宇佐木春樺
第12話 4月8日(1)
2019年4月8日(月曜日)
朝、学校に着いても宇佐木の姿は何処にも無かった。担任とクラス一同は合宿についてや、荷物の確認が済むと公園に向かって歩き始める。
「先生、ハルカから連絡ってありました?」
「何も聴いていない。きてくれるといいんだが、。」
龍斗が公園に着いてすぐ担任に確認を取ったが、担任の顔は険しくなっていくばかりだ。
「白飛は本当に知らないのか?土曜は一緒に居ただろ?」
龍斗の問いに首を横に振る。俺が熱で寝込んだ土曜のその後の話は龍斗が公園に着くまでの間に聞かされた。
熱を出した俺のために龍斗と涼君達4人が薬や飲料水などを急いで買いに行って、その間宇佐木がずっと俺に付きっきりで世話をしてくれていたそうだ。夕方には俺の熱もだいぶ下がって落ち着いて来たのを確認した龍斗達は家に帰宅したのだと言う。
「色々、してくれてありがとう。」
「白飛はハルカと会ってからだいぶ変わったよな。」
「え?そうか?」
「前ならほっとけとか、頼んでないとか、言ってたと思うぞ。最近の白飛はなんか楽しそうだった。」
龍斗の言葉に黙り込む。確かに俺は楽しかったんだと思う。白黒だった世界はいつの間にかハルと宇佐木のせいで色彩豊かにかわっていた。昼飯の準備を龍斗と担任でしている間に父さんにメールを贈ったが未だに返信はない。宇佐木はまだ実家にいるのか?
音楽を無くしてから何にも興味を持てずにいた俺は初めて宇佐木の言う人間を知りたいと思っている。彼の過去の話、何を考えているのか、全部知りたい。彼は話してくれるだろうか?俺はそれを聴いて何を思うのだろうか?
昼に食べたカレーの味は全く覚えていない。龍斗が女子に囲まれ、担任が全力で龍斗から女子を引き剥がし作業を行なっていたのはなんとなく覚えている。俺がしたのは野菜を洗ってたぐらいでその他の事は龍斗と担任がなんとも素早い手付きで料理をしてくれていた。そんなカレーの味を全く覚えていないのは宇佐木のせいだ。俺の頭の中は宇佐木の事でいっぱいになっていた。
「待ちに待ったレクリエーションの時間だ。怪我だけには注意して全力で遊べよ!」
昼飯を終えて早々に担任が生徒に向かって声を上げた。だが、今の俺はそんなものどうでも良かった。ただ何となく担任の声を聞いているだけで内容なんて全然入って来ない。
「白飛、行くぞ!」
「え、あ、うん。」
龍斗に声をかけられて何処にも行くのかすら分からずただ龍斗の跡を追う。龍斗は公園の地図を手に黙々と脚を進める。
「なあ、何処に向かってるんだ?」
「何処って、桜の森だよ。今はレクリエーションの班探しの最中だ。俺達は他の班に見つからない様に桜の森を目指してるんだよ。」
ああ、そうだった。担任からの提案で桜の森に隠れるんだった。この無駄に広い公園で歩き回るのはかなり疲れる。隠れて時間を潰すのは別に嫌な事じゃないんだけど、そんな事をしている時間があるのなら家に宇佐木が帰って来ていないか確認しに行きたい。
「あ、そっか。そうしよう。」
「え、何か言ったか?」
「龍斗、悪い。俺帰るわ。」
「はぁ?ちょっと待ってって。」
龍斗の静止も聴かず俺は走り出した。家に帰ったら宇佐木に会えるなんて根拠は何処にもないけど、それでもこんな公園で無駄に時間を過ごすより全然良い。広い公園はむやみやたらに走り回る。とにかく動きたい気分なんだ。何も出来ないかも知れないけど、立ち止まってる事が出来ない。
運動不足ですぐに息が上がる。それでも前に、ちょっとでも早く家に戻りたい。宇佐木に会ったら何を話そうか。まずは熱を出した俺の看病をしてくれた事についての礼を言うべきだろうか。それとも勝手にテレビなんぞをリビングに設置した事を怒るべきだろうか。考えなんてまとまらない。だけど、それでも、彼とちゃんと会って話がしたい。彼はもしかしたら俺と同じなのかも知れないから。
