第9話 オープニング
『恋するパンプキン・パイ』
お菓子作りの得意な少女エミリーがその腕を見込まれて宮廷でお菓子作りをすることになり、そこで高貴な殿方たちと出逢って、素敵な恋愛を繰り広げる乙女ゲーム。
お城の全景は、そのオープニング画像だった。
高鳥伊月からするとゲームの中は非現実の世界だったが、エミリー・アンダーソンである今のあたしにとっては、ゲームなんて存在の方が現実味のない世界だ。
ゲームはここから始まるが、これまでにエミリーが出逢ってきた人々、積み上げてきたたくさんの出来事、経験した深い悲しみや喜び、それらすべてが作り物だとは、到底思えなかった。
そもそもお城の中へ入ったことからして、普段のあたしには信じられない出来事だというのに。
恋愛シミュレーションゲームか…。
そういえば、大きくなれば自然とボーイ・フレンドが出来ると思っていたけど、この歳になってもそんなのとは全く縁遠い日々で、そういった兆しは見受けられないでいる。
そうね。
せっかくの非日常的な世界。
恋愛なんていうのを体験するいい機会かもしれない。
もしもこれが本当にゲームの世界だとしたら、あたしはここでの正しい選択を知っている。
さすがに王妃様にまでなってしまうのはどうかと思うけど、やれるだけのことはやってみようと決意した。
もちろん、最高のお菓子、最高のパンプキン・パイを作るのは大前提で。
――まず初めに交流があるのは、王子と仲の良い伯爵家の長男ヘンリー。
彼があたしを出迎えに来てくれるのだけど、その前に重要なイベントがある。
初めて見るお城に感動してエミリーが馬車から身を乗り出した時、偶然にもアラン王子の一団が公務からお戻りになって、王子がエミリーの姿を目にするのである。
その時は特に何も起こらないが、後々それが重要となるのだ。
アラン王子と恋をしたい…というのもあるけど、実際の城のスケールの大きさにワクワクしているのも本当だ。
前にいる御者さんに一言断りを入れて、ゆっくりと進む馬車の窓から身を乗り出し、外を眺めた。
「すごーい!」
思わず出てしまった声に、御者さんの小さく笑う声が聞こえる。
その時、誰か人の姿が見えた。
長い黒髪と、青い衣が風に泳いでいる。
「誰?」
アラン王子なら、少なくとも長髪ではないし、ハニー・ブロンドのはず。
確かめたくて凝視すると、その人もこちらに気付いてあたしを見た。
「あれは…」
「そろそろ着きますよー」
御者さんに言われて、慌てて体を引っ込める。
それから使用人用の入り口前で馬車を降りて、御者さんにお礼を言った。
道中、用意しておいた日持ちのするお菓子を御者さんにもお渡ししたのをきっかけに、唯一の話し相手としても、とってもお世話になった。
「わたしも素敵なお嬢さんとご一緒出来て楽しかったですよ。ご活躍をお祈りしております」
御者さんはそう言ってくれて、お別れした。
結局アラン王子のお姿は見られなかった。
その代わりに見たあの人は、まさか――
「イザベラ…?」
ゲームでは主人公のライバルとなる悪役、セヴィレーン公爵令嬢イザベラ・ロイド。
多分、その人だった。
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