第13話 決着

 朱音あかねが手渡した首飾くびかざりにより、九死きゅうしに一生を衛実もりざね

 だからと言って安心出来るわけでもなく、むしろ次はない、という圧力が彼に見えない形で重く、のしかかってくる。


 だが、衛実の顔にあせりの表情は浮かんでいなかった。

 ただ、ひたと鬼を見据みすえ、獲物えものを狙う狩人かりゅうどごとく、鬼を討ち取る機会をうかがっている。


 そして、自分の背後にいるであろう朱音に、視線を寄越よこさずに問いかけた。


「朱音、動けるか? 技は使えそうか?」


 問われた朱音は、間髪かんぱつ入れずに返答する。


「大丈夫じゃ。あし怪我けがも深くはない。

 これならば、じきに止まるであろう」


 衛実がちらと彼女の方に視線を向けると、朱音はひざの上あたりから血をれ流していた。


止血しけつしておけ。そんぐらいの時間はかせぐ。

 それとも、自分じゃ出来ねえか?」


「出来るに決まっておる。

 じゃがこの痛みは、わらわを守るために命をらした者達よりもはるかに軽い」


 朱音は奥でたおれている者達に視線を向けながら、自分のこぶしをキツくにぎりしめる。


「これは、わらわのじゃ。おのれあさはかさのな」


 朱音のどことなく悲壮感ひそうかんただよう顔を、視界のはしめておきながら、衛実は1つ嘆息たんそくし、


「……本当に、どこまで生真面目きまじめなんだ、お前は」


 朱音には聞こえない程の大きさの声でつぶやく。

 そのまま鬼を見据みすえ続け、攻撃の間合いをはかっていた。


 鬼もまた、先の攻撃で衛実が命を落とさなかった事から、迂闊うかつに攻め込もうとしない。

 考えなしに飛び込めば、今度はどんな仕掛しかけが鬼自身を襲うのか分からない以上、衛実達の出方をうかがうことにしていた。




 そのまま両者がにらみ合いを続けて数分、先に動いたのは、衛実だった。


「ハッ!」


 するどい踏み込みと共にり出される横薙よこなぎの一閃いっせんが、鬼を襲う。


 鬼はそれを左腕の固くなっている所で受け止め、残った方の右手を上から降り下ろして、衛実の薙刀なぎなたを叩き折ろうとした。


 鬼の反撃に気づいた衛実は、踏み込んだ右足を軸に、身体を反時計回りに半回転させてかわす。


 さらに今度は、左足を軸に、また同じ方向に半回転させて鬼の背後を取ると、踏みしめた右足に力をめ、それをバネに鬼を目がけて下段げだんからり上げていった。


 鬼は身体をひねってけようとするが、躱しきれず、左の肩甲骨けんこうこつあたりにかすり傷をう。


 だが、それでられる鬼ではない。捻った勢いそのままに、衛実に回しりをらわせる。


 衛実は、それを薙刀ので受け止めるが、鬼の蹴りの威力はすさまじく、10mほど後ろに吹き飛ばされてしまった。


「くっ……!」


 咄嗟とっさ受身うけみをとって、体勢を立て直しかけた所に、鬼からの石や枝などの投擲とうてきが衛実を襲う。


 衛実はそれを防ごうとするが、全てをはじきあげることが出来ず、投擲物のいくつかが彼に命中した。


「チィっ!」


 石や枝のするどい部分が衛実の鉄板が付いていない布地を切り破り、肌を浅く切り裂いていく。


 立ち上がり、鬼へと再び突撃する衛実の全身は、先の一騎打ちもあってすでにボロボロだった。


 それでも、衛実の目は闘志で爛々らんらんと輝き、勝利をつかむ気概きがいに満ちあふれていた。


 鬼もまた、他の傭兵ようへい達とは一線をかくする衛実という武士もののふを討ち取ろうと、全神経を一点に集中させる。




 衛実と鬼の間を結ぶ距離が7mほどになった頃、それまで彼の挙動きょどうにずっと意識を向けていた鬼に、突然、火のが襲いかかった。


「グウッ!?」


 きょをつかれた鬼は動揺どうようし、全身に軽い火傷やけどう。

 何事なにごとかと、火の粉の飛んできた方向に目を向けた先に、手をかざしながらこちらに向けて第2撃を放とうとしている鬼の少女がいた。