無駄に広い公園をがむしゃらに走るが、これは家に迎えているのだろうか。見渡す限り同じ風景が続いていて、近くに地図もないから自分の位置すら分からない。走ったせいで額に汗が流れる。急いで家に帰りたいのに道が分からなくてもどかしい。辺りをキョロキョロ見渡すと右の奥に目が止まった。
なんでそこを目指したのかは分からない。だけど何となくあそこに宇佐木がいる様な気がしたんだ。そこは1面ピンクに染まっていた。そう、ここは桜の森。見渡す限りピンク。
地面も花びらが絨毯を作っていてピンク。そんな森を歩いて進むと奥に小さな休憩所が目に入った。ピンクの中にポツンと立つ休憩所は全て木で造られ、何処か温かみを感じる。そんな休憩所の扉に手をかける。走ってきたせいか心臓がうるさい。深く深呼吸を何度かして、扉を恐る恐る開けた。
中は木で出来たベンチとテーブルが1組だけ置かれており、ベンチにはピンク頭がちょこんと座っていた。
「、、、いた。」
肩で息をする俺とは裏腹に制服姿で座る宇佐木はいつも通りに笑って俺を観てきた。そして俺をベンチに座る様にとジェスチャーで伝えてきた。俺が素直に従うとテーブルに置かれたノートの1ページを宇佐木が開いて見せてきた。
『僕は、白飛君に話さないといけない事があるんだ。』
さっきまでいつも通りにへらへら笑っていた宇佐木はもう何処にもいない。何か、覚悟でも決めたように俺の目を必死に見据えている。そんな宇佐木に俺は黙って頷いた。心地が良いと言ったら嘘になるだろうが休憩所の窓から見える景色はピンクと青。吹く風は子守唄の如く囁いている。真剣な筈のこの場所は何故か暖かい。
『僕は明後日、君の家から出ていくよ。住むところが見つかったんだ。あと、勝手にテレビ家に置いてごめんなさい。』
「そう、か。」
急に知らされた現実に驚いてテレビの事なんてどうでもよかった。
『それで、出て行く前にハルがギター弾きたいって言うんだけど白飛君の持ってるギターを貸して貰えないかな?』
「え、。」
思いもしてなかった質問。でも思えば当たり前の事だろう。あのギターは元々ハルの物だったし、ハルは思い入れのある楽器は大切に使っていた。あのギターを弾きたいと思う事は当然だ。
「ああ、いいぞ。でも、俺の見えない場所で使ってくれ。」
『ありがとう。』
宇佐木はいつも通りに笑った。それからしばらく宇佐木がノートに何か書いているので待っている。
『僕は家に帰るね。』
「え、合宿に参加しねーの?」
宇佐木はコクリと頷くと立ち上がり俺に手を振った。今さっきから妙に距離を置かれている気がする。急にやって来ては俺を振り回し続け、家が決まった瞬間にコロッと態度を変えやがって。ほんと、なんなんだよ。こいつは!
「待って。キーボード弾いてるお前を見た。あれはなんだ?なんでわざと下手なフリをしてたんだ?」
俺の言葉に宇佐木の目は大きく見開いた。感情のないキーボードにわざと下手を装う宇佐木の姿。何がしたいのか全く分からなかった。
「お前はもっと上手く弾けるんだろ。なんで下手なふりをしてたんだ?弾きたくないならライブなんて手伝わなかったらよかっただろ?」
目を見開いたまま固まっている宇佐木は何か、寂しそうな表情を浮かべ椅子に座り直した。しばらく下を向いて考えていたようだったが、目の前にあるノートに手を伸ばしてポツリポツリと何かを描き始めた。
『弾きたくない訳じゃ無かったんだ。もう大丈夫かと思ったんだけど、駄目だった。キーボードを弾くと死んだ両親を思い出す。』
両親の死と音楽が関係あるのか?思っていた以上に苦しそうな顔をする宇佐木にこの話を続けていいものか悩む。それでもここで逃げたらもう2度と宇佐木の過去を聞く機会は来ないかも知れない。俺は重い扉を開けるようにゆっくりと口を開いた。
「宇佐木の両親はどんな人だったんだ?」
『優しい人だった。
でもそんな2人を僕は殺したんだ。』
涙をいっぱいに溜め、今にも溢れ落ちそうな瞳をしながら宇佐木は笑った。そんな宇佐木に驚いて何も言えず、固まっていると彼は休憩所から走って出て行ってしまった。
殺したってなんだ?
どういうことだ?
