第10話 4月6日
2019年4月6日(土曜日)
昨日の晩、あれから宇佐木が話しかけてくる事も、ハルが部屋に乱入してくる事もなかった。時計は8時を指している。昨日の今日で中々話しかけづらい事もあり、なんだか重い身体をリビングに運ぶ事が出来ず、ベッドの上でただ時間が過ぎるのを見つめていた。
「ピンポーン。」
こんな朝早くに家のインターホンが鳴るなんて中々ない。一体何事だ?ベッドから身体を起こし自室の扉から顔を出して確認する。丁度宇佐木が玄関の扉を開けようとしていた。
「待て、宇佐木。もし新聞の勧誘とかだったら絶対に断れよ?」
宇佐木は俺の言葉を聞き終わるより先に扉を開けた。そこに立っていたのは新聞の勧誘ではなく、見知った顔だった。
「おはよう、ハルカ。今日は呼んでくれてありがとな。あ、白飛。おはよう。」
図々しくも玄関に入ってきたのは龍斗だった。彼は謎の荷物を両手に抱えて家に入って来たのだ。
「待て、宇佐木。これはなんだ?」
『昨日言わなかったっけ?今日は1日ゲームパーティーだよ。』
「聴いてねーよ!それにうちにはゲームどころかテレビすらないんだぞ。無理に決まってるだろ!」
『それは大丈夫。』
何が大丈夫なんだよ。いや、その前に居候のお前が勝手に家に人を呼ぶなと注意すべきだろう。せっかく学校が休みで静かに過ごせる時間を邪魔されるのは納得いかない。
「なぁ、勝手に家に人をあげるなよ。居候の分際で勝手が過ぎるんじゃないか?」
『家に人を呼んじゃいけないってルールには無かったよね?』
ルールにはしていなかったけど、常識で考えたらあり得ないだろ。キョトンとした顔でこちらを見つめる宇佐木。いつからこんな捻くれ者になってしまったんだ。これは絶対にハルの影響を受けている。
「ピンポーン」
俺が返事に困っているとまたしても家のインターホンが鳴る。それを聞いて宇佐木はまた玄関に向かって走って行った。
「待て、まだ話の途中だろ。」
「ハルカー。来たぞー!」
「お前良いところ住んでんだなー。」
「これ、色々買って来たぞ!」
次に家に入って来たのは何処かで見たような3人組。宇佐木はその3人を手招きで家のリビングへと連れて行く。
「あ、誰かと思ったら一昨日の3年生か!」
一昨日の昼休み、校舎裏に呼び出して来た3人組だった。宇佐木の奴、いつの間にこいつらとも仲良くなってたんだ?おいおい、嘘だろ。どんどん家の中に雑音が増えていく。
「ハルカー。お菓子ここ置いとくな。」
「飲み物冷蔵庫入れさせて。」
「テレビっていつ着くの?」
「とりあえず朝飯食いてー。」
リビングはまるでサファリパーク。神聖な家にどんどん雑草や木が生えていく。野生の動物達が自分の巣穴を作るように縄張り争いを繰り広げていく中、俺の居場所はもはや、リビングにあるはずもなく、ただ立ち尽くす。いやいや、おかしい。この家の主は俺だ。何勝手を許している。早く追い出してしまわないと大変な事になるぞ。
「おい、お前ら。止まれ。動くな。宇佐木よ。これがどういう事か最初から説明しろ!」
リビングにいる動物達は俺の言葉に不思議そうに首を傾げて止まっている。そんな中に、ペンが走る音だけが響く。
『今日は、1日ゲームパーティー。パーティーだから人が多い方が良いと思って龍斗君と千秋君、涼君、裕君も呼んだ。それに昨日白飛君にはちゃんと許可取ったよ?』
「はぁ?俺がそんな事許す筈がないだろ!」
昨日、若干気まずくなった食卓でいつそんな話が出たんだよ。それにこうなるって知っていて絶対に許可なんて出さない。
『スーパーの帰り道。』
「え?」
スーパーの帰り道?そんな話したか。帰り道は宇佐木の書いた歌詞が気になっていてそれ以外の会話はほとんど覚えていない。あれ、そういえば、宇佐木がなんか言っていたような気もしなくない、、。
「ま、まーさ。とにかく朝飯食べねー?俺色々作ってきたから。誰かの家に泊まりなんてウキウキしちゃって沢山作って来ちゃったよ。」
俺と宇佐木を止めに入る龍斗。この状況で朝飯なんて食ってられるか!って今なんて言った?