「グウォォォォォッ!」


 激高げきこうした鬼は怒りに身をまかせ、朱音に向けて真正面から猛然と突っ込んでいく。


「わらわを見くびるな、たわけ!」


 一喝いっかつと共に爆炎を放つ朱音。


 その威力に身の危険を感じた鬼は、咄嗟とっさび上がることで、それをかわした。


 地面に着地し、再度、朱音に襲いかかろうとする鬼。


 だが、その背後に何者かの強烈な殺気さっきが急に浮かび上がった。


 すんでのところで、それに気づいた鬼だったが、今度はかわす動作を取ることさえかなわなかった。


「ハアッ!」


 衛実の薙刀が鬼の背を完璧にとらえる。刃は鬼の背中を深々ふかぶかと斬り裂いていった。


「グガァァァァァッ!」


 あまりの痛みに、鬼の口から苦悶くもんの叫びがあふれ出る。


「タアッ!」


 衛実が返す一閃いっせんで追撃をかけるが、鬼は大きくび上がり、衛実達から15mほどの距離を取って後退した。


 15mほどの間合いを取って、両者はまたにらみ合う。


 ただ、先の睨み合いと違うのは、鬼が肩で息をしており、その表情にあせりの感情が浮かんでいた事である。


 衛実達は、確実に鬼を追いめていた。



 とは言え、彼らも万全ばんぜんの状態ではない。


 衛実は身体のいたる所に傷をい、満身創痍まんしんそういである。

 朱音もまた、鬼に付けられたあしの傷が完全になおりきっておらず、さらに、自分の能力を使い続けたことによる疲労ひろうが着実に蓄積ちくせきされていた。


 衛実が若干じゃっかん前に出るような形で、2人は横に並んだ状態のまま、鬼と向かい合う。


 そんな中、衛実が朱音に問いかけた。


「朱音、さっきの爆炎はあといくつてる?」


 鬼から目を離さないまま、朱音は衛実の問いに答える。


「体力の限界が近い。撃ててあと1発じゃな」


「分かった。それなら俺が先に出て、あいつにすきを作る。

 お前は、それに渾身こんしんの爆炎をたたき込んでくれ」


「出来るのか?」


 その言葉に不安そうなひびきがあるのを感じて、朱音の今の心境しんきょうさっしながらも、衛実はそれを振り払うように、力強く、聞く者が安心するような声で言い切った。


「『出来る』んじゃない、『やってやる』んだ。……行くぞ!」


 その言葉を合図に、衛実が鬼へと突進していく。それを見た鬼も、迎え撃つ体勢を取った。


 衛実の刃と鬼の両腕が交差し、火花をらす。



(確かに俺は、今まで失敗ばかりしていた)



 たがいに一度距離を取り、今度は鬼が衛実に突撃する。


 衛実はかたわらに落ちていた刀を足でね上げ、それを薙刀なぎなたを持っていない方の手でつかみ取ると、思いっきり、鬼のひたいめがけて投げつけた。


 鬼はそれを左腕でかばいながら、右腕ではらいのける。このかんしょうじた死角しかくが、衛実の動きを鬼にさとられないようにしていた。


 鬼の視界がひらけると、先程までその場所にいた衛実の姿が見当たらない。


 ふと、鬼が下の方に何か違和感いわかんを感じて見下ろすと、低い姿勢から袈裟けさ斬りのかまえの衛実が、すぐそばまで肉薄にくはくしていた。



「だからと言って、生きることをあきらめるわけには、いかねえんだ!」



 衛実が、気合いと共にり出した薙刀で鬼の右足を斬り飛ばす。バランスをくずした鬼は動きが一瞬、止まった。


「朱音! 行けるか!?」


「任せよ!」


 朱音の爆炎が鬼を襲う。鬼はそれをかわすこともなく、真正面から受けた。


「ガアアアアア!?」


 炎に焼かれた鬼は完全に動きを止め、もだえていた。


 朱音の大技おおわざによって出来たすきを見逃さず、衛実が追い討ちをかける。

 その刃は、しっかりと鬼の首をとらえ、決定的な勝利を衛実達にもたらしたのだった。

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