第11話 邂逅

衛実もりざね、」


 傭兵ようへい達が山へと向かう道中どうちゅうさきの戦闘をまえた部隊編成の変更によって、衛実の前に来ることになった朱音あかねが振り返りながら、彼に少し遠慮えんりょがちに声をかけた。


「どうした? 引き返すか?」


 衛実は前を歩く朱音が転ばないよう、みずからの立ち位置を彼女の隣にずらしながら答える。


「いや、そうではないのだ。それに今更いまさら戻ると言うても、もう遅いであろう?」


「確かに、俺達の中で今そんなことを言うやつは論外ろんがいだが、お前にかぎってはそうでも無いぞ?

 戻りたかったら、俺が弥助やすけの所まで送ろうか?」


「大丈夫じゃ。そうではなくて、ぬしに少し聞きたいことがある」


「なんだ?」


「正直に思っていることを教えてくれ。

 次、あの鬼と戦闘になった時、ぬしは勝ちきれると思っておるのか?」


 衛実は朱音にあまり大きな声を出さないよう注意して、その上で彼女にだけ聞こえる大きさの声で答える。


「そういうことは、部隊の士気を下げることになるから、あまり人前で話さない方がいい。

 さいわい、今はあいつら陽気にしゃべってっから、聞こえてないだろうけど、それが原因でが乱れることもあるから、気をつけろ。

 で、さっきのお前の問いの答えだが、正直俺は次の戦闘には少し不安がある」


何故なにゆえか理由を聞いてもいか?」


「さっき俺が話した事をおぼえているな?

 もしあれが当たっていたとしたら、ヤツは、前の戦闘よりもさらに動きがはやく、力強くなるはずだ。それに、っている数も1人や2人じゃない。

 俺達の想像を超える状態になっても不思議じゃない奴と、今の俺達が渡り合えるか? ってなふうに思ったんだよ」


「そうであるか」


 そこで朱音は一旦立ち止まると、身に付けていた自分の首飾くびかざりをはずし、衛実に手渡した。


「衛実、これを」


 首飾りを渡された衛実は一瞬キョトン、とし、それがなんだったのか思い出して、ああ、と納得する。


「弥助の店で買ったやつか。こんなもの一体何に使えっていうんだ?」


願掛がんかけじゃ。わらわのな」


「気休め程度にしかなんねえが、ありがとな朱音」


 衛実の、それほどありがたいと思っていなさそうな返事に、朱音はムッとした顔になって彼を見返す。


「何を言う。わらわの思いがこもった代物しろものじゃぞ。少しはありがたく思わんか」


 とそこへ、2人のやり取りをたまたま見かけた周りの傭兵達が、面白がってはやし立て始めた。


「ヒューヒュー、こんな時でもおあついねえ、お二人さん」


 2人をからかった傭兵に向け、衛実は『はあ』とため息をつきながら切り返す。


「それ、弥助が言ってることと全く同じだからな。

 ったく、これだから女にモテたことの無いやつは」


 衛実の挑発に、あわった傭兵は早口でまくし立て出した。


「は、はあ!? あんた何言ってんだ!

 俺ァなあ、京で1番の別嬪べっぴんに、あんたは最高の男だよ、って言われてんですぜ?」


 衛実は、『やれやれ』と呆れながら、少しばかりの反撃として、茶目ちゃめ混じりの『口撃こうげき』を食らわせる。


「それ、絶対カモにされてるだけだぞ。

 大体だいたい、『都で1番』を名乗っているやつなんてこの街じゃ、わんさかいる。使い過ぎて破産すんなよ」


「余計なお世話だってんだい! ええい、ちくしょうめ!」


 そこへ別の傭兵が、衛実にいい具合ぐあいにやり返され、地団駄じたんだんでいる傭兵に追い討ちをかけた。


「あんさんそんなだから、ここぞ、って時にふられるんだぜ? 可哀想かわいそうだなあ?」


「うるせえ! ほっときやがれい!」


 の空気がゆるんで来たところで、年配の傭兵からくぎが刺される。


「さて、無駄話むだばなしもここら辺にしておいて、そろそろくぞ。褒美にありつくのは、まずヤツを倒してからじゃな」


「おうよ、やってやんよ!

