第5話 京の街 参

 弥助やすけの戻りを待つ間、手持ち無沙汰ぶさた朱音あかねは、先程から店の中を物色ぶっしょくしている。


「なんか面白いものでもあったか?」


 同じく手持ち無沙汰で、店の壁にもたれかかっていた衛実もりざねも、退屈しのぎに朱音に声をかけた。


 中に花びらのような物が入った硝子ガラス細工ざいくの小さな玉を手に取って、店の明かりにかしながら朱音は感想をらす。


「そうじゃな……、この店に並んでいる品はみな、なんとも珍妙ちんみょうなものばかりじゃ」


「俺も弥助とは長い付き合いだが、いまだにここにある物がどういったもので、どこからの物なのかよく分かってねえ。

 ま、ちょっとした摩訶不思議まかふしぎを体験するって考えれば、いいんじゃねえか?」




「おぉ〜い。人の売り物をひやかすのはやめてくれよぉ〜。たまには買っていけぇ」


 そこに、店の奥から大きな荷を持った弥助が不満をたらしながら戻ってきた。


「買ったって、何に使うか分かんなかったら、ただのゴミだろうが」


 みずからが店に並べている商品について、衛実にケチを付けられた弥助は、店に置いてある品の1つを手に取り、『どうだ』と言わんばかりに彼の目の前で見せつける。


「ゴミなんかじゃぁないって言ってるだろう! これを見ろぉ、これを。

 ここがこう動いてこうなるんだぁ。どうだぁ、すごいだろぉ?」


「なるほど、まったく分からん」


「なぁああんでだぁよぉ!」


 商品に全く興味を示さない衛実の態度に、毎度まいどのことながら憤慨ふんがいする弥助。


 そんな2人のやり取りに若干じゃっかん気圧けおされつつ、朱音は彼らのめについて聞き出した。


「その、衛実と弥助殿は、一体どんな風に知り合ったのじゃ?」


 納得がいかず、不満顔で見てくる弥助の視線を受け流しながら、衛実は朱音の質問に答えた。


「弥助、でいいぞ朱音。

 さっきの屋敷でも話したが、前のあるじが殺されて、傭兵ようへいを始めたって言ったろ?

 ちょうどそんぐらいの時に、俺は弥助と知り合ったんだ」


「あの時はまだ素直に仕事をしてくれてたのになぁ。今はいちいち文句もんくを言ってくるようになっちまったよぉ」


 腕を組んで思い出にひたりつつ、今の衛実の態度をなげく弥助。


 そんな彼を衛実は目を細めてにらみつけた。


「だったらいい加減かげん無茶むちゃな仕事を振んのやめろ。女装しろとか言われた時は、さすがにぶん殴ってやろうかと思ったんだからな。

 とまあ、こんな感じで、弥助は俺の仕事相手って所だ。

 仕事はクソだが、報酬は良い。しかもちゃんと払われるから、他の所よりはマシだな」


「そうそう。だから日頃の感謝を込めて、ここの商品を買っていけぇ?」


「それとこれとは話は別だ」


 流れるような衛実と弥助のやり取りが、今に始まったことではなく、そのつながりの深さに感じ入った朱音は、うなずきながら、2人の関係性について思った所を口にした。


「なるほどな。つまり、2人は旧友きゅうゆうなのじゃな?」


「どっちかって言うとくされ縁の方が近いが、まあいいや。それより弥助、今回の仕事はそれか?」


 衛実は、朱音の下した判断に少しばかり不満を感じつつも、取り敢えず流して、弥助に今回の仕事内容についての確認を取った。


 彼の問いにうなずいて肯定こうていの意を示す弥助。


「そうだよぉ。朱音ちゃんって言ったかい?

 彼女にも出来るような仕事ということで、荷物運びだよぉ。

 ちょうど今、この荷を届けて欲しい所があってねぇ。だから今回はこれを頼もうかなぁ」


 弥助から任された仕事が思いのほか簡単だったため、朱音は思わずキョトン、とした表情を浮かべる。


「荷物を届けるだけでいのか? 他にもやれることは、」


 朱音が追加の仕事を求めようとするのを、衛実は新米しんまい特有とくゆうはやる気持ちをなだめる先輩かのように、苦笑いしながら制する。


「まあそうあせんなって。

 いきなり本格的な仕事をしても、そう簡単には上手くいかねえから。今日は慣れってことで少しずつ馴染なじんでいこうな?」


「うんうん。衛実の言う通りだぁ。焦らないで少しずつやっていこぉ。

 でもそのやる気は大切だからねぇ。頑張っていこうねぇ」


 衛実と弥助に言いくるめられた朱音は、まだ納得しきれていない様子を見せつつも、黙って2人の助言を聞き入れることにした。


「ふむ……、分かったのじゃ」


「よし。それじゃ、行くぞ」


 準備を調ととのえ、仕事に取り掛かろうと店を出ていこうとする衛実と朱音を、弥助が店の中から呼び止めた。


「あ、今日は朱音ちゃんの初仕事ということで、報酬をはずませてもらうよぉ。

 それで衛実に町を案内してもらいなぁ」


 いつになく景気の良いようなことを言う弥助に、衛実は普段の自分とのあつかいの差を頭の片隅かたすみに置きつつ、皮肉ひにくにじませて彼をからかい出す。


気前きまえのいいっこたな、弥助」


「女の子には優しくしないとだぞぉ、衛実」


 ニヤニヤしながら言い返してくる弥助にうんざりした表情を浮かべながら、衛実はこれ以上彼の方に意識を向けまいと、特に意味もなく朱音に出発の確認を取るかのように話しかけた。


