第15話 決意

 結論から言うと宇佐木は4月5日付けで学校を退学していた。担任に自分が退学した事は合宿が終わってから発表して欲しいと手を回していたそうだ。担任によると宇佐木は北海道の知り合いの所に世話になると言う事らしい。

 結局、宇佐木は俺に何も言ってはくれず、ハルはゆっくり考えてと言った次の日にいなくなった。なにもかも中途半端なままで彼らは俺の前から姿を消した。何がダメだったのか、どうしたらこうならずに済んだのか、考えても考えても分からない。俺はここ1週間、自宅に引きこもっている。

 

 朝起きて、読書をする。小さい時から読書は率先して行っていた。と言うのも、音楽バカの父さんにどうやって作詞をしているのか聞いた時、読書だと言っていた。本には書き手が自由に自分の世界や感じた物事を時に正確に、時に比喩的に表現されている。

 本は人間と同じ。十人十色で、その人がどう思っているのかを知る手取り早いコミュニケーションの1つだとあのダメ人間が熱く語っていた。それから自分もいつか作詞する時の表現探しにと、読書を始めたんだが、本の世界は自分の思った以上に深い泥沼だったらしく、ハマった。

 読むジャンルは様々でコメディーからホラーまでなんでも好きだ。今読んでるのは主人公が急に異世界で王様になると言うなんとも興味深い作品だ。

 本は自室に置いてあるのでコーヒー片手に自室へ引きこもる。勉強机の備え付きである椅子に座る。沈黙の部屋に響くのは俺がコーヒーを飲む音とページをめくる音、そして時計の秒針が進む音。 


 視界の片隅にあるギター、ハルと学校の屋上で弾いた以降、1度も手にしてすらいない。自分がどうしたいのか分からない。こんななにもない家にずっと引き籠った所で何が変わるとも思っていない。だけど、もう、どうしたらいいのか分からないんだ。

 

「ガチャッ!」

 

 玄関の方で扉が開く音がする。もしかしてハルが帰ってきたのかも知れない!そう思って自室を飛び出した俺の前に現れたのは父さんだった。


「白飛、元気か?」

 心配そうに俺の顔を覗き込む父さんには悪いが、分かりやすくがっかりした。


「少し話をしよう。ハルカ君の事について。」

「え?」


 いつにも増して真剣な表情の父さんから視線を外して考える。父さんは宇佐木についてどこまで知っているのだろう。気になるし、聴きたい。でも、俺は宇佐木に約束した。彼が話してくれるまで信じて待つって。ここで父さんから聴いてしまっても良いんだろうか?


「父さん、宇佐木の事は聴きたくない。」

「なんで?」

「あいつの口から直接聴きたいんだ。」

「この部屋に閉じ籠もっていればその願いは叶うのか?」

「それは、、。」


 いつもはトラブルメーカーと呼ばれて頼りない父さんなのに、こう言う時は正論で俺に向き合ってくれる。


「白飛、ハルカ君が何に苦しんでいるのか、白飛がこの先どうしたいのか、それが分かるのは今じゃないのかも知れない。でもね、後悔だけはするなよ。しない後悔より、してから後悔する方がいい事だってある。よく、考えなさい。」 


 そう言い残し、父さんは家を出て行った。リビングに戻り、ソファーに座る。時計は12時を指している。

 電気も付いていて、窓からは太陽の光も入ってきているはずなのに部屋の中は暗くて嫌な感じがする。このままこの部屋に居たら思考がダメな方にいってしまいそうで普段は全くしない散歩に外に出る事にした。


 春と言ってもまだ肌寒くて、もっと温かくしてくれば良かったと後悔する。コンビニで缶コーヒーだけ購入して寒さを凌ぐ。携帯の電源は落とした。マンションの周りには特にこれといった建物も公園も無い住宅街というやつだ。

 行き先を決まっていないからとりあえず知らない通った事のない道を行くことにした。俺の住む場所は周りと比べると比較的治安がいい為、道も歩きやすいしわりかし綺麗に掃除もされている。住むには最適と言えるだろう。

 

 数分歩き続けると一軒家が続く道の途中に古びた小道を発見したので曲がって見ることにした。多分近く桜の木が植えられているのだろう。小道にはちらほらと桜の花びらが落ちている。

 小道は思ったよりも長くて細い。何処に向かっているのかも、後ろに戻る事も出来ずただ漠然と生きる俺の人生が小道と重なる。周りには誰もおらず、ひたすらに1人。この道は何処に繋がっているのか、それとも途中で行き止まりなのか、何も分からず手に持った缶コーヒーの熱だけが消えていく。

 

 この道が俺の人生そのものだったら、一生ここから出られないのかも知れない。それでも、嫌でも進む時間の様に俺も歩く事を止められない。不安が俺を満たして行く。

 右に左にただ、道なりに代わり映えしない道を歩く。小道は舗装すらされていない砂利道だ。左に右に、一軒家を1つ超える度に曲がり角。歩き始めてだいぶ経ったと思うが携帯の画面は黒くて何も写さない為、正確な時間は分からない。それからも右に左にどんどん歩く。

