第12話 厨房の面々

勉強も兼ねて、厨房ではできる限りお手伝いもすることにした。

厨房内の仕組みを、目で見て体で覚える作戦だ。

「学ぶ」という言葉は「真似ぶ」から来ているんだと、伊月が小学校に入学した日に担任の先生が言っていた。

まあ、勝手のあまり分かっていないぺーぺーなので、せいぜい野菜を洗ったり皮を剥いたり、掃除や後片付けをしたりするくらいしか出来ないけど。

でも、パトリックが言っていたような「仕事の邪魔」になる存在にはなりたくなかった。


まだ親しい人もいないので黙々と仕事を進めていたわけだけど、それが却って功を奏したらしい。

一息ついていると、さっきまであたしに仕事の指示を出してくれていた、ジェニーさんという女性が紅茶を入れてくれた。

グレッグさんと同じくらい古い人らしい。

おしゃべり好きな人のようで、こちらが尋ねるまでもなく、このお城の中の人々のことをいろいろと教えてくれた。

有り難いけど、こういった人の話は大げさに言っていることもあるから、全部は信じない方がいいことは知っている。

だけどせっかくお話しできる相手が出来たのが嬉しくて、ニコニコと話を聞いていた。


それで分かったのは、イザベラが尊敬されている理由。

なんでもイザベラの家の領土セヴィレーンは隣国と接していて、その隣国では内戦が絶えないそうだ。

イザベラは、それについて他国の貴族の立場で干渉すると国交問題ともなり得るから、政治的な干渉はしないとしながらも、傷ついた住民たちへの人道援助を続けているらしい。

隣国の政府は、イザベラの行いを初めは快く思っていなかったが、彼女の人となりに触れていくうちに快諾したのだという。

そんなイザベラの強さと優しさに、アラン王子は魅かれていったのだそうだ。

うーん。

聞けば聞くほどあたしの知っているイザベラじゃない。


「エミリー、今日はお疲れさま」

ふと声がした方を見ると、グレッグさんも一息つきにやってきたらしい。

ジェニーさんがグレッグさんにも紅茶を出している。

「手伝ってくれてありがとう。客人なのに悪かったね」

「いえ、そんな。こちらこそ勉強させていただいてありがとうございます」

これはおべっかなんかじゃなくて、本当にそう思った。

相当な人数分の料理を用意するのに計算された効率の良い動きは、目を見張るものがあった。

これはぜひ次回の収穫祭で活用させてもらいたい。

「本当にこの娘はいい子だよ。擦れてなくってね、よく動くし。このままずっとここで働いてもらいたいくらいだ」

ジェニーさんが女性にしては皮の厚い手であたしの肩を勢いよく叩いた。

「こらこら。王后陛下の客人になんてことをするんだ」

「あらやだ。つい。だって全然気取ったところがないもんだから、そんな感じがしなくてさ」

さっき叩いた肩を擦りつつジェニーさんが謝ってくれたけど、なんかとんでもない言葉を聞いたような気がする。

「あのう、すみません」

「なんだい?」

「王后陛下って…?」

「国王陛下のお后様だよ。まさかそんなことも知らないような田舎から出てきたのかい?」

呆れたような顔をしたジェニーさんにぶんぶんと首を振った。

「いえ、そういうことじゃなくて、王后陛下の客人て、あたし、の、こと、です、か?」

あまりの自信のなさに片言になるあたしに、ジェニーさんが笑い出した。

そんなジェニーさんを諫めながら、代わりにグレッグさんが答えてくれた。

「聞いてなかったのかい?王后陛下が君のパンプキン・パイをご所望なされたのだそうだよ」


……。

…………。

この辺はゲームでは追究されていなかった部分だ。

どういうこと!?

宮廷であたしのパイを食べた人がいるって言ってた、あれがまさか王后陛下だとでも?

いや、でもなんであたしのパイを知っているのか。

そもそもそこからなんかおかしい。


パニックで思考がまとまらないあたしに、離れたところから冷たい声が掛かった。

「お前の母親のパンプキン・パイの噂は俺でも聞いたことがある。その母親が亡くなったからってこどもを呼び寄せるとはな。親の七光りなのにしたり顔でのこのこ出てきて、恥ずかしいと思わないのか?」

そう言ったパトリックの目は、あからさまにあたしを軽蔑していた。

瞬間、カッと顔が熱くなって、ママの代理なら当たり前だと納得して、逃げ出したい気持ちになったけど、でも混乱してちゃんと機能してなかった頭の中でいろんなことを思いめぐらせていくうちに、なんとか踏み止まった。

「うちへいらした遣いの方からは、お城の中にあたしのパイを食べた人がいるってお伺いしました。その人からの強い推薦があったからだって。それに、それを聞いて味を確認してくださった方も、あたしのパイ以上の物を知らないって仰ってくれて。それに、それに…。――同じことを、生前母が言ってくれていたんです。あたしのパイを知ったのは確かに母あってのことだと思いますが、…でも、あたしだって最高のパンプキン・パイを作ります。まだここに来たばかりで勝手が掴めていませんが、でも、ちゃんと最高のパンプキン・パイを作ります」

ここでのやり取りはゲームにはなかった。

初対面でのやり取りの後、すぐに次のエピソードになったから。

用意されたシナリオのない自分の言葉だけど、なんとかパトリックに伝えたかった。

ママのパイがこんなところまで知られて認められているのは嬉しいけれど、だからってあたしが駄目なように思われるのは、ママだって怒るはずだ。

あたしは何とか頑張って言葉を紡いでパトリックに訴えたものの、彼は興味なさげに、全部を聞かないうちに自分の仕事に戻っていってしまった。

後に残ったグレッグさんとジェニーさんは、あたしの言葉に驚いていた様子だった。

「これは初耳だ。あたしらもてっきり母親の代わりだと思っていたよ」

「まあ、マーガレットのパンプキン・パイの話はここでは有名だったからなあ」

つまり、ママのことがよく知られていたがために、あたしがここへ呼ばれたのは母親の代わりだと、皆にそう思われていたらしい。

ちゃんと説明されていなかったが故の誤解で、ショックではあったけれど、これでここにいる人たちの誤解はとけたかな?

申し訳なさそうにしょんぼりと謝ってくれるグレッグさんに、なんだか気が緩んで笑ってしまった。

「グレッグさんが謝ることなんてありませんよ。例え誤解されていたとしても、優しくしてくださって、あたし本当に嬉しかったんです」

そう言うと、グレッグさんは照れを隠すように「そうか、そうか」と笑い声を上げたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る