第14話 辛勝、そして『これから』

 衛実もりざね薙刀なぎなたが鬼の首をとらえる。


「くたばりやがれ!」


 衛実が刃を一息ひといきに振り抜く。その瞬間、鬼の頭は胴体どうたいと永遠の別れをげた。



「討ち取ったり!」



 衛実は、おのれの勝利を高々たかだかと宣言した。




 鬼との死闘しとうの後、衛実は自分と朱音あかね怪我けがの手当てを終えると、先の戦闘で命を落とした傭兵ようへい達と、おそらくは、最近行方不明になっていた行商人ぎょうしょうにん達だと思われる損傷そんしょうひどい、誰かも判別がつかなくなっていた者達のむくろを1ヵ所にまとめて燃やした。


 遺骨は衛実と朱音が持ち帰れる分だけを集め、残りは戦場いくさばから離れた、日当たりが良さそうな所に持っていき、簡易的かんいてきつかを作ってそこにめた。


「今度、日をあらためてここに花をそなえによう」


 出来上がった塚を見下ろして、衛実がつぶやく。それに朱音もだまって首をたてに振った。




 その後、2人は自分達が倒した鬼の後始末あとしまつをするため、また先の戦場へと戻っていった。


 地にした鬼の死骸しがいを見つめて衛実が口を開く。


「これが、鬼、なんだよな朱音」


 衛実の隣に立って、同じように見下ろしていた朱音も、どこか気の抜けた調子で返事をした。


「うむ、そうじゃな……」


 あらためて見ると、異様に発達した腕、男の大人の太腿ふとももなみもあるふくらはぎなど、とても『人』とは言いがたい姿であった。


 衛実は『朱音の力を借りたとはいえ、よくぞ2人きりという、絶望的な状況から勝利することが出来たな』という感慨かんがいと『人の心臓をらうだけで、自己の身体をたちまち修復してしまう"鬼"という生き物のおぞましさ』を同時に味わっていた。


「そういえば、お前は怪我けがをしたのに喰わなかったな」


 そして先の戦闘で、同じく怪我をったにも関わらず、その行為こういをしなかったもう1体の鬼に向かって問いかけた。


 問われた鬼は、今までのどの時よりもめた顔で、固い決意と共に答える。


「そう、わらわが決めたから。ぬしと共にこの旅を続けるために」


 そんな様子の朱音に、ちらと視線を向けた衛実は、すぐ隣にいる朱音にすら聞き取れない程の大きさの声で、朱音に対していだいた感情を吐露とろした。


「なんて律儀りちぎなやつなんだ……。……お前は、すごいな」


「……? 何か言ったか、衛実?」


 あんじょう、上手く聞き取れなかった朱音が聞き返す。衛実はかぶりを振って誤魔化ごまかした。


「なんでもない」


 普段ならば、聞き返すはずであろう朱音も、今はその気力が起きず、それどころか、さっきからずっと上の空で、何も考える事が出来ていなかった。


 朱音が中々なかなか上手く働かない頭をどうにか動かして、ようやく出した事は、今後についての事だった。


「これからどうするのじゃ?」


 朱音の問いに一旦黙った衛実は、しばらくしてまた口を開く。


「……帰ろう。弥助やすけの所に。まずはそれからだ」


 鬼の死骸を跡形あとかたもなく燃やしきり、残った骨も粉々こなごなになるまでくだいて地にいた後、衛実と朱音は弥助の店へと帰っていった。




 弥助の店に帰ってきた衛実と朱音は、店の奥でずっと待っていた弥助と反物屋たんものや八兵衛はちべえに事の顛末てんまつを報告する。


「……てわけで、帰って来れたのは俺達だけだ。八兵衛さん、本当に、もうし訳ない」


 衛実は深々ふかぶかと頭を下げた。


 だが、そんな衛実に対し、八兵衛はなじる訳でもなく、め立てる訳でもなく、ただ衛実の肩をポンポンと叩いただけだった。


「そう自分を責めなさらないで下さい、衛実さん。傭兵なら、こんな結末は誰にだっておとずれるもんです。

 それに相手は、け物だったんでしょう?

