第21話 ダンス・パーティはダンスを踊るらしい

ダンス・パーティは、ゲームにもあったイベントだ。

しかしそこで招待状を持ってきたのはヘンリーで、ダンスが踊れないというあたしに教えてくれようとしたけれど、対抗心を燃やしたディランが割って入って当日までに完璧に踊れるように特訓してくれたのである。

つまり、今現実に於いて、あたしにダンスを教えてくれる人がいないという状況なのである。

踊れるからこそ、様々な殿方とのロマンス生まれるダンス・パーティが夢のようなひとときとなるのであって、踊れない身で参加するって悪夢でしかない。


「ジル…」

「なあに」

「一応訊いてみるけど、ダンス・パーティって、ダンスを踊るのかな?」

「そりゃあそうでしょ」

「だよねー」

「エミリー。一応訊いてみるけど、踊れるの?」

「そんなわけないじゃない」

村祭りのダンスしか踊れないよ。

頭を抱え込むあたしを上からポンポンと慰めるように叩きながら

「だよねー」

と同情のこもった声でジルは頷いた。

ふと、そんな頭上の手を弾き飛ばすように頭を上げたあたしは、微かな望みを胸に抱いてジルに尋ねた。

「もしかして…、もしかしてだけど、ジルって、踊れたりする…?」

「そんなわけないじゃない」

「だよねー…」

間髪入れずに答えた彼女に、あたしも間髪入れずに返して項垂れた。



翌日、厨房で卵を割りながらも頭の中を占めていたいたのは、ダンス・パーティのことだった。

今日はパーティーの打ち合わせがあるとかで、料理長のグレッグさんはここにはいない。

まあ、ダンスのことなんてグレッグさんに相談してどうにかなるものでもないけど。

ひとりうんうんと唸ってまたパトリックを苛立たせるかと思ったが、特段気にした様子はなく、涼しい顔でりんごの皮を剥いている。

何作るんだろう。

ジャムかな。

パイかな。

ぼんやりと眺めつつ卵の黄身と白身を分けていたら、ジェニーさんが気になったらしく声を掛けてくれた。

「なんだか心ここにあらずって感じだね。さ・て・は、グレッグがいなくて寂しいんだろ?」

元気のないあたしを明るく盛り上げてくれようとしているのか、からかうような口調で言われた。

「違いますよう」

あたしはプッと吹き出して、昨日の出来事を説明した。

「ダンスねえ…」

ジェニーさんは何もない斜め上を見つめて何か考えるような様子を見せた後、何か思いついたように手を打ってニヤリと笑った。

「うん。それならグレッグ踊れるかもしれないよ」

「グレッグさんが?」

どうして?と声を出す前に、続けて教えてくれた。

「ああ見えて、身内に貴族に嫁いだ人がいるんだよ。妹だったか従妹だったか忘れたけどね。本人が無理でも、誰か紹介してくれるだろうよ」

おお。前途に光明が見えだしてきた。

「打ち合わせが終わったら、あたしからグレッグに話しておいてあげるよ。エミリー、この後の予定は?」

特にない!

ジルもゲストの部屋の準備で忙しそうだし。

嬉々として答えようとすると、ぐつぐつと煮立つりんごの香りと共に、冷たく刺すような視線を感じた。

ですよね。

真剣勝負の厨房で、こんな浮かれた話をするものじゃないですよね。

「えー…と、ちょっ…とすぐには分からないから、また後でお話ししますねー。ありがとうございます」

笑顔が引き攣るのを自覚しながらも、ジェニーさんに失礼のないように返して、取り敢えず手元のスイートポテトの製作に意識を戻した。

そうするとパトリックは先ほどの冷たい視線をこちらに向けるのをやめて、何事もないように手際よく自身の手元の作業を進めていた。


それからはあたしも自分の作業に集中していたから気付かなかったけど、どうやらあの後すぐにパトリックは完成した物を手にして厨房を後にしたらしい。

あたしがひと段落した頃を見計らって再び話し掛けてきてくれたジェニーさんが教えてくれた。

「で、どうする?グレッグが戻ってきたらあんたの部屋に行かせればいいかい?」

わざわざ来てもらうのは申し訳ないけど、それが一番擦れ違わなくていいかな。

「年頃の乙女の部屋に男を入れることになるけどさ」

ガハハと豪快に笑うジェニーさんに釣られてあたしも笑ってしまった。

「あはは。グレッグさんなら大丈夫ですよ」

あたしのパパよりもずっと年上だけど、実質ここでのお父さん的な存在だ。

でもジェニーさんにそんな風な言われ方をすると、グレッグさんの方が気にしてしまうかもしれない。

なんて思いつつ、気にしないで来てもらうようお願いしようとした時だった。


コンコンと、開いている扉をノックして存在を知らせようとする音と共に、女性の声がした。

「失礼いたします。こちらにエミリー・アンダーソンがいると伺ったのですが」


声のした方を見ると、そこには見慣れない女性がいた。

「レイチェル様」

「レイチェルさま?」

ジェニーさんが口に出した名前に聞き覚えがあるような気がする。

そしてその姿にも。

特別に華があるというわけではないものの、整った綺麗な顔をしていて、身なりも身分の高さを感じる。

「イザベラ様の侍女だよ。元男爵家の娘でね…」

コソコソとジェニーさんがあたしに「レイチェル様」の情報を教えてくれようとしたけれど、その本人が段々とこちらに近づいてくると、聞かれてはまずいことのように口を噤んでしまった。

「お初にお目にかかります。エミリー?」

レイチェルはあたしの目の前に来ると、静かにそう挨拶をした。

「ダンス・パーティの件についてですが、本日この後お時間を作っていただいてよろしいですか?」

彼女の声は細くて強さは感じないけれど、雰囲気が否とは言わさないものだった。


――残念だけど、グレッグさんにダンスを教わるのは明日になりそうだ。

えっ。それって間に合うの?

ダンス・パーティは明後日だよ。

大丈夫か、あたし。


心配げにジェニーさんを見つめて厨房を後にしようとするあたしの耳元で、ジェニーさんがレイチェルに気取られまいとするように囁いた。


「レイチェルには気を付けるんだよ」

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