第7話 17歳の収穫祭
あたしは17歳になった。
パパとママを失った後は、親戚の家を転々としている。
たらい回しにされたというわけではなくて、ローズ叔母さんもキャロラインおばさんも、そして隣町のパパの伯父さんも、みんなが「うちで面倒をみる」と言ってくれて、取り合いになったからだった。
パパの伯父さんはともかく、ローズ叔母さんやキャロラインおばさんの家は特にお金持ちというわけではないのに、あたしに対して本当の子どもと同じように必要な物を与えてくれた。
この話をすると、マーサのママが「それだけエミリーのご両親が素敵な人だったってことなのよ」と言ってくれた。
「あら。エミリー本人も素敵だからよ」
そうマーサが言ってくれたのが嬉しくて、あたしもみんなみたいな素敵な人になろう、と心に誓った。
元々あたしが住んでいた家はというと、キャロラインおばさんの提案で、今は人に貸している。
この先お金が必要になった時に、少しでも蓄えがあった方がいいから、と。
おばさんが信頼できる人を選んでくれて、遠方からこの村の学校に赴任してきたというメリッサ先生が住んでいる。
きれい好きな独身の女性で、うちを大切に使ってくれているのが分かった。
あの大きな窯を名残惜しく思っていたら、学校の先生方があたしのパンプキン・パイの話をメリッサ先生にしてくれたおかげで、収穫祭のシーズンだけ毎年使わせてもらっている。
メリッサ先生もあたしのパイを気に入ってくれて、毎回パイ作りを興味深そうに見入っていた。
おばあちゃんから続くお菓子作り好きの家系のために、ママの親戚には同じようにお菓子作りを趣味としている人が多くて、休みの日にはよく一緒にいろいろな物を作って過ごした。
パパの伯父さんの家の方にはお菓子作りをする人がいなかったから、それはそれでみんなあたしが作るのを楽しみにしてくれていた。
ママとエリックのために始めたダイエット・ケーキの研究も引き続きおこなわれ、それ以外にも「貧血の人のためのケーキ」「運動をする人のためのケーキ」なんて、栄養を考えた物を数種作り、親戚の子どもたちのおやつとして、すごく好評だった。
そして、また今年も収穫祭の時期が来た。
さすがにまだあたしひとりの屋台を出すのは烏滸がましい気がするので、ここ数年は、ママの親戚の人たちと一緒になって数種類のお菓子を販売している。
ダイエット・ケーキの類いも人気の商品だ。
だけど、それでも目玉は「エミリーのパンプキン・パイ」。
12歳で作った時に初めて買ってくれた人たちの多くも、今なお買いに来てくれている。
マーガレットのパンプキン・パイが買えなくなって、もうこの村へ来なくなった人もいたけど、最近はエミリーのパンプキン・パイを買うためにわざわざ足を運んでくれる人も現れはじめた。
「やあやあエミリー。調子はどうだい」
収穫祭が開始されて間もなく、明らかに村の人ではないと分かる紳士が姿を見せた。
「アーノルドおじさん!来てくれたんですね」
パパの伯父に当たるアーノルドおじさんだ。
アイロンのかかったスーツを着て、山高帽を被っている。
あたしの従弟たちが整理している列に律儀に並んで、順番を待っていたらしい。
従弟たちもその存在に気付いたが、笑ってそのまま列に並ばせていたようだ。
「大盛況だね。パンプキン・パイはまだ買えそうかね」
「ええ、まだ余裕がありますよ」
「それはよかった。実は今日は他に客人がいるんだ」
そう言ったおじさんの後ろには、同じく山高帽を被った小太りの男性が立っていた。
「ほう。これが噂のパンプキン・パイかね。実に美味しそうだ」
うちの屋台の品を見て、目を輝かせて声を上げた。
「うちと取引のあるお客様の紹介でな、ぜひにエミリーのパンプキン・パイを食べたいとおっしゃるのだよ」
「私の知り合いが、これほど美味しいパンプキン・パイは他にないと絶賛していてね、一度食べてみたかったんだ」
その客人は人の良さそうな笑顔で、身体を揺らしながらそう言った。
「ふんふん。このケーキも美味しそうだね。ダイエット・ケーキ?私にぴったりだな」
他にも並んでいる品々を一通り見て、
「これもエミリーが作ったのかい?日持ちするのはどれかな?」
なんて訊いてきて、パンプキン・パイの他にもいくつかあたしの作ったケーキを買ってくれた。
「牛乳もあわせてどうぞ」
エリックが横から差し出す。
今回エリックの屋台は隣ではなく2軒向こうだけど、商機を逃すまいとニコニコと出張してきていた。
「よし。いただこう」
客人はエリックにお金を渡すと、牛乳を片手にダイエット・ケーキをもぐもぐと頬ばっていた。
「うん。うん。美味しいねえ。これはパンプキン・パイも楽しみだ」
食べ終わって満足そうに頷くと、帽子を取り軽く挨拶のしぐさをして
「それじゃあエミリー。今日はどうもありがとう」
と立ち去った。
アーノルドおじさんもあたしのパンプキン・パイを手に
「ゆっくりしていけなくて残念だが、成功を祈っているよ」
と、客人の案内に戻っていった。
あの客人の男性、気さくな人だったけど、町でも有数のお金持ちであるアーノルドおじさんが気を遣っている様子から、きっと相当のお家柄の人なんだろう。
ちょっと気になったけれど、その後忙しくお客さんの対応をしていたら、すぐに忘れてしまっていた。
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