第9話 出陣

 それから1時間がぎ去り、弥助やすけの店は、刀や槍、それぞれおのれの武器をたずさえた傭兵ようへいが 7名程集まって物々ものものしい雰囲気に包まれていた。


 集まった面々を一通り見渡して、衛実もりざねが口を開く。


「……よし。みな、準備はできてるみたいだな。

 それじゃ、出立しゅったつの前に再度、それぞれの役割を確認するぞ。

 まず、弥助が連れてきた者3人は、そこにいる女子おなごを守ってくれ。

 そして、八兵衛はちべえさんの所の用心棒ようじんぼう3人は、俺と共に今回の事件の調査を行う。ここまでで何か質問のあるやつはいるか?」


 衛実が問いかけると、朱音あかねの護衛に割り当てられた1人が手を上げる。


「なあ、傭兵ようへいさんよ。なんだって、この子を守んなきゃいけないんですかい?

 弥助から話は聞いたけども、どうにもに落ちない。

 まず、こんな年の子に戦場いくさばを見せる必要もねぇし、この子を連れて行かなきゃ、その分、戦力が増える訳でしょう?

 なんだって、わざわざ戦力を無駄にするようなことを?」


 護衛が発言した事は当然と言えば当然の事で、他の面々も『わざわざ朱音を守らないといけない』という事に不可解ふかかいな思いを感じている様子である。


 衛実は、質問をした者だけでなく、全員に言い聞かせるように答えた。


「それには深い訳があってな。悪いが、それを話すことは出来ない。

 だが報酬は、みなそれぞれ平等にするし、働きによっては追加も出すから、それで納得してくれないか?」


 衛実の答えは質問の内容にしっかりと沿ったものではなかったが、『話せない事情』があることをさっした6人の傭兵達は、それ以上突っ込まずに黙って受け入れることにした。

 先程質問した者が皆を代表して応じる。


「へいへい、別にかまいやせんよ。

 俺たちにとっちゃあ、報酬さえちゃんとくれれば満足ですからね。

 余計な詮索せんさくってのは、仕事柄、しないのがお約束でさあ」


「助かる。他の者は何か言っておきたいことはあるか?」


 衛実の問いかけに対し、誰も手を上げない。


「いないみたいだな。……よし。それじゃ、出撃だ。

 みな、相手はどんな者なのか全く分からない。油断ゆだんせずに行くぞ!」


 衛実の号令に一同は『おうっ!』と答え、7名からなる部隊は朱音をともなって店を出ていった。


 その様子を弥助と共に店先から見送っていた反物屋の主人は、彼らを見つめながらポツリとつぶやく。


「弥助の旦那だんなァ、此度こたびは大丈夫でしょうかい?

 ウチとしては、少しばかり嫌な予感がするんですが」


「うん、そうだねぇ。確かに不安だけど、衛実ならきっと、やりげてくれるさぁ」


 同じように遠ざかっていく傭兵達をながめながら相槌あいづちを打つ弥助の言葉に、衛実への信頼を感じ取った反物屋の主人は、物珍ものめずらしそうに弥助の方を向いた。


「へぇ、弥助の旦那は、あの御仁ごじん相当そうとう買ってらしてるんですねえ」


「そうだよぉ。あいつはあっしが今まで見てきた中で、1番強い武士もののふだからねぇ」


「あのちっこいお嬢さんも気がかりなんだが……」


「それもきっと、大丈夫だよぉ」


 そうけ負う弥助の顔には、不安な表情など微塵みじんも表れていなかった。




 店を出た衛実達一行は、事の発端ほったんとなった嵐山へと歩みを進めていた。

 渡月橋とげつきょうに差し掛かろうとした時、その内の一人がどこからともなく口を開く。


「しかしまあ、話には聞いたが、熊のような爪痕つめあときざまれた死体なんてうわさ、この京で聞いたことがないなあ」


 他の傭兵も同意して後に続く。


「俺にもだ。なああんた、衛実って言ったか?

 本当にそんなもんが、ここにおると本気で思っとるのかい?」


 話を振られた衛実は腕を組んで、なや素振そぶりを見せる。


「俺も直接見た訳じゃないからな、こと真偽しんぎは判断がつかない」


 そう言って衛実は、昨日、橋ですれ違ったみょうに印象に残っている男の姿を頭に思い浮かべながら話を続ける。


「ただ、心当たりがするとしたら、昨日この場所で、ある男とすれ違った時、そいつから尋常じんじょうじゃない程の血のにおいがしたのは覚えている。

 けど、そいつ自身に血のあとはついていなかったし、見た目もいたって普通の格好だったしな……」


 7人がそろいも揃って目的の素性すじょうについて考えていると、ふと後ろを振り向いた朱音が、自分達の後ろを歩く1人の男に気づく。

 

 その男は、全身を真っ赤に染め上げ、何かの物体を引きりながら、こちらに向かって歩いて来ていた。


 明らかに様子のおかしい男の姿を見て、『これは!』と思った朱音はすぐさま前を歩く衛実を呼んだ。


「衛実! 後ろじゃ!」


 朱音の声に反応して、7人が同時に後ろを振り向く。そして朱音が指差す方向に不審ふしんな男の姿を認知すると、一気に全員に緊張が走った。


「総員! 戦闘態勢だ! 手筈てはず通りに!」


 衛実の号令が飛び、全員が己の武器を抜き放つ。

 彼らの目には、先程までのゆるさが抜け、男の動きを見逃みのがすまいと油断なく見据みすえていた。


 と、そこで目の良い傭兵の1人が男の引き摺ってきた物体の正体に気づき、まるで信じられない程の嫌な物を見た、というような声音こわねつぶやく。


「……おい、ありゃあ人だぜ」


 それを聞いた他の傭兵も、嫌悪けんおの念を抱きながら答えた。


「あれが人だと? 無数のみぞっておって、もはや元の形がなんなのか分からんぞ。

 それによく見たら、確かに胸の下に大穴が空いとる。気味きみが悪いな……」


 男の出方を注意深く見つめる衛実が会話を交わす2人に向けて注意をうながす。


「俺たちも気を抜けば、ああなるぞ。油断すんな」


 衛実の言葉に『言われるまでもない』といった表情で、武器を構え直す傭兵達。


「ああ」


「あんな姿になるなんぞ、御免ごめんだ」




「グルルルルルルルッ!」


 衛実達のかまえに気づいた男も、獣のようなうなり声を上げ、今にも飛び掛りそうな体勢をとった。

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