第19話 温室にて

辿り着いた場所は、暖かな陽光が差し込み緑を輝かせる温室だった。

中では、季節外れの野菜やハーブが育てられている。

ここはゲームでよく来た場所だ。

具体的に何処にあるのかは分かっていなかったけれど。

あたしは、壁側にある椅子を探してそこへ座った。

ゲームのエミリーがここへ来ると、その時点で一番好感度の高いキャラクターが訪れることになっている。

偶然辿り着いた場所だけど、確かに誰かに話を聞いてもらいたい気分だった。

だけど、今一番好感度の高い相手って誰だろ。

アラン王子?な訳ない。

もちろんエドワードやパトリックなんてあり得ない。

ヘンリーは一番砕けて話してくれるけど、それだってあたしを特別意識してのことではない。

長い長い溜息をついて、冬の高い空で薄い雲が流れていくのを、ガラス越しにぼんやりとただ見つめていた。


しばらくそうしていると、虚しい気持ちはどうにもならないものの、ちょっとは落ち着いてきた。

ずっとこうしていてもしょうがないから、厨房に戻るかどうしようかと思っていた時、大きな葉の向こうの扉が開いた。

「誰かいるの?」

近づいてくる足音と共に顔を覗かせたのは、今一番一緒にいてくれている人。


「ジル…」


顔を見た途端なんだかほっとして気が緩んだのか、大粒の涙がポタポタと流れ落ちてきた。

「エミリー!?」

ジルはぎょっとした様子であたしの元へ来ると、ハンカチで涙を拭ってくれながら心配した声で訊いてきた。

「どうしたの!?何かあった!?誰かにいじめられたの!?」

「うー…」

説明しようにも、うまく言葉を紡げない。

ひたすらに涙を流し続けるあたしに、ジルはそれ以上は聞いてこず、抱き締めて落ち着くように背中をポンポンと叩いてくれた。


しばらく経ってなんとか落ち着いたあたしは、ぽつりぽつりと今日あったことを話した。

厨房でのパトリックとの出来事、先ほど見た剣士との5年前のやり取り。

アラン王子のことは、ゲームの話とかうまく説明できないから言わなかった。

ジルはあたしの話を黙って聞いてくれて、そして話し終わると

「何、その男。あたしが会ったら、ぎったんぎったんにしてやるわ!」

なんて、剣士が昔村の祭りであたしにしたことについて怒ってくれた。

「ジル、マーサと気が合いそう」

昔同じ台詞を言った友人と重なって、思わずプッと吹き出してしまった。

「マーサ?」

「うん、村の友達」

城へ来てからまだ1ヶ月も過ぎていないというのに、村の友人の名前を口にすると、とてつもなく懐かしいことのように思えた。

町にいる間も、村とはそう離れていないから休日には気軽に遊びに行っていた。

アーノルドおじさんの家を出発してここへ来る前は、しょっちゅう顔を合わせていたというのに、とてもとても遠い過去の人たちのように思えた。

そんなことを考えていると、また涙腺が緩んできた。

「エミリー、もしかしてホームシックなんじゃない?」

「え?」

ここへ来てまだ1週間ちょっとしか経っていないのに?

まさかと思っていたら、ジルが

「知り合いがいなくて勝手も違う場所で不安になっているところで、そんな風に人から冷たくされたら誰だって落ち込むわよ」

と頭を撫でてくれた。

あたしの方がお姉さんのはずなのに、これじゃあジルの方がお姉さんみたいだ。

「溜め込まないで、何でも言って。エミリーには、わたしがいるから」

ああ、また涙が出そう。

「ここへは、家族と離れて1人で働きに出てきた人は珍しくないから。ホームシックになる人、結構いるのよ」

そういえば、ジルは12歳で家を出たんだっけ。

「ジルも、ホームシックになったの?」

「ホームシックじゃないけど、慣れるまではやっぱり精神的に辛いこともあったわね」

「その時何でも話を聞いてくれる人はいた?」

その質問に、ジルは少しだけ頬を染めて、懐かしむように微笑んで答えた。

「うん」


泣きすぎで瞼がすっかり腫れてしまい、さすがにこのまま厨房へ戻ればパトリックの風評被害は間違いない。

「やっぱり冷やすのがいいかなあ」

「紅茶の葉でパックするとか、スプーンの裏側で撫でるといいってうちのおばあさんが言っていたわ」

とりあえず部屋へ戻り、それからそれらの方法を試すことにした。

そして忘れてはならない今日のおやつ、バラのジャムのマフィンをジルに渡すと、早速1つを口に運びながらキラキラと輝いた目でジルが言った。

「エミリー、大好きよ!!わたしたち友達だものね!」

あれ?

感動的な台詞のはずなのに、なんだか台無しに聞こえるのは何故だろう。

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