第1部 『鬼の少女』と『傭兵』と

出会い

 とある昼下がり


 穏やかな陽がさし、生命の芽吹めぶきをうながす、春の心地よい風が吹いている。



 所々ところどころに桜の花びらの模様がえがかれた、あざやかなべに色の布地、そして桃色の振袖ふりそでがついた着物に身を包んだ1人の少女が、塀の上に腰を下ろしてのんびりとしていた。


「う〜ん! 今日も心地ここち良い天気じゃの〜。

 こんな日に食う団子もなかなか美味であるな!」


 見た目は15ぐらいだろうか。まだあどけない表情を浮かべる少女は、しかしながら、普通の人とは明らかな違いがあった。


 ひとみあかく、髪は雪のごとき白さで、毛先にくにつれて、少しあかみがかった桜色へと移り変わっていく。

 よく見ると、ひたい一対いっついつのらしきものが生えており、誰がどう見ても『普通の少女ではない』と口をそろえて言うようなで立ちをしていた。


「それにしても退屈じゃ。ただながめているだけでは、なんだか物足ものたりぬ。何か面白きことはないかのう……」


 無論むろん、彼女にも両親はいて、いつでも帰ろうと思えば帰れる。

 だが、帰っても何か特別なことが起こるわけもなく、だからこそ刺激しげきを求めて都にやって来たのだから、『どうせなら派手はでな出来事でも起きて欲しい』と思いつつ、異形いぎょうの少女は食べかけの団子を片手にあたりを見回す。


「……う〜む。やはり退屈なのじゃ」


 団子も食べ終えてしまい、特にすることもなく、さてどうしたものか、と物思いにふける異形の少女。


 そして1つの考えにいたる。


「そうじゃ! わらわも人の子らにじってみればいいのじゃ! 」


 早速さっそく動き出そうとする少女の目に、ちょうどこちら側に向かってくる1人の男の姿が映り込む。


「む? あれは……、誰かがこちらに向かっておる。ちょうど良い。あの者に話しかけて見ようか。

 おーい! そこな人間様〜!」




 髪を短くり上げて、ほんの少しばかり細身ほそみの、けれどしっかりときたえ上げられた体つきの男の傭兵ようへいが、人気ひとけのないやや狭めの道を歩いていた。


 20代半ばくらいに見えるその男は、薄灰うすはい色の衣服を身にまとい、その上から身体からだの線にぴったりと沿うような形をした黒緋くろあけ色の軽装の武闘鎧ぶとうよろいを着込んでいる。

 さらに、腰から下に目を移すと、先をめたはかま脛当すねあて魚鱗ぎょりん模様の佩盾はいだてで身を固めていた。


 だが、その中でも特に目を引く物が、その背に掛かっている武器である。一見、普通の長い薙刀なぎなたのように見えるが、刃が両端に付いており、それが持ち手を守るようにつながっていた。


 そんな彼は今しがた、1つの仕事を終えたばかりなのか、ゆったりとした動きで歩みを進めていた。


「ったく、ちゃんと仕事はしたんだから文句言うなっての。なんだよ人に頼っといて、あの態度。

 ……チッ、むしゃくしゃすんな。次の仕事までまだ時間もあるし、一旦いったん、ここで休むか」


 前の仕事先で嫌なことでもあったらしく、軽く頭の後ろをきながら悪態あくたいをついている傭兵のもとに、何処いずことも知れぬ所から、どことなくおさなさの感じられる少女の声がかかって来た。



「おーい! 人間様〜!」


「はあ、うるせえな。せっかく人がゆっくりしようとしてんのに」


「おーい! 人間様〜!」


「ったく、なんだよ頼むから静かにしてくれ」


「おーい! 人間様〜!」


「ああもう! なんなんだようるせえな! 少しは静か、……。なんだてめえは」



 見上げた傭兵の視線の先には、少女というには、あまりにも普通とかけ離れた姿のモノがいた。


「お! ようやく気がついたか!

 全く、何度も呼んでおるのに、何故なにゆえすぐに返事をせぬのじゃ?」


「うるせえな。こっちは心穏こころおだやかに休みたかったんだよ。邪魔すんなガキ」


 『ガキ』と呼ばれた少女は、ムキになって言い返す。


「な! ガキではないわ!」


 傭兵は、少女の抗議こうぎにまともに取り合わず、そのまま無視して続ける。


「あと、なんでガキのくせに塀の上なんかってる? 危ねぇからさっさと降りろ。それくらいなら手伝ってやるぞ」


「だから、ガキではない!」


「うるせえ! 大声でわめくな!」


「わらわは鬼じゃ!」



「……は? 何言ってんだ、お前」


 唐突に少女がおのれ素性すじょうを言い放つ。だがその内容は、傭兵にとってはおよそ予想もつかない、突拍子とっぴょうしもないことであり、到底とうてい理解のおよぶものではなかった。


