第10話 交戦

るぞ!」


 衛実もりざねが警告を発して間もなく、すさまじい勢いで男が突っ込んできた。


「うわっ!

 こいつ、人の動きじゃあ、ありゃしませんぜ!」


「気をつけろ! 回り込まれるぞ!」


「娘の護衛達! しっかりと準備しておけ!

 娘も距離を置け! 巻き込まれるな!」


「うおおぉ!」


「落ち着け! 突出とっしゅつするな!」


 血みどろの男との戦闘が始まり、傭兵ようへい達の間で怒号どごうが飛びかう。


 ある傭兵の槍の突きが至近距離しきんきょりから猛烈もうれつな勢いで放たれる。

 男は、それを腰がくだけるのではないかと思う程に上半身をらせてけた。


 そこへ朱音あかねを護衛していた者の狙いすました矢が男の顔に襲いかかった。

 が、男は難なくその矢をつかみ取り、川へと投げ捨てる。


 常人じょうじんとも思えぬ動きを見せる男を前に、傭兵達の顔からは、いっさいの余裕が消え失せ、誰もが、男からの不意の攻撃でうっかり命を落とさないように神経をとがらせていた。


「ハァッ!」


 衛実の薙刀なぎなた一閃いっせんし、そのやいばが男の腕に浅い切り傷を負わせる。


「ちっ、浅いか! おい! そっち行くぞ!」


「任せてくだせえ!」


 衛実の攻撃を、後ろに飛び退すさって回避した男に、待ち構えていた別の傭兵の刀が襲いかかる。


「せりゃ!」


「グゥッ!」


 男は太腿ふとももしたたかに切りつけられ、うめき声をあげた。


「くそっ! ったと思ったのに!

 相変わらず、人間離れした動きでさあ!」


「山の方に逃げるぞ! 追え!」


「ダメでさあ! もう距離を離されてる!」


「チッ!」


 負傷した男は人間では不可能な跳躍ちょうやくを見せ、山の方へと退いて行った。


 山に逃げられては発見が遅れ、討伐が困難になる。

 衛実達は何としてでもそれを防ごうと、弓などで攻撃をしたが、男の身体能力はすさまじく、いとも簡単に山の中へと逃げ込まれてしまった。




 衛実達は一旦、追撃をあきらめ、先程の戦闘について振り返りをすることにした。


「しかし、あれだけの動きをする者が、我々の中におったとはな」


「俺も初めてでさあ。というか、ありゃあ人というよりけものの方が合ってるんじゃあないですかい?」


 傭兵達がそれぞれ思い思いの感想をこぼしている中、一人座り込んだ衛実は、先程の戦闘から、みょうな気分を感じていた。


(……あれは、なんだったんだ?)


 思い出すのは、男が自分達に向かって襲い掛かって来る場面。


(あの時、男の体が急に大きくなった? いや、それとも見間違みまちがえか…?)


 そんな風に思案しあんに明け暮れている衛実のひとみに突然、不思議そうな表情をした少女が映り込んできた。


「うわっ!?

 って、お前か朱音。驚かせんな」


 驚いて、思わず後ろにる衛実。その反応に朱音の方も驚き、ひるみかけて一歩後ろに退いた。


「な、なんじゃ!?

 それはこちらのセリフじゃ。それより、一体どうしたのじゃ衛実。その様にだまり込みおって」


 気を持ち直した衛実は、朱音の問いかけに再び視線を下に向け、つぶやく。


「先の戦闘で少し、な」


「やはり、ぬしもかんづいておったか」


 朱音の言葉に疑問を抱いた衛実は、顔を上げて、彼女の方に視線を向ける。


「……どういう事だ?」


「む? 気づかなかったのか?

 ぬしなら、とうに見破みやぶっておったと思ったのじゃが」


「待て。確かに普通じゃないとは感じたが、まさか、あれが?」


「うむ。ほぼ断言しても良い。あれは『鬼』じゃ」


 朱音の断定に一呼吸、間を置いてから衛実は口を開いた。


「……そうか。あれが、か。なるほど、それならあの動きにも納得がいく。

 にしても、あいつの動き、お前よりも早いんじゃねえか?

 それとも、あれが『鬼』本来の速さなのか?」


「前に、わらわが鬼の力について話したのをおぼえておるか?