 あんたもおじょうちゃんも、こんなにボロボロにまでなって。

 そんななりの人に、最善をくした人に、タダでそのせきを取らせるなんてこと、ウチはいたしません。

 もとはと言えば、この依頼はウチが出したもんです。むしろ、感謝させて下さい。

 化け物を倒してくれて、ありがとうございました」


 八兵衛のかけてくれた言葉に、交戦前まで共にった面々のことを思い出した衛実は、彼らを死なせてしまったにも関わらず、温かい言葉をかけてくれた彼の人柄の良さが逆に心に突き刺さり、どうしようもなくやりきれない気持ちになって涙を流す。その口から出る言葉は『すみません、すみません』だけだった。


 そんな衛実に弥助も声をかける。


「衛実、お前はもう1つ、やり通したことがあるよぉ。

 お前は、朱音ちゃんを最後まで守り通した。それだけやれば、充分じゅうぶんさぁ。

 今日はもううちで休みなぁ。朱音ちゃんも。2人とも、よく頑張ったよぉ。

 今は体をいたわる時だぁ。さあ、」



 弥助にれられ、衛実と朱音は上の部屋に案内される。2人を案内して戻ってきた弥助は八兵衛に話しかけた。


「お待たせぇ、八兵衛さん。あんたも優しい人だねぇ」


 声をかけられた反物屋たんものやの主人は、両手を振って否定する。


「よしてください。ウチだって思う所がない訳じゃあないんですよ。

 でもね、じゃあ逆に、あんな 2人を見てめることができますかい?

 やることやって、その結果がこれなら、ウチはそれを認めるしかないでしょう」


 八兵衛の話す事に、弥助は腕を組んで『そうだねぇ』と相槌あいづちをうちながら聞いていた。


「まあ、それはそれとして、ウチの用心棒ようじんぼうが3人も消えちまったのは痛いことでさあ。

 弥助さん、悪いんだが、あの2人が落ち着いたらでいい。その時はウチの店の手伝いをさせてはくれませんかね?」


 衛実達への言及げんきゅうをとりあえずたなに上げて、仕事の依頼をする反物屋の主人の顔は、もうすでに京都の街の商人そのものであった。


 そんな反物屋の主人の依頼に、弥助はを置かずにこたえた。


「分かったよぉ。2人に伝えておくねぇ。

 でもねぇ、」


 とここで、反物屋の主人を見つめる弥助の目がすっと細くなる。


「でもねぇ、もし逆恨さかうらみとかするようなら、その時はあっしがただじゃあ、置かないよ?」


 この時の弥助の様子を、もしも衛実が見ていたとしたら、きっと衛実は『うわっ……』と言って弥助から離れて行こうとしただろう。

 それほど彼の放つあつはとても強力なものであった。


 反物屋の主人にとっても、それは例外ではなく、あわてて言いつのり出した。


めてください。さっきも言いました。

 彼らをめたりなんてしません。少しはウチの事を信じてくだせえや」


 それを聞いた弥助は、先程とは打って変わって、今度はいつものようなおだやかな雰囲気をまとっていた。


冗談じょうだんだよぉ。じゃあ八兵衛さん、気をつけて帰ってねぇ」


「ああ、よろしく頼みますぜ」


 そう言うと、八兵衛はさっさと自分の店へと帰っていった。




「衛実、大事だいじないか?」


 2階へと上がり、部屋に入って装備品などの荷物を下ろしていた衛実に、朱音が遠慮えんりょがちに声をかける。


 弥助の店に辿たどくまで一言もしゃべらなかった衛実は、朱音に問いかけられた今でも、すぐに返すことが出来ず、しばらく間を置いてから、ほほに残っていた涙のあとき取って、ようやく口を開いた。


