第6話 家族

川に落ちた青年のことは、誰も責めたりしなかった。


身重のママを心配して、パパのお葬式には村の内外からパパとママの親類が集まり、あたしたちの代わりに動いてくれた。

村役場とパパの所属していた組合から、弔慰金をいただいた。

学校の友達はみんないつも通りに接してくれて、マーサやスージーのパパとママや、ジェシカおばさんとトミーおじさんたち、それから先生方が「何かあったらいつでも頼りなさい」と言ってくれた。

エリックは相変わらずのんきに毎朝牛乳を届けに来るけれど、あたしが最近お菓子作りをしていないせいか、ちょっと痩せてきたように見える。


家事なら大抵のことはあたしにもこなせたけど、ママに何かあった時のためにと、ママの妹のローズ叔母さんと、ママの従姉のキャロラインおばさんが交代でうちの手伝いに来てくれていた。

隣町に住むパパの伯父さんという人がお金持ちで、ママは断ったけれど出産のためのお金を贈ってくれた。

マーサの末の弟は最近歩き始め、使わなくなった赤ちゃん用品をいろいろ譲ってくれたから、家の中はいつでも赤ちゃんを迎え入れられるよう準備万端だった。


「名前はもう決めてるの?」

赤ちゃんのための衣類を整理しながら、ママに訊いた。

マーサから「妹が使っていた分」というのも貰っているから、男の子でも女の子でもどちらの分もひとしきり揃っている。

「そうね」

ママはどこか遠くを思い出すように答えてくれた。

「デイビッドがね、男の子だったら『ランスロット』、女の子だったら『シャーロット』にしたいって言っていたわ」

「ふうん。どっちも素敵ね。男の子でも女の子でも、あたしと仲良くしてね」

大きなママのお腹に話しかけた。

「ふふふ」

ママは穏やかに笑う。

あれからあたしたちは、周囲の人たちの優しさに守られながら、静かに暮らしていた。


道端に小さな青い花が咲き始めた頃だった。

朝食を食べた後、少しずつ陣痛を感じ始めたママは、早いけどお風呂に入って出産の準備を始めた。

牛乳配達に来たエリックに伝えると、トミーおじさんが荷馬車でハンソン先生を連れてきてくれた。

ローズ叔母さんとキャロラインおばさん二人ともがうちに来てくれて、ママに付き添って声を掛けたり、先生に言われたことを手伝ったりしていた。

ママの苦しそうな声が聞こえて怖かったけど、あたしも準備しておいたたくさんのタオルと大きなたらいを用意して、いつでもお湯を入れられるように構えていた。


もうすぐ夜になる。

あたしの時は夕方に陣痛が始まり、夜更け過ぎに産まれたらしい。

それでも安産だったと言っていた。

すぐに産まれる人もいれば、一日がかりの人もいるのよってキャロラインおばさんが教えてくれた。

そんな話をしていた時にママに付き添って部屋の中にいたのは、ローズ叔母さんだった。

ハンソン先生が出てきて、あたしの隣にいたキャロラインおばさんにも中に入るように伝えたので、あたしはひとりで、温めたミルクを飲みながら待つことにした。


「……す!どちらも…てください!」

部屋の中から、キャロラインおばさんが押し殺した声で何か叫んでいるのが聞こえた。

異変を感じたあたしは、そっと扉に耳を押し当てて中の様子を探ることにした。

「どちらも助けたいのは私も同じです。ですが…。このままでは母子ともに助からないかもしれないんです。どちらも助かるよう全力を尽くします。しかし、万が一のことを考えてください」

小声で苦しそうに話すハンソン先生の声が聞こえる。

「マーガレットを…。せめてマーガレットだけでも助けてください。このままではエミリーが一人になってしまう」

涙声のローズ叔母さんの言葉を聞いて、あたしの心臓は突然ドクンと大きな鼓動を響かせ始めた。

「ママ…」

数時間前まで元気で、普通に喋っていた。

そのママが死んでしまうかもしれないなんて、そんなこと信じられなかった。

でも、パパだって朝元気に家を出て行って、なのに死んでしまった。

あたしは呼吸の仕方を忘れたように息苦しくて、目の前がくらくらした。


そして朝になり、この世に産まれたものの一度も声を上げずに冷たくなった双子の弟と妹と、同じように冷たくてもう二度と目を開けることのないママと対面した。


このあたりのことはあまりにも哀しくてよく覚えていない。

この後どれほどの年月が過ぎても、生涯思い出すことはできなかった。

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