 わらわのような『変化へんげの力』を始め、鬼の能力は様々じゃ。

 つまりは、素早すばやさに特化した鬼もいるという事じゃ」


 衛実の問いに答えた所で、朱音は先に戦った男について何か思う所があったのか、しきりに首をかしげている。


「それにしてもあの姿、前にどこかで見た気が……。そうじゃ!」


 何かを思い出した様子の朱音に、衛実は興味を示した。


「どうしたいきなり。何か気づいた事でもあんのか?」


「昨日、衛実と弥助の店に訪れる前に出くわしたやからじゃ。おぼえておらぬか?」


 朱音に言われて、昨日の出来事を思い出し始める衛実。そしてすぐに彼女が言っていたことに思い当たった。


「ああ、あれか。何だ? もしかして、あの中にさっきのヤツがいたって言うのか?」


「そうじゃ、あの時に囲まれていた男がそれじゃ。

 昨日、この橋ですれ違った時も『この男、どこかで……』とは思っておったのじゃが、今ようやく思い出したのじゃ」


「あの時もだってのか? 雰囲気変わりすぎだろ」


 あまりの男の変わりっぷりに、なかあきれていた衛実だが、そこでふと、ある違和感いわかんを抱いた。


「ん……? にしては、数が合わないな。

 あの時、やつを囲んでた人数は5人以上はいた。だが今回の事件で見つかった死体は2つ。

 じゃあ、残りは……?」


 そこで衛実は朱音の方を向き、ふと思い立った事をたずねた。


「なあ朱音、鬼の力って言うのは強くなったりするもんなのか?」


「む?

 そうじゃな、人と同じで鬼も成長する。無論むろん、そのままでも強くはなれるが……」


 何か言いにくいことでもあるのか、朱音が口をつぐむ。


「どうした?」


「……その、わらわ達が強くなるのにはもっと手っ取り早い方法があるのじゃ」


「それはなんだ?」


 衛実はかまうことなく先をうながす。


「それが、他の生物の魂、『しんぞう』をらうことじゃ。

 とりわけ、人の心ノ臓は鬼にとって簡単に強くなれる価値のある代物しろものじゃ。

 じゃから、彼奴きゃつらは人を襲うのであろうな」


 朱音が答えると、その場を流れていた空気が一気にこおりつき、まるで周りの景色に分厚ぶあつい氷が張りめぐらされていったかのような感覚につつまれて行く。




 その中で、朱音から得た答えをゆっくりとめる衛実。


 その目に憎悪ぞうおにも似た烈火れっかごとき怒りの感情が込められていたのを朱音は見逃みのがさず、不安な思いに駆られた。


 だが、ほんの一瞬だけで、衛実はその怒りを表には出さず、落ち着いた声で話し出す。


「……そうか。それならあの胸部きょうぶのくり抜かれた死体にも納得が行く。

 だが、あそこまで人を傷つけるのは何でだ?」


 そこで衛実は立ち上がり、他の傭兵達に声を掛けに行く。


「おいみな、ちょっといいか?」


 先の戦闘で男の太腿ふとももに傷を負わせた傭兵が反応し、こたえる。


「おや? どうかしたんですかい?」


「少し気になる事があってな。あの死体をちょっと見に行かないか?」


「ほんとですかい? あんな死体、調べても手掛てがかりなんてなんもないと思いますぜ。

 それよか、さっさとあいつを倒しに行った方が早いでさあ」


「いや、もしかすると、今の人数や装備では、対応が出来なくなるかもしれないんだ。

 だから、頼む」


「まあ、そこまで言うんでしたらいいですよ。でも俺からしたら、別に気にすることないって思いますがね」


 もちろん、彼らは『鬼』という生き物を知らない。衛実も幼少ようしょうの頃に襲われていなければ、その存在に気づくことすらなかっただろう。


 彼らにしてみれば、『ちょっと人間離れした力を持った人間』程度にしか思っていないのだから、『いちいちそんなことで時間を無駄にするより、さっさと討伐してしまった方が早い』と考えるのは当然のり行きなのだ。


 だが一応、依頼主である衛実からの申し出なので断ることはせず、一同は男が連れてきた死体を見に行く。




 取り残された死体を見ると、身体中に付けられた幾重いくえにも渡る傷だけでなく、右腕や左足が無くなっていたり、脇下わきしたいちぎられていたりと、とても見るにえない姿をしていた。


 傭兵の1人が声をあげる。


「全く、あの男はただ殺すのにらず、我らの肉でも食っているつもりか?