「……ああ、大丈夫だ。ごめんな、お前もつらかったのに」


 衛実から出てきた言葉は、朱音への気遣きづかいだった。


 それが何よりもえられなくなった朱音は、その言葉に強く首を振って、衛実をかばうかのように言いつのる。


「何を言うか。ぬしこそが一番大変であっただろうに。

 むしろ、すまぬ。あの時、わらわが行くと言わなければ……」


 話しながら、どんどん思いめた顔になっていく朱音は、やがて何かをさとったかのように低い声音こわねで言葉をしぼり出した。


「やはり、わらわは、ぬしと共にはおれぬようじゃ。

 わらわがいると、ぬしに余計な苦労をかける。そうなる前に……」


 そう言って、力なくふらふらと部屋を出ていこうとする朱音。

 しかし、その手がふすまを開けようとした時、後ろから強い力で肩をつかまれ、引きとめられた。


「も、衛実?」


 彼女の肩を掴む手の力が、思いの外強くて驚いた朱音は、ほんの少しだけ顔を衛実の方に向けて問いかける。


 彼女を引き止めた体勢のまま、衛実は鼻声になりながら、強い意思のこもった調子で口を開いた。


「朱音、行かないでくれ。俺に迷惑をかけるだなんてことで、俺から離れようとしないでくれ」


 それから急に、声の大きさを落とし、何とかしぼり出すかのような口調で話を続ける。


「…………俺をまた1人にしないでくれ」


 まるで初めて1人で留守番るすばんをすることになって、何とも言い表せない恐怖や不安にさいなまれるおさない少年が口にするような台詞せりふ


「じゃ、じゃが!」


 衛実の切実せつじつな願いを聞いて、それでも顔を向けることが出来ずにふすまを見つめて言葉を返そうとする朱音は、声だけでなく、身体からだふるわせており、今にも逃げ出しそうな様子である。


 衛実はいまだ自分に背中を向けている朱音に静かに語りかける。


「何だっていい。お前が俺のもとにいてくれるのなら、どんな事でも受け止めてみせる。

 俺はな、朱音。お前と一緒にいた時間が楽しかった。こんな思いをしたのは、久々ひさびさだったんだ。

 だから、そんなことを言わないでくれ。

 それとも、お前は俺といるのが苦痛くつうだったのか?」


 その途端とたん、朱音は衛実の腕を振りほどいて、衛実に向き直る。

 その目に浮き上がっている涙は、今にもあふれ出しそうであった。


「そんなことはない!

 そんなことはないのじゃ!

 ぬしと共にいれた時間は、わらわにとっても新鮮で、楽しかったのじゃ!

 でも、でもッ………!」


 朱音の目から、涙が止めどなくあふれ出す。


「わらわの存在は、ぬしにわざわいをもたらしてしまう!

 ぬしを幸せにするとちかったはずなのに、不幸にしてしまう!」


 朱音は衛実に飛びつき、泣きじゃくる。

 それを受け止めながら、衛実は口を開く。


「なら、またこっからやり直してくれないか? 俺と共に」


 朱音は、まだ涙が流れる顔を上げ、衛実を見返す。


いのか? わらわは、今度もまた、ぬしに迷惑をかけてしまうかも知れぬぞ?」


「それでもいいんだ。お前が俺と共にいられることに、意味があるんだ。だから、」


 衛実は朱音に優しく微笑ほほえみかけると、今までで1番、あたたかみがこもった声で話しかけた。


「だから、これからもよろしく頼む。

 朱音おにのむすめ


 衛実のあらたまった挨拶あいさつに、朱音は、涙をぬぐって精一杯の笑顔を作りながらこたえた。


「こちらこそ。よろしく頼むぞ、衛実にんげんさま!」



 2人の旅は、まだ始まったばかりである。

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