 傭兵がほうけた顔をしたまま、だまって自分の方を見続けている様子に、『もしかして、よく聞こえていなかったのではないか』と感じた『鬼』の少女は、もう一度、よく言い聞かせるようにおのれ素性すじょうを口にする。


「じゃから、わらわは鬼じゃというておる」


 やはり、理解出来なかったのだろう。傭兵は腰に手を当て、やれやれといった感じに首を横に振る。


「……はあ。あのな、そのつのの飾りを付けて嬉しいのは分かったけどよ。

 てめえのごっこ遊びに、人を巻き込むなっての」


 先程から、傭兵が全く話を聞かない様子なので、『鬼』の少女は、ついにしびれを切らし出した。


「む……。さてはぬし、わらわを見くびっておるな。良いとも、ならばわらわの力を見せてやろうぞ!」


「は? 何言って、」



「『さかれ』」



 すると、傭兵の前にあった桜の木は『鬼』の少女からり出された炎によって大きな火柱ひばしらを上げて派手に燃えてゆき、やがてその場所は、元々何もなかったかのような更地さらちへとなりててしまった。


 急に起きた、非現実的ひげんじつてきな出来事をの当たりにした傭兵は1歩、身を引きながら驚きの声を上げる。


「んなっ! てめえ、何しやがる!」


「どうじゃ、すごいじゃろ〜? これでわらわが鬼であると、」


 自分が見せた技に胸を張る『鬼』の少女。

 だが、それを見た傭兵の反応は、少女が予想していたものとは少し違っていた。


「ふざけんなよてめえ! なんで人が休もうとしてた場所を焼きくすんだ!

 あれか! お前嫌がらせをするつもりか! 喧嘩けんか売ってんのか!」


 そう言いながら、傭兵は『鬼』の少女がいるへいの元にめ寄っていった。


 それを見て、あせった『鬼』の少女は、不安定な塀の上で身体からだの体勢をくずし出す。


「な、な、なんでそうなるのじゃ!

 わらわは鬼であることを、ぬしに見せつけてやったまでなのじゃぞ!

 ありがたく思われこそすれ、文句を言われる筋合すじあいではない!

 あっ、やめんか! お、落ちるー! 」



 どんがらがっしゃん。



「痛たたた……。何するんじゃ! って、」


 したたかに腰を打ち、そこへ手をあてがって痛みを確認する『鬼』の少女の前に、薙刀の刃が突きつけられていた。

 その武器のあるじは、先程とは打って変わって、ひどめた声で話し出す。


「はあ、そうかよ。人の休憩きゅうけい場所をうばったことは、まあゆるしてやる。

 けどな、てめえのその力が本物だってんなら、だまって見逃みのがす訳にはいかねえな」


「な、なぜじゃ!?

 わらわは、ぬしに危害きがいを加えておらぬじゃろう!」


 突然の展開に動揺どうようする『鬼』の少女。

 その少女に向かって、なおも冷たい声音こわねで続ける傭兵。


「今はな。だがこの後はどうなる?

 それに俺だけじゃねえ。他の人々を襲わないなんて、誰が信じる?」


「なぜそこまでわらわを信じぬ?」


 『鬼』の少女の疑問に、傭兵は断言だんげんするように答える。



「決まっている。それはお前が鬼だからだ」



「鬼、だから、」


「そうだ。人を襲い、らいくす。それになんの罪の意識もねえ奴ら。

 そんなクソ野郎を、今殺さないなんて理由があるか」


 傭兵の話す事に違和感を覚えた『鬼』の少女は、あわてて訂正しようと試みる。


「待ってくれ。なんじゃそれは。

 わらわは、いやわらわ達は、その様な事をしたおぼえは1度たりともないぞ!

 確かに、生きるために鹿や兎などを食らいもしたが、無闇むやみに人を喰ったことなどない!」


「……俺の家族は、てめえら鬼に喰い殺されたんだよ!」


「えっ………………」


「俺のあこがれだった父さん。いつも優しかった母さん。しっかり者なクセに甘えん坊だったもみじ。いつも隣にいた親友の源太げんた

 全て、全て、てめえら鬼が喰らい尽くした!

