


「おはよう、2人ともぉ。

 それより衛実、さっき廊下ろうかから、あっしの悪口が聞こえた気がしたんだけど、気のせいかなぁ?」


 弥助の問いかけに、朱音と並んで座布団ざぶとんの上に腰を下ろしながら、衛実はとぼけた答えを返す。


「ああ、気のせいだ。普段と違って、朝から俺達が家にいるから、調子がくるってるんじゃねえか?」


「あーあー、そういうことを言っちゃっていいのかなぁ、衛実。せっかく今日、腕利うでききのお医者さんを呼ぼうとしていたんだけど、めようかなぁ?」


 腕を組んで、やけにもったいぶるかのような弥助の話し方に、彼との今までのやり取りからいやな予感をおぼえた衛実は、急に真剣しんけんな顔つきになって、これからおそいかかってくるかもしれないなんのがれようとあやまり出した。


「悪かったよ。だからヤブ医者だけは勘弁かんべんしてくれ、頼むから」


「分かればいんだよぉ、分かれば。それじゃあ、朝ごはんにしようかぁ」


 そう言って円形の台の上に、出来できたてのなべ料理を運んでくる弥助。中身をのぞき込んで、衛実は少し意外そうな声をあげた。


「お、今日は普通の鍋なんだな」


「なんだよぉ。いつも通りじゃあないかぁ。朱音ちゃんに、変なことをき込むのはめてくれないかぁ?」


「残念だが、それはもう一昨日おとといの時点で知っているぞ、こいつは」


「えぇぇぇっ!? そんなことないよねぇ、朱音ちゃん?」


 身を乗り出して接近せっきんしてくる弥助の勢いに押され、若干じゃっかん、引き気味ぎみの朱音は何とか口を開いて返事をした。


「だ、大丈夫じゃ。弥助のことを変な人物だとは思っておらぬ。むしろ、わらわと衛実にくしてくれる、優しい人じゃと思うておる」


「だよねぇ。良かった良かったぁ」


 朱音の返答に、心の底から安心した素振そぶりを見せながら、弥助は衛実に向き直る。


「ほらぁ、だから辞めるんだよ、衛実」


 『なかば強制的に言わせているようなもんだろ、それ』と言いたいのは山々やまやまであったが、それを口にすれば、また先程のようにおどされるかもしれないと思った衛実は、その気持ちを無理やりおさえ込んで、それでもこみ上がってくる思いをき出すようにため息をついてから話し出した。


「はぁ、じゃあそういうことにしておくか。それより早く飯をおうぜ。腹が減った」


「しょうがないなぁ。はい、衛実の分。これは朱音ちゃんの分ねぇ。それじゃあ、いただきま〜す」


 弥助の声に一呼吸ひとこきゅう遅れて、衛実と朱音も『いただきます』と言い、食事を始めた。




「ところで衛実、体の調子はどうだい?」


 3人が朝餉あさげを終え、後片付あとかたづけをしている中、唐突とうとつに弥助が衛実の身体からだ具合ぐあいを聞き出した。


 問われた衛実は、みずからがった傷口きずぐにかれた包帯ほうたいに目をやりながら答える。


「そうだな……、まだ少し傷が痛む。日常的に生活するには、なんの問題もないが、戦闘はもう少しひかえた方がいいかもな。

 取りえず、今日は医者も来るみたいだし、その人の判断をあおぐさ」


「そうかい。それじゃあ、お医者さんにてもらった後、気晴きばらしに朱音ちゃんと散歩でもしてきたら?」


 弥助の提案にキョトン、とする衛実。


「ん? それはなんでだ?」


「いやぁ、特に意味は無いよ。でも昨日の事もあったし、一旦いったんここで気分を変えてみてもいいんじゃないかなぁ、って思ったのさぁ。

 それに、一昨日おととい充分じゅうぶんにこの街を回れなかったでしょう?

 今ならもう大丈夫なはずだし、行ってみたらどうかなぁ」


 弥助の言葉に、一旦考える素振そぶりを見せた衛実だったが、あまり時間をおかずに返事をした。


「……そうだな。そうしようか」



 弥助の考えに納得した衛実は、その提案に乗り、朱音と京のまちを再び散策さんさくすることにした。

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