「余計なお世話だっての。朱音、行けるか?」


「うむ! いつでも行けるぞ。弥助、ありがとうなのじゃ!」


「うん、気をつけるんだぞぉ」


 弥助に見送られて、衛実と朱音は店を出発し、目的の場所へと荷物を届けに向かった。




「弥助という者は、とても気さくで優しそうであったな!」


 弥助に対して、中々なかなかに好印象をいだいた様子の朱音は、声をはずませて衛実に話しかける。


 一方、衛実の方はと言うと、相変あいかわらず弥助に胡散うさん臭さを感じている様子で、純粋そうな朱音によく言い聞かせるように忠告をした。


だまされんなよ。次からは無茶振りをふっかけてくるぜ。だから、最初っから飛ばさないように気をつけんだぞ」


 衛実があながちうそを言っている様子でも無かったので、朱音はに落ちきれていなかったが、取りえずは彼の言うことを聞き入れることにした。


「む……、そこまで言うなら、考えておくとするかの」


 そんな会話をしながら、やがて2人は目的の店へと辿たどり着いた。簡単とは言え、初めての仕事に軽く緊張の面持おももちをしている朱音を見た衛実は、彼女の気をやわらげようと、先に店の暖簾のれんをくぐって店主に挨拶をする。


「やあ店主、2日ぶりくらいか? 頼まれてた荷物、持ってきたぜ」


「お〜! これはこれは、弥助さんの所の傭兵ようへいさん。いつもご苦労様、っと、おや? そちらの娘さんは?」


 衛実とは顔見知りらしく、すっかり受け入れ体制に入っている店主は、彼の後ろについて来ている朱音に気づいて、彼女が何者なのか問いかけて来た。


 ごくごく当たり前の反応をする店主に対して、衛実は朱音の姿が見えやすいように立ち位置を調整しながら、彼女を紹介した。


「紹介しよう。今度から俺と一緒に仕事をしていくことになった朱音だ。仕事をすんのはこれが初めてらしいから、色々とつたない所もあると思うが、よろしく頼む」


 衛実の紹介に合わせて頭を下げる朱音に、店主は人の良さそうな顔をして、『これからよろしくね』と気さくに声をかけた。その様子を一安心といった顔で見届けた衛実は、ふと店の中を見渡して、気になったことを口にした。


「ところでなんだが、店主、なんか今日の品揃しなぞろえ、いつもより少ない気がすんのは気のせいか?」


 衛実の問いかけに、店主は肩をすくめて、『やれやれ』といった表情を浮かべながらため息をついて答える。


「分かるかい? 実は最近、ここを訪れる行商人ぎょうしょうにんの数がやけに少なくなったような気がするんだよ。おかげで店に全然品が揃わなくてね。こっちとしても困ったもんだよ」