「今なんて言った?」
「だから朝飯食べようって。」
「いや、この後。」
「誰かの家に泊まりなんてウキウキしちゃって沢山作って来ちゃったよ?」
「待ってくれ。泊まりってなんだ!?聞いてねーぞ!」
宇佐木を睨むもいつものようにただ笑っている。ああ、なんか頭が痛くなって来た。龍斗と宇佐木は俺の話なんて全く聴かずどんどん朝食の準備を進めている。リビングにいる3人組はリビングをキョロキョロ見ては金持ちの家は凄いだとか、なんで2人は同居しているんだとか、俺を質問攻めにして来た。
3人のリーダー的存在が千秋君。両耳にピアスがいくつか着いていて私服が意外とカッコいい。身長は俺より高く、服装からそう見えるのか脚が長くてモデルとか出来そうな程だ。ただ、性格が残念で一言でいればバカだ。そんなところもまた彼の魅力なのだろう。他の2人とも凄く仲が良い。
涼君は宇佐木とよく似ている。口数は多くないがやる事がおかしい。そして何を考えているのかさっぱり分からない。ソファーにダイブして寝始めた。ここ俺の家なんですけど、寛ぎすぎでは?というか、出て行ってくれ!
そして1番の常識人が裕君。彼だけは俺の話をちゃんと聴いてくれる。彼曰く、昨日の夕方に宇佐木から連絡があり、今日の朝から1日泊まりでゲームパーティーを開催するから是非、来て欲しいと歓迎されたらしい。千秋君がハッシーをどうやって言いくるめたのかも知りたいし、暇だから行こうと言い出して今に至るそうだ。そして受験に関わる為、決して髪色なんて染めたくないとも言っていた。
そうこうしている内に龍斗と宇佐木が朝食を作り終え、美味しそうな料理の数々に歓喜の雄叫びが部屋を埋め尽くした。ああ、うるさい。そしてよく分かった。誰も帰る気はなく、俺の話すら聴いてはくれないって事が。
「おーい、白飛。朝食食べないの?」
「いらん。家に居ても良いけどあんまうるさくすんなよ。あと、絶対俺の部屋に入ってくんな。」
そう言い残し、俺はリビングを動物達に引き渡すと自室に引きこもる事にした。時計は9時を指している。なんか、朝っぱらから雑音を聴きすぎて疲れた。もう少し寝よう。ベッドに入り目を瞑る。俺の家は無音に包まれており、騒ぐ音や音を出す電子機器類も今まで無かった。
宇佐木がやってきて生活音はあったがそこまで気にならない程だったから嫌に感じる事もなかった。だから、俺の部屋に音を遮断する機械があるはずも無く、男5人の声は俺の頭にダイレクトに流れ込んでくるのを止めるとこなんて出来なかった。
「で、ゲームとかないじゃんか。」
「あ、そーなんだ。あと2時間ってとこか?」
え、何が2時間なんだ?なんだか聴くのも怖いが状況は把握しておきたい。5人の内、1番状況を理解しているであろう人物が声を出せない為、俺には肝心なところが入ってこない。
「あ、今週のライブ外れたんだ。セトリがまじ神らしいんだ。新曲も歌うらしいんだよなー。」
「あ、動画がアップされてる!」
「これ、聴いてみ?新曲ヤバいから。」
しばらくすると残念な程だ知っている声が歌っている曲が届いて来た。この声、父さんだ。そしてもっと残酷なのが、メロディーを弾いているだろうギターの音だけが俺には聞こえない。何度期待しても打ち壊される。ああ、なんか今日はやけにダメージがデカいな。そういえば父さんは今ライブツアー中とか言ってたな。