 

 歩いていると不思議な事に開き直って最後にはどこに辿り着くのかワクワクしている自分が出てきた。この際、何処に着いたって良いではないか。満開の桜が咲いてる道に出ればアタリ、汚いゴミ捨て場に出たらハズレ。これはいわば、あみだくじだ。俺がこの小道を選んだ時点で辿り着く場所は決まっている。

 何を不安がっているんだ。ここまで来たんだ、笑って進んでやろうじゃないか。そう考え始めてからの足取りは面白いぐらいに軽やかで糸にでも操られているようだった。そうして歩いていくと出口は意外な場所だった。


「ここは、俺の学校、、。」


 正確には校舎の裏門。先生達の車や自転車なんかを止めておく場所だ。


「ハハッ、なんだよ。」


 道は俺がよく知っている場所に繋がっていた。携帯の電源を付けて時間を確認する。家を出発して早30分も過ぎているではないか。俺はいつもなら15分で着く道のりを倍の時間をかけ歩いてきただけだった。


なんだよそれ、めちゃくちゃ笑える。


 それでもなんだか吹っ切れた気がして悪くない。そうか、俺の人生なんて最初から決まってるのかも知れない。最初と最後だけが決まっているんだ。でもそこに辿り着く道はわからない。最短ルートで行けるか、回り道ばっかりのルートで行くかは自分次第。もしかしたら、回り道した方がスリルがあって楽しいかも知れない。なんだ、簡単な事じゃないか!


 俺は校舎の正門に回って全力で家まで走った。15分掛かる道のりを一生懸命に走った。まぁ、インドア派の俺にそこまでの体力があるはずも無く途中からは息を切らして早歩きするのが精一杯ではあったが、気持ちだけは全力で風を切っていた。

 家に着くなり入ったのは自分の部屋。俺はギターの前に座る。


 もし、俺の人生が決まってるならそれはバンドマンだ。それしか考えられない。だったら、ギターの音が聞こえようが聞こえまいが関係ない。全力の回り道でそこまでいってやるまでだ!


 伸ばす手はまだ震えている。それでもひたすらに伸ばした手で、身体で、ギターを構える。懐かしい感覚が胸を燃やす。深く息を吸い、吐いてから思いっきりギターの弦に手を振り下ろす!

 

 ジャーーーン!

 

 ここから、俺の物語が始まる。

 いや、始めるんだ!


だったら始めにする事は決まってる。宇佐木に、俺の友をぶん殴り行こう。勝手に俺の前から消えた事、何に苦しんでいるか、縄で縛ってでも聴き出してやる!

 

そこからの行動は早かった。


「父さん、宇佐木の居場所知ってんだろ?教えて。」

 


「杜賀、本当に良いんだな?この学校を退学して後悔しないんだな?」

「はい、先生。今までお世話になりました。俺は後悔しません。」

 


「白飛、いつでも連絡してこい!何かあったら助けに行くから!」

「ありがとう、龍斗。お前は本当にいい奴だよ。また落ち着いたら連絡するから。」

 


 俺は今、空港にいる。これから北海道に行く。宇佐木の元に行く!

 飛行機の中で1枚の紙を眺めていた。これは宇佐木が出て行った日に『ごめんなさい』と書かれた紙と一緒に小さく折り畳んで置かれていた物だ。内容は歌詞。2人で買い出しに行ったスーパーでたまたま見てしまった歌詞の続き。多分これが宇佐木の精一杯の謝罪なのだろう。

 



 1度だけ見た光で夢を知ったんだ

 けど僕には出来なかった、高望みは止めよう

 平凡な日々を壊す勇気もなくダラダラ道を

 歩く自分に嫌気がさすと口だけの毎日


 1度だけ見た悪夢は現実すら蝕む

 行き先、歩き方を忘れ、被害者ぶっている

 黒に塗り固めた部屋の中1人気付かず

 いつか、僕ならで出来る、根拠ない言葉続けた


 大人になれない僕の狭い世界の出口は何処だ?

 何度も繋がって切れる結び目に道を観る


 僕は希望を奪った 無知ゆえの無邪気さで

 僕は仮面を被った 剥がれ落ちるとも知らず

 君は涙を流した 無垢すぎるありがとうを

 シミまみれ嘘まみれの僕に


 大人になれない僕の狭い世界の出口は底か?

 何度も沈んでは浮き上がる泡が道を切る


 僕は希望を奪った 無知ゆえの無邪気さで

 僕は仮面を被った 剥がれ落ちるとも知らず

 君は涙を流した 無垢すぎるありがとうを

 ドロまみれ灰まみれの僕に

 


 俺は今からこの歌詞を否定しに行く。あいつの全てを否定しに行こう。

 


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