 見てな、俺の活躍はここからだぜ! 待っててくれよ、涼音すずねちゃんよ!」


 すでに任務が終わった後の事を考え、盛り上がりを見せる傭兵達。


 だが、その中でただ1人、ほほを赤く染めて、それを必死に隠そうとうつむく少女がいたことに気づいた者は、衛実を始め、誰1人として現れなかった。




 やがて一行いっこうは、男が逃げていった山の中へとあゆみを進めていた。


 秋には、見事な紅葉こうよういろどりを見せるこの山も、今は春。そこら辺の山と大して変わらない。

 奥に進むにつれ、木々がしげるようになり、あたりは薄暗うすぐらくなってきた。


「なあ、あの男はこっちの方向に逃げたと見て間違いないだろうか?」


 傭兵の1人が周りに確認をとる。特徴的なものがなく、辺りも薄暗いと来ては、迷ってしまうのも仕方がない。

 手掛かりとなる足跡や血のあとは、山の中に入って少しもたないうちに途絶とだえ、一行はかんだよりで道かどうかも分からない獣道けものみちを歩く。


「多分、そうでしょう。最後に見たあとの向き的に、こっちで間違いねえはずでさあ」


 先程から人一倍気合いの入った傭兵が胸をたたいてけ負う。

 先のやり取りから、みょうかんえ渡り、すぐに鬼のあとを見つけ出すものだから、みなほとんど彼に任せっぱなしである。


 と、そこへ強い風が吹き付けて来た。鼻がく者がそこから何かを感じ取る。


「おい、今何かこの風に乗って、物がくさったにおいがしたぞ」


「ヤツの住処すみかか?」


「さて、それはどうだろうか」


「取り敢えず、風が吹いてきた方に向かおうぞ。何か手掛かりがあるかもしれん」


 山中に入って、ようやく男の居場所を突き止めたと思った傭兵達は色めき立ち、そのまま風上へと進んで行く。


 衛実も後をつけながら、そばにいる朱音に声をかけた。


「大丈夫か? 」


 万が一の時にそなえ、着物のすそを足のくるぶしより上までたくし上げ、たすきを使って、腕周りをある程度自由にしたとは言え、山の中では少々動きにくい。


 朱音は途中、何度かつまずきながら、転ばないよう懸命けんめいに足を運び、また、身体からだつきも年頃の少女ということもあってか、衛実や周りの傭兵達よりも少しばかり息が荒い。


「ッ、大丈夫じゃ」


「さっきに比べたら、だいぶ歩きにくいはずだからな、気をつけろよ」


 そう言って、衛実は朱音の方をうかがうと、彼女は少し気分のすぐれない顔をしていた。


「ん? なんだお前、もしかして体調悪いのか? 顔色が良くねえぞ」


「ぬしはわらわの事を知っておるじゃろう? 人よりも鼻がくのじゃ」


「何かぎ取ったのか?」


「血のにおいが濃い。やつめ、相当な量のにんげんめ込んでおるぞ……!」


 そう言いながら、さらに歩みを進めるごとに強くなっていくにおいに顔をけわしくする朱音。


 その様子を見た衛実も、より一層、警戒の色を強めていった。


「……! ……そうか、注意しておかないとな。

 朱音、お前も俺のそばを離れるな。なるべく俺の近くにいろ」


「分かったのじゃ。衛実、世話をかける」



「おい! 見つけたぞ! ここじゃないか?」


 先頭を行っていた1人が大声で全員を呼ぶ。一行はすぐさま現場へと向かった。




「ここは………」


 鬱蒼うっそうしげる森の中で、なぜかそこだけみょうな力でもかかっているかのように、ぽっかりと、屋敷が1つ丸々まるまる入りそうな程の空間が出来ていた。

 しかし、決して明るいという訳ではなく、上を見上げれば、背の高い木々の葉が空を隠すかのようにおおいかぶさっている。


「うわ、一体なんですかいこりゃあ」


 それだけでなく、あたりは流れ出た血が固まって黒々くろぐろとし、いたるところに遺体の一部やわれかけの人間の死体が転がっていて、独特の腐臭ふしゅうを放って不気味ぶきみな雰囲気をかもし出していた。


 朱音は思わず、『ひっ』と悲鳴を上げ、傭兵達もけわしい顔つきになる。


「何ともまあ、気味の悪い場所でさあ。さっさと倒して切り上げましょうぜ」


 そう言って、辺りを探索たんさくしようと歩みを進める傭兵に突然、何かが襲いかかった。

 が、はやすぎて誰も動けず、対応することが出来なかった。


「ぐわっ!」


 傭兵が負傷する。あわてて近くにいた者が、刀で襲ったあるじを切りつけようとするが、簡単に回避されてしまう。


「無事か!?」


 衛実が襲われた傭兵に安否あんぴを問う。


「へへっ、何とか生きてまさあ。こんな所で死ぬわけにゃ、行きませんからねえ」


 傭兵は自分が男に付けた時と同じように、太腿ふとももに切り傷を負っていた。


「大丈夫でさあ。これぐらいならまだ動けます。ただ、ちっとばかし血を止めたいんでしばらく時間を頂きやすぜ」


「分かった。気をつけろよ」


「了解でさあ」


「衛実殿! あれを!」


 唐突とうとつに自分達を襲ったあるじを見つけた老兵が衛実に声をかけ、指を向ける。

 その方向に衛実だけでなく、他の者も顔を向け、



 そこに『鬼』が立っていた。



「あ、あれはなんでさあ!?」


 姿は先程とうって変わり、つのが生え、より大柄おおがらになっている。

 この時になってようやく、衛実と朱音以外の全員が自分達の相手してる者の正体しょうたいを知った。

 とはいえ、『鬼』としてでは無く、『人ではない何か異形いぎょうの者』という形ではあったが。

 それでも、全員に戦慄せんりつを与えるには充分だった。


「な、なんだっていうんですかい。さっきとは様子が全然違うじゃねえですかい!」


はからずも、衛実殿の言う通りになったか……」


「起きちまったことは仕方がない。られる前に殺る。いくぞ!」


 衛実の号令で、再び全員が武器を抜き放った。



『鬼』との第2戦が始まった。

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