 嬉々ききとして殺し、無惨むざんに食い散らかして!」


 そう言いながら、傭兵は自分がおさない頃に目にした悲惨ひさんな光景を思い出す。


 それは、今より13年ほど前。琵琶湖を望むとある1つの小さな村で起きた惨劇さんげき


 鬼によって荒らされた後の村は、火の海につつまれ、いたる所に血みどろの人のかばねが転がっている。


 おさなかった頃の傭兵ようへいの家族もその例にもれず、母は背中を大きなけもののようなつめでざっくりとえぐられ、妹は焼けくずれた家の下敷したじきとなったままけむりかれて息を引き取った。

 さらに父は、何者かとの戦いで右脚をもっていかれ、その他にも無数の切り傷を負って地に倒れていた。


 当時の様子を一言ひとことで表すならば、そこはまさに『この世の地獄』だった。


 そして、その様子をただ呆然ぼうぜんと見つめ、ちからなくその場にへたれこむ少年の姿。


 絶望に打ちひしがられ、生きる気力を失いかけている彼の視線のはるか先には、はげしく燃え上がるほのおでぼやけながらも、大地をしっかりと踏みしめて立つ、尋常じんじょうではない程の大きな身体を持った『モノ』の背中があった……。



「チッ……」


 過去の記憶を思い起こした傭兵は、当時の自分の弱小さと無力さに歯ぎしりし、無意識のうちに、おのれの両手を強く握りしめていた。


「そ、それでも、わらわや父上、母上、いや村の皆たちは人を食ったことはないのだ!」


 必死に弁明べんめいを続ける『鬼』の少女を、まるでゴミを見るかのような目で見下す傭兵。


「ああ、そうかよ。勝手に言ってろ。

 ……もういい、殺す気も起きなくなった。さっさとこっからせろ。2度と俺の前に出てくんな」


 そう言うと傭兵は歩きだし、次の仕事をやりに行こうとするが、




「……なんでついてくんだてめえ。さっきから鬱陶うっとうしいやつだな」


 突き放したはずの『鬼』の少女が、傭兵の後をつけていた。


「ついてゆく。ぬしがわらわを信じてくれるまで。どこへでも」


 あまりのしつこさに、苛立いらだちをおぼえた傭兵は振り返って、今度こそ追い払おうとする。


「てめえ、いい加減に、」


「信じてくれ! わらわは、ぬしの誤解を解きたいのじゃ!

 確かに人を喰らう鬼もおる! じゃが、それでもわらわは喰わぬ! これからもそうであるとちかう!

 じゃから、お願いだ。わらわもついてゆかせてくれ」


 『鬼』の少女の真剣さに、まゆをひそめて困惑こんわくの表情を浮かべる傭兵。


「……なんでそこまでして人についてこようとする?」


「わらわは知りたいのじゃ。

 人間様達のいとなみを。そして共に生きてみたいのじゃ」


「そんなら、別に俺じゃなくてもいいだろうが。他のやつに当たれ」


「ぬしでなくてはならぬのじゃ!」


「はあ?」


「ぬしが我ら鬼にひどいことをされたのは分かった。大切な者を奪われ、悲しかったであろう。

 謝罪が必要であれば、わらわが彼奴きゃつらに代わって謝ろう」


「別にお前が謝ることじゃ、」


「それでも、わらわ達、鬼がただ人を襲うだけではないこと、わらわが鬼としてぬしを幸せにできることがあることを、ぬしが見ている前で示したい。

 それに、ぬしは……」


 『鬼』の少女は意を決して、傭兵の心の底にあるものを口にする。


「ぬしは、じゃ」


 度肝どぎもを抜かれたのか、傭兵の目が大きく見開かれる。


「……!」


「わらわがおのれを鬼だと言った時、並の武芸者では気づけない程の殺気さっきを発しておったであろう?」


「ちっ……」


「いつでも殺せるはずであったのに、そうはしなかった。

 わらわが落とされた時も、わらわの話を聞かずに殺せたであろうにそうはしなかった」


「………」


「じゃから、優しきぬしに、わらわがしてやれることをしたい。過去、我ら鬼によって、つらすぎる思いをして、それでも相手を思いやる心を持っているぬしが、今度はわらわのおこないによって幸せになり、心の底から笑っていられるようにしたい。

 お願いじゃ。わらわを連れていってはくれぬか?」


 『鬼』の少女の不安が入りじった真剣な目と、傭兵のどこか冷めきったような目が交差する。



 それからしばらく2人の間に沈黙ちんもくが流れた。いつまで続くのか感じられる頃、ついに傭兵の方が折れた。



「……はあ、もう、勝手にしろ」


 傭兵の許可を受けた『鬼』の少女の表情は、にわかに明るくなった。


「分かったのじゃ! これからよろしく頼む、人間様! そういえば、わらわの名をいっておらなかったな。

 わらわはしゅおとと書いて朱音じゃ。人間様、ぬしの名は?」


「……衛実もりざねだ」


「衛実……。良い名じゃな。うむ、覚えたぞ! これからよろしくな衛実!」



 こうして相容あいいれぬはずの鬼・朱音と傭兵・衛実の旅が始まった。

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