第7話 4月3日
2019年 4月3日(水曜日)
いつもと違ういい匂いが俺の部屋まで届いてきて目が覚めた。匂いに釣られてリビングに向かうとキッチンに立つ宇佐木の姿が目に入った。さて、こいつは今どっちなのだろうか。様子を伺うようにリビングからキッチンを覗くと何か作っていた宇佐木と目が合った。
『おはよう』
「お、おはよう」
ノートを見せてきたって事は今は宇佐木本人なのだろう。時計は朝7時を指している。ハルは昔から朝は苦手だったからこんな時間に起きてるはずはないと思ってはいたが、ハルに会えると期待していた俺は少しがっかりした。そんな俺に爽やかな笑顔を向ける宇佐木は続けてノートをめくった。
『朝ご飯できてるよ。一緒に食べませんか?』
俺達は新婚夫婦か!ノートに顔を隠して耳を真っ赤にしている宇佐木。自炊とか出来なさそうなのに朝から健気に2人分の朝食を作る彼に少し引いたが朝から良い匂いを嗅ぐなんて実家を出てから始めての事で俺は沸き上がる食欲を抑えられなかった。
「なぁ、これ全部宇佐木が作ったのか?」
『うん。口に合わなかったらごめん。』
テーブルに着いた俺の目の前に並んだ食事はなんとも豪華な物だった。卵やベーコンがたっぷり挟まれたサンドウィッチ、フレッシュサラダ、コンソメスープ、リンゴまで剥いてある。こんな材料が家にあっただろうかと思うほどだ。宇佐木は手慣れた様子でテーブルに食器を並べていく。家にこんな食器をあったかな?
『何か飲む?』
「あ、じゃあコーヒーを。」
宇佐木は笑って頷くとキッチンに走っていった。だから新婚夫婦か!よく見ると散らかっていたリビングが綺麗になっている。昨日まで俺の家だったのに今は全然違う人の家みたいだ。そわそわしながらテーブルの前に座っているとコーヒーの入ったマグカップを両手に持った宇佐木が帰ってきた。
『学校の人達に気づかれないように僕は少し早く家出るね。』
「お、おう。」
食事中はノートに書けないのもあって食べる音だけが部屋いっぱいに広がる。音を聴くのが嫌でこの家にはテレビもラジオもない。好んでいた沈黙はハルの事が聴きたい俺に牙を剥く。
『ハルの事だけど、僕達だけの秘密にしてて欲しいんだ。ハルが出てこれるのは白飛君の前だけだから。』
「あー、分かった。周りの奴が信じるとも思えないしな。ハルは今寝てんの?」
早々に食事を済ませた宇佐木がノートにペンを走らせる。ハルがいるって事をバンド仲間のケンとかに知らせてあげたい気持ちは少なからずあるが、信じて貰えるとも思えない。2人だけの秘密にしておくのがいいだろう。あれ?なんでハルは俺の前でしか出て来ないんだ?
