第8話 戦の兆し
翌朝、眠りから
「衛実、どこへゆくのじゃ?」
朱音の眠たそうな声に気づいた衛実が振り返って
「おう、朱音おはよう。
今から
「待ってくれ。わらわも、フワァ…」
衛実に置いていかれないよう、目を
「話を聞くだけだから、すぐ戻る。それに、まだ朝飯も食ってないだろ?
だからまだ寝ててもいいし、起きて顔を洗うとか好きにしていいぞ」
「う、うむ……」
やはり眠たかったのか、朱音は
それを見た衛実は、『鬼とはいえ、朱音にも人間っぽい弱点があるんだな』と少し意外な気持ちになった。
「まあ、いいか。取り敢えず、弥助の所にでも行こう」
そう
店に着くと、まだ開いてはいなかったが、それを知っている衛実は店の裏にある
そして店の裏の戸を3回程叩き、一つ声を出して店の
「弥助、起きてるか〜?」
すると、しばらくしないうちに扉が開かれ、弥助が顔を出して来た。
「あぁ、やっぱ衛実だなぁ。
今日は店を開ける前に来たってことは、情報だねぇ?」
「そうだ。
昨日、朱音を案内してたら、嵐山全体の様子が、何だかいつもと違うような感じがしてな。何か知ってるか?」
「知ってるよぉ。でも、その前にぃ、」
「ああ、金だな。ほい」
いつもの事なので、衛実は
「うん、間違いなく
それじゃあ、中に入ってぇ。朱音ちゃんもねぇ」
弥助が放った最後の言葉に驚いて、衛実が後ろを振り向くと、
「な、朱音!? 待ってろ、って言ったじゃねえか」
「そんなことを言われても、わらわとて、ただ待ってるわけにはゆかぬ、フワァ…」
やはりまだ眠いのか、朱音は手で口を
驚いたのも
「ったく、眠いなら寝とけばいいのに。
悪い弥助、こいつに何か
もちろん金は払うからよ」
「別にいいよぉ、それくらいの事にお金を使わなくて。
それじゃあ2人とも、上がって上がってぇ」
弥助に案内されて、2人は店の中へと通されていく。
店に上がり、弥助が戻ってくるまでの間、衛実と朱音は
「朱音、本当に話を聞くだけだって言ったじゃねえか」
寝ていたはずの朱音が、いつの間にか自分の後をつけていたことに、
それでも、取り敢えずはまだ眠そうな朱音を
だがそれを、朱音は首を振って断り、起きたばかりの
「嫌な予感がしたのじゃ」
「嫌な予感?」
「
その
じゃから、ぬしが話を聞くだけと言っても、不安で、どうしても後をついて行きたくなったのじゃ」
その
(……いやいやいや、そんなまさか。単なる偶然だろ)
『らしくもない』と首を振り、自らの心にもよく言い聞かせるつもりも
「そんな
気にしたって、しょうがないじゃねえか」
そんな衛実の真面目に取り合わない様子が気に食わなかったのだろう。
朱音はまだ意識がはっきりしない中、それでも
「む……。鬼の勘を
「それでしっかり休めなかったら、意味ねえだろうが。
言っとくが、弥助の仕事は結構大変だぞ。だから、休める時にしっかり休んどけ」
「お待たせぇ。持ってきたよぉ」
そこへ弥助が気つけの飲み物を持ってやってくる。
「おう、弥助ありがとな。ほら朱音、これ飲みな」
「ありがとうなのじゃ。
…っ! 、な、なんじゃこれは!?」
衛実から手渡された飲み物の、ツンとくるような
「
少し鼻につく
それを聞いて恐る恐る口に運ぶ朱音。
「ん……、ふう。弥助、ありがとうなのじゃ。おかげで少し眠気が
「いいよぉ。効き目が出たようで良かった良かったぁ」
「それで弥助、本題なんだが、」
「うん、嵐山の件だねぇ」
衛実の振りを受けて、弥助は昨日の出来事について自分が知っていることを話し出した。
「結果から言うと、確かに昨日、あそこで殺人が起きたよぉ」
弥助からの情報で、
衛実は少しだけ
「ただ、殺された人がちっとばっかし良くなくてねぇ、それであまり
「どういった
衛実の問いに弥助は一つ
「今回やられたのは、嵐山で勢力を張ってる『
「なるほど、表には出てこれない奴らの死体なら、確かに大事にはできないだろうな。
にしても、昨日はやけに静かだったぞ?」
「『山狗』は、表で『
大事にはならなくとも、商売には少なからず影響が出る。
あの店は事が起きた後、その日の商売を休んだみたいなんだぁ。だから衛実達が来た時には静かだったんだろうねぇ」
弥助の簡単なあらましに『なるほどな』と軽く
「ちなみにその死体はどこで見つかったんだ?」
「普段、人が通るような所じゃないんだけど、そっちの世界では、そこそこ有名な
「
「まだ捕まってないみたいなんだぁ。誰も姿を見てないからねぇ」
「
「ん〜……。手掛かりというか、今回の死体に共通の特徴があってねぇ。2つとも心臓が
争ったものと見られる傷は
「首がもげてるとか、体が真っ二つって事でもないんだな」
「うん。胸のちょっと下辺りに大きな穴が空いてるぐらい」
「まあでも、そんぐらいの死体って結構あるもんなんじゃないか?」