 もはや獣よりも獰猛どうもう奇怪きかいではないか」


「ここまでひどい形にされちゃあ、これが元は人だったと言われても、とても納得できるようなもんじゃあ、ありゃしませんぜ?」


 他の傭兵達もそれぞれ似たような感情を抱いて死体をながめていた。


にもかくにも死体を片付けませんと。

 じきにここも、人通りが多くなりやすし、こんなの街中で見せられたら、たまったもんじゃないでしょ。

 衛実さんよ、まだ調べるのかい?」


「ああ、もう充分だ。

 手間を取らせて悪かった。それじゃ、片付けるのを手伝ってくれ」




 異形いぎょうの死体を近くの寺へと運び込み、寺の坊主に後をたくすと、一同はまた先の橋の場所へと戻って来た。


 橋に着くなり、山へと向かおうとする面々めんめんを衛実は引き止める。


みな、ちょっと待ってくれ」


「今度はなんです?」


「さっきの死体を調べたんだが、やっぱりここは一度引いて、装備を調ととのえ直した方がいいと俺は思う」


 衛実の言葉に、今度は不満のねんを抱く者がちらほらと見受けられた。


 今回の任務で衛実とよく会話をしていた傭兵が真っ先に声をあげる。


「なんでですかい? 確かに今回の敵はちっとばかし手強てごわいですが、何もそこまで慎重になる必要はないでしょう?

 それとも、そう思う程の何か理由でもあるって言うんですかい?」


 衛実は言うか言わないか少し迷っていたが、やがてすぐに心を決めて口を開く。


「ああ、そうだ。さっきの死体、腕や足が無くなっていただろ? そして、あの男の身体能力。

 俺はすでにあの男が死体の肉をって、先の戦闘よりもさらに力をつけているんじゃないかと思ってるんだ」


「そりゃ、食わないと力はつかんでしょう。『腹が減っては戦はできぬ』なんて言葉もありますし、そんな飯食うだけで簡単にさっきよりも上の動きが出来るなんて話、あるわけないでしょう?」


「いや、その可能性は否定できぬな」


 突然、朱音が話し出したので、周りにいた傭兵達は驚く。


「おいお嬢ちゃん、滅多めったなことを言うもんじゃない。

 どうして人が強くなる為に人を食う必要があるんだ?

 あまり物騒ぶっそうなことを言わんでくれ」


今更いまさらですが、この素性すじょうについて、あまり触れない方がいいような気がしてきまさあ」


所詮しょせんは子供のごと』だと思われてしまっては、朱音もこれ以上意見することはできない。

 周りからなだめられるような形で黙らされてしまった。


 そして今回の一行の中で誰よりも歳のいった老兵がここで口を挟んだ。


「う〜む……。確かに衛実殿のような考えも無きにしもあらずとも言えるが、わしには、到底想像できん。

 衛実殿やお嬢さんの言う理由に確証があるわけでもなく、もしその通りであるとするなら、今こうしている時間もヤツは力をつけているのではないか?

 それならばなおのこと、早いうちに討ち取る方が良いのであろう。

 さいわい、今の所、儂らには被害がないようであるから、そう遅れを取ることも有りはすまい。

 それとも衛実殿は、儂らの力を見くびっておられるのか?」


 ここまで言われると流石さすがに衛実も言い返すことが出来ない。

 衛実は説得を諦めて、討伐に行くか、と腹を決める。


「……分かりました。

 別にあなた方の技量ぎりょうを疑ったわけではないですが、もし不快に思われていたのでしたら、謝りましょう。

 でも、今俺が話した可能性についてもどうか頭の片隅かたすみにでも置いといて下さい」


「分かりましたよ。要するに、さっきよりも気合い入れて討伐しろって話でしょう?

 俺達なら楽勝でさあ!」



 そんな訳で一行は、鬼が逃げた山へと歩みを進めていった。その中で衛実と朱音だけは、うすら寒い予感をぬぐいきれていなかった。

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