『寝てる。朝は弱いみたい。』
「そう、なんだ。なあ、ハルはなんで俺の前でしか出て来れないんだ?」
『分からない。直接ハルに聴いてみてよ。』
昨日のが夢じゃなくてホッとするが同時に疑問を解決出来ないことに悶々と食事を続ける俺を他所に宇佐木は早々に家を出て行ってしまった。ドアが閉じる音を聴きながら俺も制服に着替え学校に向かった。昨日の朝までは学校に向かうのが嫌で仕方なかったのに今日は宇佐木が気になって早く学校に行かなくてはと思っている自分にびっくりする。いつもなら気になって仕方がない騒音すら今の俺には届かない。
「白飛ー、おはよう。昨日は大丈夫だったか?」
校門をくぐった辺りで後ろから俺を呼ぶ声がした。龍斗だ。大きく俺に手を振りながらこっちに向かって走ってくる彼は周りの注目されているのに気がついていないのか?女子は黄色声を上げ道を開けている。お前はアイドルかよ!そうツッコミを入れてやりたいのを押し殺し、宇佐木と同居している事を唯一知っている彼に口止めをすべく足を止めた。
「龍斗、俺が宇佐木と同居してるって誰にも言うんじゃねーぞ。」
「おいおい、第一声がそれかよ。まずは挨拶しろよな。」
俺は用件だけ伝えるとさっさと脚を校舎に向けた。周りは俺が龍斗から離れたのを確認すると一斉に龍斗を取り囲み1つの集団が形成された。何度見ても餌に群がる鯉のようなその風景を好きになれない。教室に着くといつもの現実が待っていた。
「合宿なにすんだろね?」
「またバーベキューじゃないの。」
数多の声が混じり合う雑音の中、自分の席に着く。なんか今日はやけにクラス中から視線を感じる気がするのは気のせいだろうか。
日常と割り切っているが昨日の夜に聴いてしまった懐かしい声を思い出しては落胆を繰り返す。昨日の夜はまさにフィクションであの一瞬、俺は6歳の何も知らない真っ白な子供に戻れた気になっていたが、そんな嬉しい展開が長く続く訳もなく天国からいきなり地獄に落とされたような気分になった。チャイムが鳴るまであと5分。
「ブルカンの新曲聞いた?」
「動画アップされてんの知らなかった!なんて曲?」
「日向桜だったと思う。」
俺の隣の席の女子集団の会話が聴こえてくる。ブルカンとはどっかのアイドルだろうか?最新の音楽など一切聴かない俺に分かるはずもない。しばらくすると曲が流れ出した。どうやらバンドの曲っぽいベースとドラムの音がする。鳴っているはずのギターは俺に届かない。
これはいつもの事だ。俺は机に顔を沈めて目と耳を閉じた。宇佐木は相変わらず女子達の餌食になっていたのを左目の隅で捕らえた。手で閉じていた耳の隙間から黄色い声がはいってくる。龍斗とその取り巻きが教室に入ってきたんだろう。
うるさい、迷惑極まりない。昨日の夢のような現実と朝の美味しかった朝食で上がっていたテンションがズタボロに下げられイライラしていると、誰かに肩を叩かれた。ほっといて欲しいので無視するもしつこく叩いてくるので嫌々顔をあげて目に入ってきたのは宇佐木だった。彼は凄く申し訳なさそうな顔をしながらノートを俺に見せる。
『起こしてごめん。白飛君に伝えて忘れてた事があって、、。』
俺が読みを終わると同時にチャイムが鳴り担任が教室に入ってきた。席を立っていた生徒は皆、自分の席に客席する。宇佐木も俺にペコリと一礼するも焦って自分へ帰って行った。
おい、伝え忘れた事ってなんだ!
大好きなアニメがめちゃくちゃ気になるところでto be continuedって言われた時の、胸の中のモヤモヤが爆発しそうになるアレに似てる今の俺の気持ちをどうすれば良いんだよ!
宇佐木の方を見つめるが奴は真面目に担任に視線を送りこっちを見ようともしない。今のところ俺は宇佐木に振り回されっぱなしだ。何というか、そう言う所はハルに凄く似てる。
「皆おはよう。今日もいい天気だな。早速だが、1限目はHRなので昨日の続きの話をしたいと思う。」
お決まりのTシャツにジャージ姿の担任が朝の連絡事項を早々に喋り切り、1限目の話を始めた。昨日の続きとはなんだ?パニックになって3限目に早退した俺が知る筈もなく、置いてきぼりを食らったまま話が進んでいく。
「昨日は班分けしか出来なかったからな、今日はサクサク進めていくぞ。とりあえず班で固まって座ってくれ。」
班?何の話だ?首を傾げる俺を無視して教室の生徒は一斉に立ち上がり、机をくっ付け始めた。俺は座ったまま孤立していると宇佐木と龍斗が近づいて来た。
