第2話ページ「朝チュンが日常となる日が近い」
「ただいま~」
返事のないがらりとした家のリビングに置かれたソファにカバンを投げ捨て、部屋に向かった。
制服をハンガーにかけ服を着替えた後に俺は勧められた本、『無能少女』を読み始めた。
晩飯まで時間はあるし、少しくらいならいいだろうと本を開いた。
読み進めていくうちに、素野田が勧めてくる理由もなんとなく分かった。確かに面白い。こういうジャンルの小説は初めて読んだけどなんというか、アニメをそのまま本にしたみたいな。
最初は冒頭の数ページ読もうと思って開いたはずの本が、いつの間にか止めることが出来なくなっていた。
「なんだこれ、おもしれぇ」
一人で頬を緩ませニヤけながら、一ページ一ページをしっかりと読みこんでいった。
世界全体に超能力という概念が存在する世界、能力自体は三歳から四歳にかけ発症し、どんな能力か判断がつく。が、周りの少年少女が超能力を開花させる中で少女一人だけが能力を開花させられなかった。超能力が当たり前となった世界では超能力が無い方のがレアケース、否。レアという言い方よりそんなものは存在しない、という事になりその少女の存在は無いものとして扱われた──。
大まかな内容を見るだけでもかなり面白い、こんな超能力にまみれた世界で無能の少女がどう生きていくのかとか気になりすぎる。
これは、素野田に感謝しなければならないかもしれない。
俺は、読む手を止めることなく読み続けた。そして……
外は明るくなっていた。
「嘘だろ」
窓から部屋に差し込む光は眩しく、まさに快晴と言うべき陽の光だった。
現在の時刻は六時十八分。いつも起き出る時間より一時間近く早いが、飯も風呂も何もしていない俺は慌ててシャワーを浴び、朝飯を作った、意外とシャワーに時間をかけていたせいで既に遅刻ギリギリの時刻となっていた。
制服に着替えた俺は、焼きあがったパンを口に放り込み、家を出た。まるで昔の少女漫画みたいだ。
***
教室に入ると同時に、チャイムがなった。遅刻はギリギリ免れたが、走ってきた疲労と昨日睡眠しなかった分の睡魔が襲ってきた。もうHRが始まると言うのに、なぜ学校というものは月曜日から金曜日の五日間もあるんだ。休みが二日じゃ割に合わないじゃないか。眠い。
「おーっす!風間ぁ!元気ぃ!」
教室の扉をそーっと開けながら大声で挨拶をするという矛盾極まりない行動をする素野田を横目に、俺は机に伏せながらわずかな時間でも睡眠を取ろうとする。
というか俺が教室に入った瞬間チャイムがなったという事は、こいつは確実に遅刻している。なぜそんなに元気でいられるのか。うるさい。
「お前、もう少し静かに出来ないのか。遅刻してるしもうすぐHR始まるし」
「んー!遅刻してても先生にバレなきゃ大!丈!ぶい!」
どうやら校門に立ってる先生を
睡魔に襲われる俺は上手く思考を動かすことが出来ずに適当に返事を返し、また寝た。
そのタイミングで先生が教室に入ってきた。タイミングが悪い。もう少し俺を寝させてくれよ。
「素野田、お前遅刻したから後で職員室来て入室許可証書けよ」
バレてんのかよ。
素野田も口元を歪ませて情けなーい声で「はーい」と言って結局職員室には行かなかった。行けよおい。
HRが終わると、移動教室のため全員が動き始めた。それでも俺は眠いのでギリギリまで動きたくないという硬い決心を持ち寝続けようとした。
「風間、次移動だから起きろよ」
「あー、おはよう澤野。実は昨日寝てなくてめちゃくちゃ眠い。だからギリギリまで寝る」
机に伏せながら受け答えするが澤野的にポイント低かったのか結構な勢いで頭を叩かれた。まぁまぁ太い教科書で、それに加えて伏せていたため机に叩きつけられた痛みがあった。こんなハッピーセットは嫌だ。
でもおかげで目が覚めたような覚めてないような状態になった。これで五分は大丈夫なはずだ。
「あー、メガサメタアリガトウ」