宇佐木の事を知りたかっただけなのに、余計に分からなくなった。頭を抱えて宇佐木の言葉を思い出す。でもやっぱり、彼が人を殺せる様な人間には見えない。
「クソッ!」
どう考えても答えなんか出なくて、俺が出した答えは宇佐木に直接聞く。これしかない。思考が決まれば脚は勝手に動くもの。俺は勢いよく休憩所から走り出た。行くべきところも分かってる。こうなったらとことん聞いてやろう。そう決意した俺は自宅へと走った。
家の扉を開いたのは日が傾き赤く染まる頃だった。勢いよく駆け込んだ玄関には宇佐木のものと思われる靴があった。
「はぁ、、良かった、。」
あんな話をした後だからもしかしてたら家に居ないかもと一瞬不安がよぎっていた。呼吸を整えてリビングに向かうとソファーに座った宇佐木が、何もなかった様に笑っていた。
「よう、お帰り。」
「ハルか、。」
「なんだよ。俺だと不満があるような言い方すんなよ。」
「そんな事、ないけど。宇佐木に変わってくんね?」
「あーー、今は話したくないって言ってるぞ。それよりギター、貸してくれんだろ?」
これほどに分かりやすく話題を変えられるとだいぶ傷つく。ハルが嫌なわけじゃないけど、今話さないと宇佐木と話せなくなるような、そんな気がして焦りがつのる。
「ああ、いいけど。先に少しだけ宇佐木と話がしたいんだ。」
「そーいわれてもなー。本人は今は無理って言ってるんだ。少し時間をやってくんねーかな。」
手を合わせて困った顔をするハルにこれ以上強くいう事は出来ず、分かったと頷く事しか出来なかった。
「ギター弾いていい?」
「え、ああ。今持ってくる。」
部屋に置いてあったギターを持ち、ハルの前に戻ると懐かしそうに、嬉しそうに、愛おしい我が子を抱きしめた。触るだけでこんなにも嬉しそうにするなら、最初から触らせてやれば良かったと思うほどだ。
「ありがとう。じゃあ学校行ってくる。」
「はぁ!?」
ギターを抱きしめて急に立ち上がっと思えばまた、意味不明な事を言い始めたハルに混乱する。
「待て待て待て。なんで学校行くんだよ?」
「トビが俺の前では弾くなって言ったんだろーが。それに学校に家、建てたんだ。」
「はあ、、、?」
ニコニコ笑うハルは理解不能。ソファーから立ち上がり上機嫌で玄関に向かうハルを必死に止めて声を張る。
「家建てたってなんだ?」
「そのまんまだ。いっつも昼飯食ってるとこに今日の朝、家建てて来たんだ。」
なるほど、今日の午前中の俺と龍斗の心配は全く必要なかった訳か。ヘラっと家建てたって、嫌な予感しかしない。
「おい、それは家っぽくしたってだけだろ?本当の家の訳ないよな?」
「本当に家だ!このハル様の資金を舐めんなよ!」
「いや、そこじゃねーよ!」
「そんなに気になるなら見に来いよ。じゃあ、行ってくる。」
俺の静止なんて聞くわけがないのは分かってはいたけど、笑って家を出て行ったハルにこれまでで1番と言っていいほどのため息と不安が一気に押し寄せた。
「絶対に違法建築だよな、。ああ、頭痛い。」
とりあげずリビングに戻り、ソファーに沈み込んだ。どうすべきだろうか。流石に学校に家を建てたなんてバレたらやばい。無理やりにでもハルを連れ戻しに行くべきか?いや、もし連れ戻しに行った途端に教師にバレたら俺まで共犯と思われてしまうんじゃないか?
宇佐木とも喋りたかったが今はそれどころでは無くなってしまった。ああ、どうしてあの2人は俺をこんなに振り回すんだ!
ソファーに寝転ぶと、窓から夕焼けが見えた。綺麗な景色に見惚れて思った。
「とりあえず様子を見よう。」
考える事を放棄した俺は目を閉じて思考を停止させた。春はまだ日が沈むのが早い。真っ黒になった風景は深夜でもおかしくないくらいだ。しかし時計は18時を指している。腹は減るし、ハルは帰ってこないし。ハルは晩飯食べたんだだろうか?
ハルが違法建築を行ったこと、宇佐木が両親を殺したと言ったこと。これはもう警察に相談するレベルだろう。だが、そんな事したらもう一緒にはいられない。それに俺は彼らの事をよく知りもしないんだ。救えるとは思わない。でも、友達には、親友ぐらいには、なりたい。そう思うよ。
「迷うのは飽きたな。」
そうだ。諦めるのは音楽ぐらいでいいじゃないか。音楽を諦めたこと、後悔してないと言ったら嘘になる。でも、これはどうしようもない事なんだ。だったらその他の事ぐらい諦めが悪くたっていいんじゃないか?
俺は元々、諦めが悪い男だっただろ?
なんだか笑えて来た。脚は軽い。向かう先はここから15分。いつも通い慣れた通学路は街灯が照らしており、闇の中の光を手繰り寄せる様に歩く。この時間なら運動部がまだ練習しているだろうから校門は空いているはず。大丈夫。ハルはあそこにいる。彼と彼の中に閉じこもった宇佐木に話をしよう。今度は俺の話を。
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