第10話 のっけから想定外
扉を開けると、使用人用であるはずの扉の中に、場違いに高貴な男性が壁にもたれて立っていた。
「こんにちは。エミリーちゃん。待っていたよ」
気障なしぐさでブラウンの長い前髪をかきあげる。
「はじめまして。俺はヘンリー。よろしくね」
握手をするのかと思って差し出した手を取られ、そのまま手の甲に口づけられた。
と、同時に
「ヘンリー!」
凛と澄んだ声が聞こえて、振り返ると、先程の女性と思われる人影が見えた。
逆光だから顔ははっきりと分からない。
「またいたいけな女の子に手を出そうとしているの!?リズとアンジェラとキャシーとケイトはどうしたのよ?いい加減にしないと痛い目に合うわよ」
「いや!違うんだ。何も分からないだろうから城の中を案内してあげようと…。ほら、知り合いもいないところで不安だろう…し。ねえ?」
ヘンリーは、腕組みしてこちらを睨んでいるだろう女性に対し、言い訳するようにしどろもどろに答えた。
「案内なら。ジルがすることになっているはずよ」
そして彼女は、あたしに向かって優しい声で言った。
「ごめんなさいね。びっくりしたでしょう。ちょっと女性に対してだらしがないのよ。悪い人ではないんだけど…。あ。もう行かないと。失礼するわ。ヘンリー!くれぐれも自重してちょうだい」
最後にヘンリーに対して釘を刺して、その女性は去っていった。
ヘンリーは、「はあ」と大きなため息をついて、
「非常に残念だけど、そういうわけだから。本当は俺が案内したかったんだけど…」
と、ヘンリーの後ろにいた女中と思われる人物に目線を送った。
おそらく彼女がジルという人なんだろう。
「あ、あの。さきほどの女性は…?」
ゲームでは、このままヘンリーに城内を案内してもらって親しくなり、この先、主人公の心強い味方となる予定だった。
こんな展開は知らない。
戸惑うあたしに、ヘンリーは気落ちしていたのが嘘のように、笑顔で答えてくれた。
「イザベラ。アラン王子の婚約者だよ」
「婚約者!?候補じゃなくて?」
あたしが驚いて思わず大きな声を出してしまうと、ジルさんが
「ヘンリー様!!」
と、あたしではなく、ヘンリーに対してたしなめるように怒った。
「あ。やべっ」
ヘンリーは慌てていたようだけど、すぐに開き直ったようにあたしに説明してくれた。
「ま。言ってしまったものはしょうがないか。そう。イザベラはアラン王子の婚約者なんだ。公けに発表されるのは今度の祝賀パーティの予定なんだけどね。内緒だよ。って言っても王子が彼女にべた惚れだから隠しようがないんだけどね」
あたしの知っている内容と違い過ぎる。
この時点では、イザベラはまだ候補者の一人で、王子は乗り気ではないはずなのに。
動揺するあたしのことなんてお構いなしにヘンリーは続ける。
「アラン王子が戻ってくる頃だからな。きっと迎えに行ったんだろう」
だから、馬車の中から王子の姿を拝見する予定のところに、彼女がいたということか。
ゲームの通りに行動すればうまくいくと思っていたのに、どうもそうではないらしい。
「それでは行きましょう」
あたしとそう年齢が違わないと思われるジルさんがあたしの大きな荷物を手に持って、城の中へと進んでいった。
それに付いていって角を曲がる時に振り返ると、先程の入り口で、ヘンリーが壁にもたれたまま手を振って見送ってくれていた。
あたしの知っているヘンリーは女たらしで、でも実は真実の愛を求めている誠実な人だ。
主人公の純朴さに魅かれて一途になっていくので、変に捻くれずに対応すればすぐに好感度の上がる相手だった。
そう、彼との最初のイベントである城内の案内を断りさえしなければ。
あたしが断ったわけではないけれど、結局ほとんど交流することが出来なかった。
「ヘンリー様は、アラン王子と幼少期からの仲の良いご友人であり、信頼できる有能なお方であることは間違いありません。女性に関して以外は、ですが」
道すがら、ジルさんが話してくれた。
「えーと、ヘンリー様に恋人はいらしゃらないのですか」
「いますよ。何人も。だからお気を付けください。まあ、イザベラ様がああ仰ってくださったから、エミリーさんに手を出すことはないと思いますけど」
「やっぱり王子の婚約者だから、ヘンリー様も逆らえないっていうことですか?」
「それもありますが…」
ジルさんは口元に笑みを浮かべて言った。
「イザベラ様が素晴らしいお方だからですよ。ヘンリー様も、イザベラ様を尊敬なさっておいでです」
「イザベラ様が…?」
どうにも信じられないが、ジルさんのキラキラとした目に嘘は感じられなかった。
あたしの知っているイザベラは、自分勝手なわがままし放題のお嬢様で、公爵である彼女の親の身分に媚びへつらうような人しか周りにはいなかった。
だから最後に主人公が王子の正式な婚約者となった時、取り巻きが彼女を見限ってそれまでの悪事が明らかになり、親からも見放される結末となるのだ。(だけど主人公は優しいので彼女に手を差し伸べる)
「ジルさんもイザベラ様を尊敬されているんです…ね?」
ここまでのジルさんの言動から、多分そうなんだろうなあと思いつつ、一応確認のために尋ねてみると
「はい、とっても」
と、満面の笑みで答えられた。
あたしに用意されていたのは、大部屋ではなく個室だった。
使用人のエリアとはいえ、ゲストという扱いだ。
部屋の中の家具は、ベッドも椅子も、どれもお金持ちのアーノルドおじさんのうちにある物よりも高価だとすぐに分かった。
「それでは、長旅でお疲れでしょうから本日はゆっくりとお休みください。城内のご案内は明日にいたしましょう。お食事の時間になりましたらお呼びいたします」
あたしは、そう丁寧に述べて出て行こうとするジルさんを呼び止めた。
「あの。ありがとうございました。荷物とか、ここまでの案内とか。あたし、ここでのことはよく分かっていないのでご迷惑をお掛けするかもしれませんが、よろしくお願いします!」
予想外の展開に動揺してしまっていたこともあって、ここに着くまで気を遣ってくれていたジルさんに、おざなりな対応をしてしまったところもあるような気がする。
これからここで彼女にはお世話になることが多いと思うので、そう挨拶をすると、
「はい。こちらこそ、よろしくお願いします」
とジルさんは笑顔で返してくれた。
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