「デコ赤くなったね、ごめん」
色んな女の子を魅了してきた魅惑の澤野スマイルを拝みながら俺はようやく目を覚ます。
そして、適当な会話をしながら俺達は特別教室に向かった。
***
時刻は一時を回り、昼休みに入った。移動が多かったからあんまり喋る事がなかったからか、今かとばかりに素野田が質問を投げかけてきた。
「それにしても風間今日眠そうだったな、いつもはパッチリ目開いて授業受けてんのに」
「確かに、今日は全部寝てたね。なにかあったのか?」
「いや、これと言った事は別にないが本読んでたらいつの間にか朝チュンしてた」
弁当を作る時間がなかったから購買の余ったパンをもしゃもしゃと食べながら軽く質問に答える。余り物のコッペパンは口の中の水分をもってくため、一緒に買ったいちごオレを流し込む。
「甘いな、美味しい」
普段購買でパンや飲み物を買わないからかあんまり飲まないいちごオレをチョイスしたが当たりだったな。めっちゃ美味しい。
「本読んでたって何読んでたの、まんが?太宰?芥川?」
「お前が勧めたラノベってやつだよ。自分で勧めたくせになんでそれが一番に出ない」
「あ、結局買ったんだ。ウケる」
「ウケねーよ」
素野田も購買で買った焼きそばパンをもしもし食べながら喋る。俺にも買ってきてくれればよかったのに。コッペパンは辛いぞ。
「珍しいね、風間が素野田の読んでるヲタクっぽいの読むなんて」
「お前、ヲタクっぽいってなんだよ。ラノベもれっきとした小説だぞ。文字ばっか」
「ちゃんと読めてんのかそれ……小説を文字ばっかって言うやつは小説読めないって相場が決まってるぞ」
「心配ない、国語はいつも赤点を免れてる」
「アホじゃねーか、なんの示しにもならねーよ」
パサパサのコッペパンを食べ終えた俺は残りのいちごオレも流し込み近くのゴミ箱に捨てた。それにしてもパサパサだった。
「んでさ、どうだったよ」
「何がだよ」
「『無能少女』だよ!徹夜するくらいだからもちろん読み込んだんだろ!?」
「まぁ、一応はな」
とは言うが実際めっちゃ読み込んだ。二冊とも読み終わるのにさほど時間は食わなかったが、読み込んで内容を深く理解するために三周くらいした。
それを見通して言ってきた素野田すごい。俺のことめっちゃわかってる。
「面白かったろ?」
「お前が勧める本には何故かハズレはないからな。面白かったよ」
「はは、僕の知らない世界が始まったね」
何を言う、俺も初心者だよ。素野田の広げるヲタクワールド、素野田ワールド。どっかの地方の遊園地みたいだな。
あ、その話で思い出した。
「そう言えば昨日お前と別れてからちゃんとアニ○イト行ったんだけどそこにしら……」
ガタンっ!
なんだ?
「どうした?」
「ん?いやだからさ、昨日アニ○イトでしら……」
ガタンっ!
あ、ガタガタうるさいの白井か。忘れてたわ、言っちゃいけないんだったな。すまんすまんと目を瞑って心の中でしっかりと謝る。
「しら、なんだよ」
まぁ、二回も「しら…」で止めてるからな、気になるのもわかる。だが言っちゃいけない約束だからな。俺は約束は守る主義だ。さっきまで忘れてたけど。
「焦るな、アニ○イト行った時にたまたま知ら(ガタッ)ない人とぶつかっちゃったって話だよ」
「なんだよそんな事か、溜めるから何かと思ったぞ。てかさっきからガタガタうるさいな」
俺が言ってる間もしっかりと「しら」の間でガタガタを挟む白井抜け目ない。ちゃんと約束は守ったぜ。
「んまぁそんな事はいい!語ろう!『無能少女』について語ろう!めっちゃ語ろう!」
キーンコーンカーンコーン
残念だったな、チャイムがなった。
「ん、後でな。放課後しっかり話そうじゃないか。だから今は自分の席に座れ」
「ちぇ、分かったよ」
と、不服そうに自分の席へと帰っていった。
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