第14話 地下への入口
今日は朝から主にパイ生地を作っていた。
材料を混ぜて寝かせて、綿棒で広げてバターを重ねて折り曲げて伸ばして重ねて…
そんなことを繰り返して作るのだけれど、とにかく気になったのは厨房の温度。
そもそも王都は、あたしの生まれ育った村よりも気温の高い南にある。
厨房はお城の中では涼しめの場所にあるものの、頑丈な造りのせいもあってか、冬だというのにあたしのうちよりもずっと暖かかった。
バターは冷たい方がいい。
できれば生地だって冷蔵庫で寝かせたい。
何かいい物はないかと辺りを見回していると、そんなあたしに気付いたグレッグさんが足早に近づいてきた。
「どうしたんだい?眉間にしわを寄せて」
「いやそんな、眉間にしわなんて…」
そう答えつつ腕を眉間に当てると…、あ。寄ってた。
「あの、ここの中って暖かいですね」
「うん、火も扱っているからね」
「ですよねー」
やっぱりどうにもならないかなー、と考えていると、グレッグさんが何か気付いたように声を上げた。
「ああ、そうか。確かに菓子を作るのには向いていないな」
さすが料理長。
「おーい、ロバート。しばらくそっちの鍋を頼む」
グレッグさんは、さっきまで自分がいた場所の方にいる男性にそう声を掛けると、あたしの手を引いて歩き始めた。
「エミリーにはまだ教えてなかったか。すまんすまん」
初対面の頃よりずっと親し気に接してくれるようになったグレッグさんに連れられて、初めて足を踏み入れる扉の向こう側には、地下への入り口があった。
階段を下りて分厚い扉を開けると、その中は冷たくて、いくつもの氷の塊が置いてあった。
「まさか、ここって」
「そう、冷蔵室だ」
「すごい!本当にあったんだ」
嬉しくて、思わず両手を上げて歓喜の声を上げた。
あるわけないけど、地下なんてちょっと拷問部屋とか想像してしまった。
いや、あるわけないって分かってはいたんだけれど。
「ここを自由に使うといい。今の時期は人の出入りも少ないし気を遣うことはないからね。ただ、冷えすぎるから長居しないよう気を付けるんだよ。扉も重いからね」
グレッグさんは優しくそう言うと、小さい子にするみたいにあたしの頭をポンポンと撫でた。
ああ、やっぱりグレッグさんの存在はアーノルドおじさんみたいだ。
最近は特に、何かあるとすぐに気付いて助けてくれる。
それで結局、パトリックに話しかける機会がなくなって、彼との関係は全然進展していないけど、なんだかもうそれでいいやって気持ちになっている今日この頃。
困った時にはグレッグさんがいるし、ジェニーさんとか他の料理人の方々も優しくお話ししてくれるから、自分のことを嫌っている人に無理に近づく必要なんてないんじゃないかなあって。
「じゃあエミリー。何か運んでこようか。手伝うよ」
そう言って、グレッグさんは茶目っ気たっぷりに下手くそなウインクをした。
厨房に戻ると、ジェニーさんが
「まったくこのじいさんは、年甲斐もなく若い娘にいいところを見せようと張り切っちゃってさ」
なんてグレッグさんのことを揶揄うから、他の人たちも一緒になって大笑いしていた。
当のグレッグさんは顔を真っ赤にさせて、困ったような目であたしの方を見た。
優しくて頼りになって、全然偉そうじゃなくてみんなに慕われていて。
あたしよりずっと年上の息子さんたちがいるって話だけど、きっといいお父さんだったんだろうなって感じがする。
そんなことを考えていると、パトリックが、冷ややかな目でチラッとこちらを見た、ような気がした。
そんなこんなで作った今日のお菓子は、ベルギー風のパイ。
この世界にはベルギーという国はないから、伊月の時の記憶を思い出しつつ味を出来るだけ再現してみた。
お菓子の名前は覚えていない。
中学生の時だったかな?
凛音の両親が一緒に連れて行ってくれたベルギー料理のお店。
料理も美味しかったけど、最後に食べたデザートがほんのり甘くって、夢中になって食べていたら凛音が半分くれたのを覚えている。
伊月にはお菓子作りなんて出来なかったけど、エミリーなら作れるに違いない。
と思って頑張ってみた。
牛乳とバターミルクで作った凝乳に卵と砂糖を混ぜて、パイ生地で包んで焼き上げたお菓子。
結構いい線行ってると思う。
それを今日のおやつにして、午後はジルに「素敵な所」へと連れて行ってもらった。
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