「そうか。まあきっと、このご時世じせいだから、行商人も簡単に身動きが取れてないだけなんじゃねえか? またどっかで戦が起きた、みたいな感じで」


「かもね。ああ嫌だ嫌だ。これだから戦ってやつは……。ホントにもう勘弁かんべんして欲しい所だよ」


まったくだな。じゃ、そういう訳で、そろそろ俺達も戻る。店主、またここ来る時はよろしくな」


「うんともさ。2人のことなら、いつでも歓迎するよ」




 こうして店主に別れを告げて、無事に弥助の店へと戻ってきた2人を弥助が迎える。


「朱音ちゃん、今日はお疲れ様ぁ。はい、これは今日の報酬」


「ありがとうなのじゃ。

 そうじゃ! 弥助、ここの店のおすすめとかはあるか?」


「買ってくれるのかい? 優しい子だねぇ。よし、今回は安くしとくよぉ。

 そうだねぇ、この首飾くびかざりとかはどうかなぁ。とても似合ってると思うよぉ。衛実もそう思うだろぉ?」


「まあ、そうだな。いいんじゃねえか?」


 衛実に『似合っている』と言われたのが嬉しかったのか、朱音は彼の言葉を聞くとぐに購入することを決めた。


「そうか? ならばこれを頂こう!」


毎度まいどあり〜!」


「それじゃ、俺は弥助と少し仕事の話をするから、朱音はここで待っててくれ。すぐに終わらせるからな」


「分かったのじゃ」


 そう言って、買ったばかりの首飾りを色んな所から眺めて楽しんでいる朱音を店に残し、衛実と弥助は店の奥へと向かった。


 朱音と充分じゅうぶん、離れたことを確認した弥助は、彼女を見ながら、衛実に問いただした。


「それで、衛実。あの子は一体どうしたんだい? 言葉遣いとか、その辺にいる子供達とは全く違う感じがするけどぉ?」


 まさか素直に『鬼の少女だ』とは言えない衛実は、取り敢えず適当に、それっぽい感じの作り話をし始める。


「まあ、そこら辺はおさっしの通りだ。

 その、なんだ……、ここじゃない所で受けた仕事先で、とある公家くげの護衛をしたんだが、目的地で裏切りにあって、殺されちまった。

 あの子はその親族しんぞくらしくてな。地方から来たはいいが、身寄みよりが無くてどうしようもなかったんだとさ。

 それで、少なからずえんのあった俺のとこを訪れよう、って話になったわけだ」


「地方に親族っていってたけど、そっちに帰る手立てだてもあったんじゃないかぁ?」


「言いにくい所だから、そこら辺は察してくれ」


「あぁ、そうだよねぇ。今じゃ、安心して暮らせる所なんて、どこにもないもんねぇ」


 衛実の言い訳というのは、決して誰もが納得できるようなものではなかった。

 だが、こんな嘘のような話でも、弥助が納得してしまうほど、今の世の中はみだれに乱れていたのである。


 弥助が特に疑問を抱いた様子がないのを見た衛実は、心のうち安堵あんどし、そのまま弥助に、ある頼み事をすることにした。


「まあ、そんな具合で、これからも俺と一緒に行動することが多いと思う。

 場合によっちゃ、お前に預けたいと思ってるんだが、引き受けてくれねえか? 金は払うからよ」


「タダでいいよぉ。朱音ちゃんはいい子だし、あっしにとっても、ちょうどいい話相手になりそうだからねぇ」


 何事なにごとにおいても、金銭きんせんをはじめとした対価たいかを要求する弥助の口から『タダで良い』ということを聞くのはめずらしく、不思議に思った衛実は、『何か裏でもあるのか』と思い、弥助の意図いとを聞き出した。


「『タダで』なんてお前、もしかして何か当てでもあんのか? 毎度まいど思うけど、一体全体、どっからそんなに金がいてくるんだ?」


「それは秘密だよぉ」


 そう言ってどことなく不敵ふてきな表情を浮かべる弥助に、あやしさをおぼえた衛実は、彼の正体しょうたいあばこうとするような目をして問いかける。


「お前、まさかとは思うけど、変な商売とかしてねえよな? 身売みうりとか」


 さすがに聞き捨てならないことであったらしい。衛実の言葉に盛大なため息をついて首を振る弥助は、あからさまに不機嫌そうな顔を作った。


「衛実………、いくらなんでもそんな人の道をはずすような真似まね、出来るわけがないじゃないかぁ。一体お前は、あっしをなんだと思ってるんだい?」


「そりゃあ、表であやしげな物を売って、うらでも陰謀いんぼうなんてもんに関わるようなやみ商人だろ?」


 衛実のとぼけた返答に、まゆを寄せてより一層いっそう不快ふかいの色をしめした弥助は、減らずぐちたたく目の前の男をだまらせようとめ立てるような視線を送りながらっていった。


「も〜り〜ざ〜ねぇ〜? さっきの約束、無かったことにしようかぁ〜?」


 一介いっかいの商人の、いくらすごみのないおどし方とは言え、立場的に先ほど取り付けた約束を反故ほごにされしまっては困る、と感じた衛実は、それ以上弥助を刺激しげきすることをひかえて、形ばかりの謝罪をすることにした。


「悪かったよ、言い過ぎたって。頼むから朱音のことだけはまかされてくれよ、都一番の商人あきんどさんよ」


 もちろん、その謝り方に心がこもっていないことをすぐに見破った弥助は、いまだに憮然ぶぜんとした表情していたが、やがてあきらめるように息をき出した。


「……な〜んか、その言い方にもとげがあるんだよねぇ〜。まあもう、今に始まったことでもないし、朱音ちゃんのことはうけたまわっておくよぉ」


「そうか、助かるぜ。

 それじゃ、今日はここら辺で失礼させてもらうぜ。じゃあな、弥助」


「うん、じゃあねぇ」




 そうして弥助と別れた衛実は、店の軒先のきさきに置かれた椅子いすで座って待っている朱音の元へと向かう。


「朱音、待たせたな」


「おお、衛実。話はもういのか?」


 そういう朱音の手元には、これまたよく分からない形のカラクリのような物があり、朱音はどうやら、ずっとそれをいじっていたようであった。


 衛実も特に気にとめず、早速、朱音に京の街の案内をすることにした。


「ああ、もう済んだ。それより、まだ宿に戻るには時間がある。弥助もすすめてたことだし、もう少し都の散策でもするか?」


「他にはどこにゆくのじゃ?」


みかどのいる内裏だいりや清水寺なんてもんもあるが、今日の所は嵐山あらしやまにしようと思う。それじゃ、行くぞ」


「楽しみじゃ」


 立ち上がった朱音は、手にしていた物を元の所へと戻していき、奥にいる店の主に一言、別れの挨拶あいさつわすと、先に店の外で待っている衛実に連れられて、嵐山への散策に出かけて行った。

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