第5話 吹雪のあと

吹雪は無事に去り、朝には眩しい太陽が出ていた。

「こういう時こそ事故が起こりやすいんだから、十分気を付けるんだぞ」

パパが口を酸っぱくして、あたしとママに注意を促した。

「雪が溶けてきているから、足元にも頭上にも注意して。危ないところには近づかないこと。雪かきは帰ったらパパがやるから、君たちは家で大人しく待っていているんだぞ」

そう言うとパパは、壊れた橋の調査の仕事へ出掛けていった。

あたしの試作品のケーキの数々も携えて。


「おっはよう、エミリー。牛乳だよ」

馴染みのある声に、まさかと思って玄関を開けると、エリックが牛乳を抱えて立っていた。

「はい」

「ありがと。今日は配達休みだと思ってたわ」

いつもは早朝に届けに来るけど、今はもうお昼近かった。

「荷馬車はダメだから、歩いて届けているんだ。急がなきゃいけないから、また明日ね」

そう言って背を向けたエリックは、牛乳を入れた大きな篭を担いでいた。

「気を付けてね。転ばないようにね。足元にも頭上にも注意するのよ」

「うん、大丈夫!」

後ろから声を掛けるあたしに振り返ることもせず、滑らないように底を加工された長靴で、ゆっくりゆっくりと足元を確かめるように歩みを進めていた。

あたしはハラハラとそんなエリックが見えなくなるまで見守っていた。

そうしたらやっぱり、丘を下る時にズルリと滑って転がっていった。

「エリック!!」

声を上げて駆け寄ろうとしたけど、その前に

「大丈夫大丈夫ー」

というエリックののんきな声が聞こえて安心した。

あの様子では、ここに来るまでにも転んでいたんだろう。

再びエリックが立ち上って、今度こそ見えなくなったのを確認して、扉を閉めた。

「あ、しまった」

テーブルの上に残っているマフィンを見て、エリックにあげればよかったと思った。


それからお昼過ぎのこと、玄関の扉を激しく叩く音がした。

「マーガレット!マーガレットはいるか!?」

もう雪はだいぶ溶けていて、ぐしょぐしょにぬかるんでいる道を駆けてきたと見られるパパの仕事仲間のおじさんは、全身を泥まみれにさせていた。

「マーガレット。デイビッドが――!!」



パパは仕事仲間の人たちと、壊れた橋を調べていた。

川が増水していたから、出来るだけ近づかないように気を付けていた。

今回は、山の向こうの町から移住してきたばかりで、初めて大雪を体験したという青年もいたそうだ。

彼にもこの状況で気を付けるべきことを説明して、まじめな青年はそれに従った。

ただ彼は、村人にはあまりにも普通のことで意識もしていなかった、この村の道や川や橋の太さと長さ、そして特色をまだよく知っていなかったのだ。

たまたま青年が足を踏み入れたその足元が、雪で隠れているが、実は川に張り出している木造部分になっているとは。

雪の下には土の道があるものだと信じていた彼は、不運にも板が一枚腐っている部分を踏み抜いて、その下へ流れる冷たい川へと落ちてしまった。

流されていく青年を見たパパは、迷わず川に飛び込んだそうだ。

青年とパパは川の速い流れに飲み込まれ、下流の橋脚に引っ掛かっているところを発見された。

誰にも正解を説明することはできないが、状況から、青年を掴まえたパパは、水の勢いに逆らうことをせずに流され、流れ着いた橋脚に意識のない青年を引っ掛けて、そのまま支えていたのだろうと推測された。

見つけられた時にはどちらも息があったから、お医者さんや看護師さんたちが懸命に救命活動をおこなってくれたとのことだった。

その甲斐あって、青年は骨折と凍傷は負ったものの、後遺症もなく助かった。


「エミリーのパパはすごい人だったんだよ」

と、冷たくなって目を開けないパパの前で泣き崩れるあたしに、パパの仕事仲間のおじさんが言った。

ママは静かに、苦しそうに泣いていた。

部屋の外で、パパのことを話している人たちの声が聞こえる。

「デイビッドの奴、穏やかそうに見えて、すぐカッとなってたよな。人にはあれだけ言ってやがったのにさ」

「そうそう。自分のことは何言われても平気なくせに、人のこととなると全然我慢できないんだよな」

なんだかその声は部屋の外よりもずっと遠いところで話しているように聞こえて、この悲しい出来事は現実ではないんじゃないかと思えた。


明日の朝起きたら、いつも通りにパパが「おはよう」って挨拶してくるような気がする。

そしたらきっとあたしも普通に「おはよう」って答えるだろう。

そしてこうも言うんだ。

「エミリーのケーキ美味しかったよ。仕事仲間の連中も喜んで食ってたからまた作ってくれよ」

って。

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