異聞応仁録 絆ノ詩《キズナノウタ》 〜その日、傭兵は1人の"鬼"と共に歩むことにした〜

流れゆくモノ

ー序幕・決戦前夜ー

 四方しほうを海に囲まれた島の中心、高い山のいただきそびえ立つ堅牢けんろう城塞じょうさいにも似た威圧感いあつかんを放つ神社の本殿ほんでん​───────


 篝火かがりびかれ、その場にいる者が思わず身をすくめてしまうような重苦しい空気に包まれている。


 そんな中、本来であれば御神体ごしんたいがあるはずの場所に、周りとはあまりにも不釣ふつり合いな形・大きさをした椅子いすえ置かれていた。


 あやしげな光で照り返す黒塗くろぬりの椅子の上に、この世にはない素材でつくられた豪奢ごうしゃよろいに身を固めた1人の男が腰掛けている。

 その男は顔にうすら笑いを浮かべ、肘掛ひじかけに突き立てた左腕に寄りかかるように頬杖ほおづえをしながら座っていた。


 『人』とは言い表しがたい、る者に恐怖と絶望をいだかせるような姿形すがたかたちをした男は、おもむろに自身の右手を頭の少し上くらいの高さにまでかかげ、それを見つめながらつぶやく。


「あと少し……。あと少しで届く。ながきに渡りがれて来た、ただ1つのが願いに」


 両目をゆっくりと閉じながら右手をにぎりしめ、これまで歩んで来た道のりに思いをせる。

 数秒の間をおいて、カッ、と両目を見開くと、異形の男は己の正面へと顔を向け、その目に映り込んで来た海とそれを越えた先を見据えて、熱に浮かされた声で言い放った。


「今度こそ、あの目障めざりな男をち果たす!

 そして、最後の欠片かけらを手に入れ、我が願いを必ず成就じょうじゅさせてみせる!」


 その目は、妄執もうしゅうおのれの欲への渇望かつぼう宿やどして爛々らんらんかがやいていた。






 空に浮かぶ三日月みかづきの形がはっきりと見えるほどみ渡り、すべての生き物が死にえてしまったのではないかと思うほどに寒々さむざむとした空気につつまれた冬の夜の森の中​───────


 たきぎをパチパチと音立てさせながら燃やすあかき炎が、静かな暗がりの中で煌々こうこうあたりを照らしている。


 力強く、だがちょっとした事で呆気あっけなく消えてしまいそうな、形のさだまらない光。

 その光を、そこら辺から適当に運んで来たであろう丸太の上で、薙刀なぎなたを背負った1人の青年が、ひざの上に腕をせて座り込みながら、どこか遠くの物でも見ているかのような目でながめていた。


「お前様、」


 不意ふいにかけられた言葉が、自分に向けられたものであると気づいた青年は、振り返って、自らの後ろにたたずむ"鬼の少女"をその目にとどめる。


「……ああ、なんだお前か。寝なくていいのか? 疲れてんだろ、しっかり寝とけ」


 もう長い間、自分の隣にり続けた彼女をいたわる青年の声はなごやかで、彼女を心の底から大事にしている様子が、誰の目から見てもあきらかであるのがよく伝わってくる。


 その気遣きづかいを心地好ここちよく思いながら、"鬼の少女"は自分にとってもかけがえのない、大切な存在である青年の元へとあゆみ寄る。


「疲れておるのは、わらわだけではなかろう。お前様も少し休むとい。ここらあたりに敵の気配けはいはないのであろう? 無理に夜番よばんをすることもないであろうに」


 "鬼の少女"の言葉に、青年はふっ、と軽く笑いをらすと、こしの位置をずらして彼女の分の場所を作り、そこへ座るよう手でたたいて示す。

 そして、いざなわれた彼女がちょこんと座ったのを見届けてから、き火の方に視線を移して口を開いた。


「そういう訳にもいかねえだろ。

 もしここで俺まで寝て、いきなり襲われでもしたらどうすんだ?

 俺やお前だけじゃねえ。この戦のかなめになる羅刹らせつだっているんだぞ。

 ……ようやくここまで来れた。こんな所でつまづいちまったら、向こうで待ってるあいつらに、顔向け出来ねえよ」


 そう言って青年は、み切った空に浮かぶ数多あまたの星々を見上げて、自分達がここにいたるまでにり広げて来た戦いと、そこで出会っては、時に永遠とわの別れを告げることになった者の数々に思いをせる。


 "鬼の少女"もそれをさっして、青年の隣に寄りいながら、だまって目の前の炎をながめていた。





 短いかも長いかも分からないまま、ゆるやかな川の流れのごとぎてゆく時の中で、ふと、青年が過去のある出来事をなつかしむようにゆっくりと、その口を開いた。


「なあ朱音あかねおぼえてるか? 俺たちが1番初めに出会った時のことを」


 『朱音』と呼ばれた"鬼の少女"は、なんの気なしに振られた話に一瞬だけ、驚きに目を見開いて青年の方を向く。しかし、すぐに合点がてんがいって、再びき火の炎に視線を戻しながら、口元にみを浮かべて彼の問いかけにこたえた。


「うむ、覚えておるとも。なつかしいのう……。あの時のお前様は、初めてうたわらわに、えらくない態度であたってくれたものじゃったな」


 話していくにれて、徐々じょじょに笑いがみ上げてきた朱音は、話し終わりに『ふふっ』とこらえきれなかった笑みをこぼすと、イタズラっ子のような顔をして、青年の方を見てきた。


 彼女に痛い所を突かれた青年は、後ろめたい気持ちがあったからか、たじろいだ様子を顔に浮かべて、謝罪と共に弁解べんかいする。


「悪かったな。けど仕方しかたねえだろ? あん時の俺は、お前みたいな"人に味方する鬼"に会ったことがなかったんだからよ」


「分かっておるとも。じゃが、あの時の出会いがあったから、今のわらわ達がる。そうは思わぬか、衛実もりざね?」


「…………もう少し、マシな道もあったと思うけどな」


「何を言う。お前様とこうして共に在り続けられるよりましな事なぞ、他に何があると言うのじゃ」


 『衛実』と呼ばれた青年の、どこか後悔こうかいが残っていそうなつぶやきに対して、ハッキリと『それは違う』と言ってみせる朱音。

 そんな彼女の言葉に、彼は少しばかりすくわれた気分になって、れとした顔つきで口を開いた。


「そうか……。そりゃ良かった」


 そのまま、もう一度、めるように冬の夜空を見上げる。


(本当になつかしい……。あん時の出会いが、まさかここまでになるなんてな……)


 衛実と朱音が出会ったのは、よく晴れた春先の、桜の花がきかけた頃のことであった。

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