話を聞く限り、『取り立てて目立つ訳でもなく、よくある殺人事件のうちの1つ』とのように思った衛実は、それがなぜ、いつもは人で
弥助もまた、衛実と同じような気持ちでいるらしく、普段に比べて
「確かにねぇ。あとこれは
「熊……? ここら辺で熊が出たなんて話、聞いた事ねえぞ?」
都では
「なんだ?」
「お客人かもねぇ。ちょいと待っててぇ。はい、どなたぁ?」
顔を上げ、音のする方に視線を向けて腰を浮かせる衛実を制して、弥助が勝手口の扉を開けに行く。
扉を開けて入ってきたのは、
「おお、弥助の旦那ァ。起きてたかい。
それより大変なんだ。取り敢えず中に入れてくれないかい?」
「あぁ、
そう言って、弥助は反物屋の主人を店の中へ通す。
中へ通された主人は、先にいた衛実達に気づき、軽く驚きの声をあげる。
「おや、
「八兵衛さん、気にすることないよ。こいつはあっしの知り合いでねぇ」
「そうかい。それより聞いてくれ、大変なんでさあ」
「うん、どうしたぁ?」
弥助に
「
ウチは反物屋でしょう? だから売るための反物がなきゃ、話にならない。
そんで、その反物が届くのを待ってたんだが、
「なるほどねぇ、つまり
「ああ、かもしれねぇ。だがな、それにしては
「奇妙?」
「その死体に付けられた傷が熊みてぇなやつに襲われたようなモンでよ、あと胸の下辺りに大きな穴が空いてたんでさあ」
そこでずっと黙って話を聞いていた衛実が口を開く。
「おい弥助、それって……、」
弥助も
「だねぇ、嵐山のと一緒だぁ。
八兵衛さん、昨日の嵐山の件について、何か聞いてたかい?」
「嵐山……? いや、何も聞いてないでさあ。まさか、昨日もあったんですかい?」
「そうだよぉ。しかも八兵衛さんが話してくれたのと状況がほぼ同じなんだよねぇ」
弥助からの話を聞いた反物屋の主人は、腕を組んで
「そういうわけですかい。となると、こいつはちょいとまずいことになりましたねえ。
こういう事が今後も続くとなると、ウチも商売上がったりになっちまいますよ」
「そいつは大変だねぇ」
「なあ弥助の旦那ァ、この件の原因とその解決の依頼、させて
「いいよぉ。それに
どう? 衛実」
そう言って己の方を振り向き、問いかけてくる弥助からの
「そうだな……。
まあ、受けないこともないが、
せめて、もう2、3人ぐらい人を集めたいんだが……」
「む? わらわは含まぬのか?」
自分も当然、
「ああ、そうだ。何か問題でもあるか?」
『当たり前のことだ』とでも言うかのような衛実の口調に、思わず口を
「問題ならあるじゃろう!
「そりゃ、危険だからに決まってんだろ。
言っとくが、今回みたいな
「ぬしは、わらわが
「キツイ言い方をすればそういうことだ。
「ぐっ……!」
「そこの
お嬢ちゃん、悪いことは言わねえ。今回ばかりは
反物屋の主人も、衛実に合わせて朱音を
2人の言ってることに、何も言い返すことができない朱音は、それでも何とかしようと必死に頭を動かす。
「じゃ、じゃが……!」
「
突然、今までの流れとは逆の提案をし始めた弥助に衛実は驚く。
「は、はあ!?
弥助、お前一体何を言い出して……」
「向かわせるだけなら大丈夫だと思うよぉ。その
「いや、でもお前昨日……、」
「それにねぇ、衛実。こういうのは、一度見ておいた方が良いんじゃないかと思うんだよねぇ。
そうやって危険だからって言っても、どう危険なのか実際に見ないと分からないことも多いじゃない?」
「んな事言われても、今回は……、」
「それと、これはあっしの
そうなった時、少しでも
「うーん……」
「や、弥助の言う通りじゃ!
それに衛実、ぬしはこの前、わらわに『付いてくるなら、ぬしの仕事の手伝いはやって
思いがけず弥助からの
衛実もそれに応じるが、すぐには『良し』と言えず、困った顔をして朱音に話を返す。
「けどなあ、お前分かってんのか?
命のやり取りってのは、そう
「じゃが、それも人の
ならば、わらわにとってそれは知っておかねばならぬことであるはずじゃ。
頼む衛実、わらわも連れ行ってくれ」
衛実の手を取って
それからたっぷり10分程が過ぎた頃、それまでずっと
「……分かった。けどな、これだけは言っておくぞ。
どんだけ注意してても、準備をしててもあっさりと命を落とすこともある。
だから、いざという時は自分の身を第一にしろ。いいな?」
「……! 衛実、ありがとうなのじゃ!」
「あと弥助、お前も
「分かってるよぉ。朱音ちゃんの護衛なら任せておいてぇ」
「で、それを含めてもあと2、3人欲しい。
八兵衛さん、あんたに当てはあるか?」
「ウチの
結構ちゃんとした奴らなんで、
「よし。それじゃあ、
※半刻:1時間
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