ヘタレな父さんが唯一カッコよく見えるステージ。昔はライブが東京で開かれる度に行っていたがこの3年間、父さんから手渡されるチケットを受け取ることは無かった。
新曲はバラードか。親が歌うラヴソング程恥ずかしいものはない。なんだか俺の方が恥ずかしくなってきた。心なしか身体が熱くなってきた気すらしてくる。最悪だ。家に人がいるのも嫌なのに雑音と父さんのラヴソングを聴かされる羽目になるとは、これならハルに学校で振り回されていた方が良いかも知れない。
リビングではカラオケ大会が開かれていた。うるさくするなと言ったはずなのに。どの曲にしろ、俺にとってタコの入っていないたこ焼きのように、ないといけないパーツだけがない音楽はガラクタでしかない。心臓のない人間が生きてはいけない様に、俺は不良品なんだ。人間のなり損ないの歪なガラクタ。誰も俺の存在を尊重する者なんていないんだ。
身体が熱い、汗が出る。
ネガティブな思考がぐるぐる回る。
カラオケなんか家でするなと言いたいのにベッドから立ち上がる体力がない。
ああ、これは、ヤバいやつだ。俺は意識を投げ出した。
「白飛、入るぞー。昼飯食いにファミレス皆で行こうって話になってるんだけど、一緒に行かないか?」
これは、龍斗の声か。
行かない、どこでもいいから早く家から出てってそのまま帰ってくるな。あれ、これは声に出ているんだろうか?
「いつまで寝てるんだよ。ん?白飛、返事ぐらいしろって、おい!大丈夫か!?」
そんなに身体を揺らさないでくれ、気持ち悪い。目が回る、熱い、寒い、吐きそう。誰か、俺が必要だって言ってくれ、俺を置いて行かないでくれ。
「お、目が覚めたか?」
「ハ、ル?」
「おお。まだ熱があんだ。寝てろ。」
「ねぇ、ハルはなんで自殺したんだよ?」
「起きて早々にどうしたんだ?」
「俺は、ガラクタだから、もう死にたいんだ。」
今、何時だろう。随分寝ていた気がするし、身体も少し楽になっている。おでこには冷たいタオルが置かれていて気持ちいい。身体は回復に向かっているが、心の方はまだ、駄目みたいだ。
「ハルはなんで自殺した?何に絶望した?」
「俺は、さぁ何を考えてだんだろうな。分からない。でも、トビがガラクタだと思ったことは1度もない。トビは俺様とハルカを救ってくれたじゃねーか。」
自殺の理由はいつ聴いてもはぐらかされる。そんなに言えない事なのだろうか。それと俺が2人を救った?そんな覚えは全く無い。
「トビはいつだって真っ直ぐで嘘がない。その姿は人を救う力になってるんだ。トビが何に悩んで、苦しんでるのか全部は分かってやれねーけど、トビに救われてる人がいる事は忘れんな。」
「おれは、」
「こら、また熱上がったらどーすんだよ。さっさと寝てろ。」
ハルの大きな手で目を塞がれ、眠りに落ちた。俺が2人を救った訳ない。でも、ハルが俺をガラクタじゃないって言ってくれた。今はそれだけで安心して眠れる。起きたら、どういう意味だったのか詳しく聴かないと。
「白飛君は、いつだって太陽だよ。ガラクタっていうのは僕みたいな人間の事を言うんだ。」
眠りに着いた俺の横で涙を流す宇佐木がいた事なんて俺は全く気がつかなかったんだ。
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