第3話 祭りの終わり
マーサの店に着くと、すでにスージーが待っていてジャムを選んでいた。
あたしは大好きな花梨のジャムとママに頼まれたブルーベリーのジャム、今年初めて見る栗のバタークリームを買った。
それからスージーのお店では髪飾りやイヤリングなんかを試しにいろいろ着けてみて、最終的にお花の形をしたネックレスを買った。
昼食はレストランの出店で、きのこたっぷりのチキンのトマトクリーム煮を買って食べた。
お昼を過ぎると櫓の上で笛や伝統楽器の演奏が始まって、毎年恒例の今年10歳になる子どもたちによる舞が行われた。
本物に似せた剣を持って舞う姿を座って見ながら、予約してくれていたあたしの作ったパンプキン・パイを、マーサとスージーに差し出した。
うちに買いに来られないことは事前に分かっていたから、先にお代を払ってくれていたのだ。
ふたりの分も、食べやすいようにあらかじめ切り分けておいた。
西の広場には、さっきのあたしたちのお店の騒ぎは広まっていなくて、ふたりとも何も知らない様子だった。
あたしはもうだいぶ気持ちの整理ができて落ち着いていたから、「こんなことがあったんだよ。ひどいよね」と軽く話すことができた。
どうせ学校で誰かが言うだろうから、他の人に言われる前に、自分から言っておいた方がいいと思ったし。
マーサもスージーもあの男性に対してすごく怒って「うちの店に来たら、ぎったんぎったんにしてやる!!」なんて言っていた。
そしてあたしのことも心配して、たくさん励ましてくれた。
あたしはすでに立ち直ってはいたけど、あたしの気持ちに寄り添ってくれることに目頭が熱くなって、ふたりには心から感謝した。
あの後ママはあたしを抱き締め、あたしが頑張ったことを褒めてくれていた。
そしてママのファン第一号のパパも、あたしのパンプキン・パイを胸を張っていいものだと認めてくれた。
あたしのパイを初めて食べたマーサとスージーは、「美味しい!」と感動してくれている様子だった。
ちょうどお昼を過ぎた頃だったけど、周辺では時間をずらして昼食を摂っている人たちが、何かしら美味しそうな物を手にしたまま舞を見ている。
目の前で舞っている子どもたちが、今日の日のために毎日練習していたのを、学校帰りによく見かけていた。
そんな彼らの晴れの舞台を見ながら、あたしも自分が作ったパイ一切れを口にしたのだった。
「んー、ちょっとサクサク感が足りないかな」
賑やかな笛の音に掻き消されるように、小さな声で呟いた。
パイを作り始めた頃は、かぼちゃのフィリングの底部分のパイ生地がどうしてもぺったんこになってしまい、フィリングを乗せる前に空焼きをしたり窯の温度や焼き方をいろいろ変えてみたりしたものだった。
「今回はママと一緒に焼いてるから窯の温度じゃないよね」
パイを完成させるまでの工程をひとつひとつ思い出していく。
今ではさすがにパイ生地がぺったんこになるなんてことはない。
食べてくれた人たちも、心から美味しいと言ってくれている。
でも、自分で納得のできるパイはまだ作れていない。
「完成した時には完璧だと思ったんだけどな」
あたしはママのように他の街のパイなんて食べたことがないから、比較の対象は常に、最高と言われるママのパイしかない。
「バターの温度かな、生地の温度…?」
ママの話では、安い値段で売るのは今年だけだ。
来年はママのパイと同じ値段で売るんだ。
「ああっ!危ない」
ひとりでぶつぶつと呟いていたら、スージーの向こうに座っていたマーサが声を上げた。
舞の終盤で、代表で片手倒立をした男の子がバランスを崩してよろめいたのだ。
それでも何とか持ちこたえて最後のポーズを決めると、歓声が上がって大きな拍手が送られた。
あたしも子どもたちに拍手をして、立ち上った。
「よし。頑張ろ」
それからまたマーサとスージーといくつか店を回って、パパとママのお土産を買い、もう売る物がなくなった屋台を家族みんなで片づけた。
夜、屋台がなくなった広場では、満月の明かりの元、バイオリンやチェロといったおじさんバンドの演奏で、みんなで飛び跳ねたり手をつないでクルクル回ったりして、村で昔から伝わるダンスを踊った。
嫌な事もあったけど、楽しい気持ちで祭りを終えて高揚したまま家に帰り、夜眠る前にパパとママからビッグ・ニュースを知らされた。
どうやら、今度の春を迎える頃に、あたしはお姉さんになるらしい。
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