第22話 なんかフラグがおかしい

「ところで、ダンス・パーティで着用するドレスはお持ちでいらっしゃいますか?」

厨房を離れ、あたしの部屋へ向かう廊下を歩きながらレイチェルにそう尋ねられた。

「はい、一応うちから持ってきたドレスはあります。これでいいのかどうかは分かりませんが…」

いつかアーノルドおじさんが買ってくれていた、一張羅のドレス。

これまでは着る機会がなかったけれど、宮廷で仕事をするのならどこかで必要になるかもしれないと思って、荷物に入れてきた。

王族や貴族の方々がお召しになる物に比べたら断然安い物だとは思うけど。

「では、わたしに確認させていただいてよろしいですか?」

「もちろんです。よろしくお願いします」

そう答えると、レイチェルはこちらを見て頷いた。


どうやらレイチェルは、あまりお喋り好きではないようだ。

ジルと初めて会ったとき、お互いのことがまだ分からないから必要以上の会話はあまりしなかったけれど、レイチェルのそれは、そういったのとは違う感じがする。

無言でいることに、全く気まずさを感じていない。

多分必要以上のことを話さないことが、彼女の普通なのではないだろうか。


さっきレイチェルに初めて会って、この名前と姿に覚えがあるような気がしたのにすぐには分からなかったのは、きっと彼女のそういったところが理由だろう。

思い出したのは、イザベラの侍女だということからだ。

彼女もゲームの中で会っていたキャラクターだった。

しかしイザベラ同様、その立ち居振る舞いはゲーム内とは全く違っている。

なんと言うか…。そう!こんなに上品じゃなかった。

もっと口が悪くて、主人であるイザベラと一緒になって、エミリーに嫌味を言ったり嫌がらせをしたりしてきた意地悪なキャラだったんだ。

イザベラを散々持ち上げておいて、最終的に利用価値がなくなると見捨てたような人である。

こっちの現実では、イザベラがいい人みたいで王子と婚約しているし、レイチェルがエミリーに敵意を向ける理由はないけれど。

だけど、気になるのはさっきのジェニーさんの言葉。


――「レイチェルには気を付けるんだよ」


それから、確か「元男爵家の娘」って言ってた。

この情報は、ゲームではなかった。

飽く迄もイザベラの取り巻きのひとりで、主要キャラというわけではなかったし。

貴族の娘が教養を身に付けるために、より上位の屋敷で働くことは珍しいことではないにしても、「元」っていうのはどういうことなんだろう。


会話もなく静かに進むあたしの頭の中では、ずっと騒がしくいろいろと考えを巡らせていた。



「ああ、これは良い物ですね。こちらでしたら王后陛下の御前ごぜんに出られるのに充分でしょう」

部屋に着き、クローゼットの中に掛けてあったドレスを見たレイチェルは、ドレスの生地やデザインを確かめてそう言った。

「ドレスがないようならわたしの物をお貸しする予定でしたが、どうやらその必要はないようですね」

「えっ、そうだったんですか?」

「ええ、イザベラ様のドレスではサイズが合わないでしょうが、わたしならそれほど変わりがないと思いますので」

――イザベラ様!?

「イザベラ様のドレスをあたしに!?」

ふいに出てきた名前に驚いて、思わず大きな声が出てしまった。

「いえ、ですからイザベラ様のドレスではサイズが合わないでしょうから…」

「あの、そういうことではなくて、どうしてイザベラ様のお名前が出てきたのかと…」

レイチェルはイザベラの侍女だけど、それはそれで、これはこれで。

それじゃまるでサイズが合えばイザベラのドレスを着ていたかもしれないってことのような会話の展開に、脳の処理が追い付けないでいる。

だっておかしいでしょ。

菓子職人ていうか、今回宮廷に呼ばれただけの一介の村娘に、王子の婚約者のドレスを貸すなんて、一体誰がそんな畏れ多いことを言い出したんだ。

「イザベラ様がそうおっしゃっておいででしたから」

レイチェルは、事もなげにそう言った。

……。

どうしてあたしは疑問に思わなかったのだろう。

そもそも何故イザベラの侍女があたしの所へ来ているのか、と。

考えれば分かりそうなものなのに。

「――もしかして、レイチェル様がここへいらっしゃったのは、イザベラ様が何かおっしゃったからですか?」

「ええ、そうです。本当はイザベラ様が直接お話しなさりたかったようですが、王后陛下に呼ばれまして、代わりにわたしがお相手をさせていただくこととなりました」

さらに続けてこう言った。

「招待状をお渡しなさったのは、ディラン様だったとお聞きしております。ディラン様のことだから説明もしないで渡しただけで、貴女がパーティの内容について何も分かっていないのではないかと、イザベラ様は心配されているのです」

確かにその通りだ。

招待状に書かれているのは必要最小限のことだけで、ダンス・パーティに初めて招待されたあたしに、勝手の分かるものじゃない。

ゲームでヘンリーから渡された時には、彼が事細かに説明をしてくれていたけれど、ディランからは何も聞いていなかった。

ダンスばかりに気が取られて、そんな大事なことがすっぽりと抜け落ちてしまっていた。

それにしても。

「イザベラ様は、そんなところまで気の回るお方なんですね」

思わずそんな声が出たあたしに

「本当にそうです」

と同意して、レイチェルは大きく頷いた。

「――ですが、エミリーのことを大変気に入っていらっしゃるというのもあるでしょう」

「はい?」

どうして?

お菓子をあげたから?

あの時確かにすごく感激していたようだけど。

「初めてお見掛けなさった時から気になっていたご様子です」

初めてっていうと、ヘンリーが案内しようとしてくれていた時?

なんでそこで?

いや、違う。

初めてって、もしかして…。

「城の門をくぐられた後、馬車から身を乗り出して城をご覧になっていらっしゃいましたでしょう?その無邪気なお姿がとても愛らしかったとお話しなさっておいででしたよ」

ちょ、待って。

それは、アラン王子ルートのイベントのはず。

おかしい。

いまの台詞って確か、エドワードから聞くんじゃなかったっけ?

「イザベラ様は、貴女ともっと親しくなりたいようです」

何を言っているの?レイチェル。

「身分は違いますが、イザベラ様は寛容な御方ですから」

いや、だから。

「貴女が田舎へ帰るまでの短い間だけでも」

だから、あの。

「ご友人としてお付き合いなさってあげてくださいませんか?」

「ご友人!!」

友人!

そうだよね、友人!!

友人だよね!

うん。

「光栄です。友人!いい響きですね。友人として!よろしくお願いいたします」

そう答えると、レイチェルはほっとしたような顔をして、それからは、なんだかさっきまでより気を許してくれたような、そんな空気に変わった。

「イザベラ様は、ああ見えてとても孤独なお立場にいらっしゃる御方なんです」

そんなことを言って。


その後、パーティの大まかな流れなどを説明してくれて、明日は作法などを教わることになった。


彼女が部屋を出るときに、今日作ったスイートポテトを渡した。

イザベラ様と食べてと。

受け取ったレイチェルは破顔して、頬を染め

「ありがとうございます。イザベラ様もお喜びになります」

と言った。


――うん、だからこれ、アラン王子ルートとエドワードルートで見たやり取りのような…。

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