第13話 ジルとあたし

ジルさんの仕事は、部屋をきれいな状態に整えることだ。

掃除をしたり、シーツを取り替えたり。

それをあたしの部屋までやってくれる。

真の髄まで庶民のあたしは、それがなんだか落ち着かなくて、あたしの部屋は自分で整えるって伝えてみたのだけれど、

「わたしの仕事は、城の部屋をきれいな状態に保つためにメンテナンスすることです。エミリーさんだろうと誰だろうと関係ありません」

と、自分の仕事に誇りを持っていますとばかりにキリリッと答えられ、これについては何も言い返せなくなった。

確かに、仕事としてやっている以上、あたしがどうこう言ってどうなるもんでもないのかもしれない。

「じゃあ、そんな畏まった話し方じゃなくて、もっと普通に話してもらえませんか?あたしは貴族でも何でもないし、それに…、あたしたち、そんなに歳違わないですよね?」

これは彼女の仕事とは関係ないはず。

数少ない年齢の近い女の子。

せっかくだから普通の話をしたい。

お願いポーズで切り出すと、困ったように答えられた。

「年齢の問題ではありません。王后陛下の客人に失礼な態度は取れません」

ここでも王后陛下、か。

「王后陛下の件は、厨房の方々からお伺いしました。でも、あたしは誰からとは説明されずにここへ呼ばれたんです。だから本当に王后陛下に望まれてここへ来たのかは確証がありません」

このお城の方たちは、あたしについてどういった説明を受けたんだろう。

一緒に行動することになる厨房の方々は細かい説明を受けた痕跡がなく、噂程度だった。

ジルさんは…、初日に案内を頼まれたくらいだから何か聞いているのかな。

「あたしは庶民なので、こういった扱いに慣れていないんですよ。なんか気を遣っちゃって落ち着かないので、同じ使用人として接してください」

もう一度お願いポーズ。

するとジルさんは困ったように笑った。

「だから、困るんです」

駄目か…。

諦めかけたその時、

「同じ使用人なのに、客人であるあなたがそんなに畏まった態度を取られたら、わたしもそうせざるを得ないでしょう?」

と言いながら、クスクスと笑われた。

「あー。えーと、じゃあ、ジル?あたしと仲良くしてくれる?」

「ええ。こちらこそよろしくね。エミリー」

やったあ!嬉しいぞ。

あたし頑張った。

エミリーのあたし、頑張ってる。

伊月の時に友達と距離を縮められなかった後悔が、今のあたしを動かしている。

生まれ変わっても所詮あたしはあたし。

劇的に変われることもなく、スゴイ能力を持つこともない。

でもあたしなりにちょっとずつ進めていけたら、それがあたしの幸せなんだ。


それからあたしたちは、仕事の合間によく一緒に過ごすようになった。

ジルの入れてくれた美味しい紅茶と、あたしの作った試作品の数々。

「やだっ。これも美味しい!どうしよう。毎日こんなの食べてたら太っちゃう。でも止まらないっっ」

ジルがほっぺたを押さえて食べながらそう言った。

自分の作ったお菓子を食べて幸せそうにしてくれているのを見ると、あたしも幸せになる。

「ふふふ。そんな時にはこれよ!」

ジャーン!

「パウンド・ケーキ?」

「そう。ドライフルーツ入りの。でもただのパウンド・ケーキじゃないわよ。ライ麦粉使用。砂糖控えめ。研究に研究を重ねたダイエット・ケーキなのよ!」

得意げに話すと、ジルは前のめりで目を輝かせた。

「そんなのも作っているの?」

「ん。ママが妊娠した時に食べ過ぎちゃうの気にしててね。あと近所の男の子も太ってきたから、ちょっと研究して…。他にも身体の調子に合わせていろんなバージョンがあるのよ。貧血対策とか小さい子のおやつ向けとか」

「弟妹がいるの?」

「え?」

「お母さまが妊娠した時って言ったから」

「あ。ああ…。んー。ん、いたら良かったんだけど、ね…」

思わぬ質問に歯切れを悪くしていたら、ジルが不思議そうな顔であたしを見ていた。

「えーと。出産のときにママが死んじゃって、その時に産まれるはずだった弟と妹も…。双子だったんだ」

「そっか…」

「うん」

「ごめんね」

「ううん。何もジルが謝ることなんてないよ」

できるだけ明るい声は出したけど、自分でも目が潤んできていることが分かったから、真っ直ぐにジルの顔が見れなくて、うつむきながら答えた。

「――あのね、エミリー。わたしには、年の離れた弟と妹が2人ずついてね、うち、城下町ではそこそこ大きなお店やってたんだけど、パパが病気で死んでしまってから、まだ小さい子どもたちを抱えてママひとりじゃやっていけなくて、それで、わたしがここへ働きに出たの。12歳の時よ」

その声にジルの顔を見ると、ジルが笑っていた。

けど、その笑顔は本当の笑顔じゃないって分かった。

「さすがお城のお給金は違うわ。このお金でうちのお店、人を雇えるようになったし、弟や妹たちも学校に通えてるって」

そう語るジルがなんとなく寂しそうに見えて、あたしはジルを抱き締めた。

ジルはあたしより1つ年下。今、16歳だ。

「でも、わたしお城で働けて本当に良かったと思ってるの。家にいたら暗い気持ちになってただろうし、ここは華やかで、高貴な方々を間近で拝見できて、夢のようだわ」

この言葉に多分偽りはないのだろう。

ジルは、自分の家のことをあまり快く思っていないような感じがする。

「エミリーのお父さまは、今おうちで1人でいるの?エミリーがいなくて寂しいでしょうね」

「ううん。パパは、ママのちょっと前に川で…」

「え?」

「今は親戚の人たちの家を季節ごとに回ってお邪魔している感じかな…?お城へ来たのも、町のおじさんの家を介してでね、だから、お世話になっている恩返しになるかなあって思ったのもあって」

あたしが全部を言い終わらないうちに、ジルはあたしをギューっと抱き返してくれた。

ここへ来て、初めてのぬくもりだった。

家族とか、友達とか、そんな温かさ。

「ジル」

「なあに?」

「ありがとう。ここにジルがいてくれて良かった」

そう言うと、ジルが笑った。

頬を染めた、嬉しそうな本当の笑顔で、それであたしも嬉しくなった。


その夜の別れ際のこと。

「ね、エミリー。明日素敵な所へ連れていってあげる」

ジルは唇に人差し指を当て、意味ありげにそう言ったのだった。

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