第11話 宮廷の菓子職人
翌日は朝からジルさんに城内を説明してもらい、午後には仕事場となる厨房に入った。
「エミリー・アンダーソンです。よろしくお願いいたします」
「やあ、エミリー。君に会えるのを楽しみにしていたよ。こちらこそよろしく頼む」
そう言って迎え入れてくれた初老の男性は、料理長のグレッグさん。
「よろしく」
続けてもう1人、若い男性がぶっきらぼうにそう言った。
この、あたしを品定めするように不躾な視線を送ってくるのはパトリック。
宮廷の菓子職人である。
諸外国の要人も来席される記念すべきパーティのお菓子を、「最高の菓子職人」なんて言われて、国の代表として任された田舎の小娘のことなど、面白く思っていようはずがない。
だけど、ゲームでは彼は攻略対象で、これから徐々に仲良くなっていくはずなのだ。
パトリックは、自分の仕事に真摯に向き合っている人だ。
ここであたしのすべきことは、決して思い上がらずに、最高のパンプキン・パイを作り上げること。
腕まくりをして、さっそく取り掛かることにした。
あたしは、用意された材料と道具を一つ一つ確かめる。
そして分かったことは、ここにある高級品と普段使っている物との味の違いだった。
まず、小麦粉にまったくクセがないのである。
今まで使っていた小麦粉にクセがあると思ったことはなかったけれど、試しに簡単なパンケーキを作ってみたところ、仕上がりの味が違っていて驚いた。
生クリームやバターなどの乳製品は、エリックのうちの物の方が新鮮で美味しかった。
卵も、村で近所のおばさんから貰って食べていた物の方が、味がしっかりしている。
仕上がりの味を想像しながら、分量の調整をしなくてはいけない。
パーティ当日まで日にちがあって、本当によかった。
それからお砂糖。
これがいろいろ種類があるようだ。
味見をしつついろいろ試していると、横からグレッグさんが親切に教えてくれた。
「牛乳も他に種類があるから、そっちがよかったら言ってね」
と。
え。牛乳もそんなあるの?
とりあえず、パーティまでまだ日があるから、今から急いで味を決めることはない。
ちょっとずつ進んでいこう。
まずは窯をはじめ、道具について教わろうと思う。
厨房が広くて物がいろいろあって、勝手がよく分からない。
それにきっと最新式の物のような感じがする。
ゲームの中では、エミリーはパトリックに熱心に質問をして、距離を縮めていっていた。
攻略したいわけじゃあないけれど、同じ場所で仕事をするんだから仲良くしたいし、何よりあんな冷たい目でずっと見られるのは嫌だ。
よし、パトリックに訊くぞ!
と、意志を固めた時、
「そんな物も知らないなんて、本当にお前は菓子を作れるのか?なんでこんな当たり前のことも分からないような田舎者を寄越したんだか。俺たちの仕事の邪魔になるだけじゃないか」
なんて、冷たい声が頭上から聞こえてきた。
ああ、確かにゲームでもあったな、これ。
でも大丈夫。
ちゃんと乗り切れば何とかなる。
多分。
しかし画面越しでも堪えたけど、現実でこんな風に悪意剥き出しの目で見られるのって、かなりきつい。
「あ、あの、すみません。田舎ではこんなにいろいろな物なかったから分からなくて…。ご迷惑を承知でお願いします。あたしもやるからには最高の物を作りたいので、教えてくださいっ!」
一気に言った。
ちょっと舌がもつれたかもしれない。
確かこんな台詞でよかったんだよね。
現実で言うのって、結構ドキドキして勇気がいるもんだ。
そんなあたしを、パトリックは冷たい目で一瞥して自分の仕事に戻ってしまった。
――うん。
知ってた。
ここではまだ受け入れてもらえないってね。
知ってたけど…、無視されるのってダメージ大きい。
イザベラやヘンリーの件ではゲームと違っていたけど、パトリックとのやり取りはゲームのままだった。
ここからは期待したい。
はあ、とため息をつくあたしに、グレッグさんが慰めるように優しく丁寧に教えてくれた。
グレッグさんを見てると、なんだかアーノルドおじさんを思い出す。
年齢も近いかな?
グレッグさんの20代と30代の息子さんはすでに独立して家を出てしまい、奥様は随分前に亡くなっているため、今はひとり暮らしらしい。
今日はまだパトリックとの距離は縮められなかったけれど、代わりにグレッグさんと距離を縮められた気がする
何も進まないよりはいい。うん。
明日また頑張ろう。
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