「これ、なに?」
「ハルカから聴いてないのか?」
俺の席に椅子を持ってくる龍斗に首を振って答える。宇佐木も龍斗に首を振ってノートに何か書き始めた。
『伝えるの忘れてました。』
早速伝えたかったのはこの事だったのか。喋れない宇佐木の代わりに説明を求めるかの様には龍斗に視線を送る。
「毎年恒例、来週のオリエンテーション合宿だよ。今年は男女別々で3人班なんだって。なにすんのかな?」
「ちょっと待て。なんでキラキライベントにお前達と同じ班なんだよ。」
「昨日もう凄かったんだよ。中々決まんなくて最終的にこれで落ち着いたんだ。諦めろ。」
『今さっき言おうとしたんだけど、時間がなくて言えなかった。ごめん。』
マジかよ。どおりで朝から見られてたのか。早退した俺が悪いが出来れば今からでも班の変更を申し出たい。クラスカースト1位と上位の2人と同じ班とか俺にとっては拷問もいい所だ。なんでここまで言うのかはちゃんと理由がある。
この学校のオリエンテーション合宿は行われる場所はいつも同じなのだか、内容が毎年変わる。去年は朝、校歌の練習とラジオ体操なんかをして、昼ご飯にバーベキュー、夜は任意で出し物が行われてキャンプ場で1泊した。
たったこれだけの行事なのに去年は悲惨だった。まず、男女6人の班だったはずなのだが、龍斗のいた班に女子が押し寄せ、残された男子は力仕事はもちろん、その他の雑用を全てやらされた。
その結果、男女で一触即発状態になり、龍斗は先生に保護された。その後の出し物は急遽、反省会が開かれ関係ない生徒も皆で先生の説教がきく羽目になった。
その後、1年間クラス中がギクシャクして担任はストレスで胃に穴が空き、龍斗は男女から板挟みにされていた。そんな最大の元凶である龍斗と同じ班なんて絶対にろくな目に合わない。当日は絶対に休もう。
「今年のオリエンテーション合宿だが、去年の惨状を繰り返さない為に先生は考えました。そして、今年は宝探してならぬ班探しをします!」
クラス全員の頭上にはてなマークが浮かぶ。担任は紙をそれぞれの班に渡して回るとルールを説明し始めた。
「各班に違う色のタスキを渡します。自分達以外の色のタスキを取り合うゲームだ。制限時間内に1番多くタスキをとった班が優勝。ちょっとした景品用意してるから気合い入れて取り合ってくれ。要はケイドロで警察でもあり泥棒でもあるって事だな。」
「ハッシー、それって女子は超不利じゃない?」
確かに。男女の班分けならともかく別々の班だと男子が圧倒的に有利な条件だ。
「そこなんだが、女子には隠れている1班を捜してもらう。時間内に見つけられればその班が優勝だ。男子は時間内に多くのタスキをとる。女子はそれを交わして隠れている1班を捜し出す。これなら差もだいぶ縮まるだろ。」
「隠れる班ってどの班ですかー?」
「そりゃあもちろん、佐藤がいる班だ。」
「「え?」」
担任は当たり前の顔をして俺達の方を見た。なるほどな、用は俺達が餌なのか。いかに平和で皆んなのやる気を削がず、楽しくオリエンテーションを乗り越えるか考えた担任が出した策なのだろう。びっくりはしたが、これなら俺達はひたすら一定の場所に居れば良いんだから静かで楽出来るじゃないか。これなら参加しても良いかな。
この時の俺が甘かったんだ。予想出来る筈もないだろ、オリエンテーション合宿でまさかあんな事が起こるなんて、。
今日の授業は座学だけで構成さてれおり、今やっと4限目の終わりを伝えるチャイムが校舎に鳴り響いた。先生が出て行くと教室が騒がしくなる。そんな教室内で1人昼飯を食うのはかなり辛い。そこで俺は決まってある場所に向かうんだ。今日もそこへ向かおうと席を立った時だった。
『俺も連れてけ。どーせぼっちの昼飯だろ?』
目の前に現れた宇佐木は嫌味な笑顔でノートを見せてくる。これは、ハルか。
「ぼっちは余計だっての。」
図星を突かれイラつきはしたが、話たい事もあったし丁度良い。俺達は2人で教室を出る事にした。
「ハルカー。一緒に食わねーの?」
教室内で龍斗の取り巻きが宇佐木の背中に声をかける。『白飛君に売店の場所教えて貰います。』
そんな事を言った覚えは一切ない。宇佐木の皮を被ったハルは子犬を装い取り巻きに手を振る。その姿がなんとも不気味で笑いを堪えることが出来なかった。
「イテッ。蹴るなよ!」
『さっさと行くぞ。』
不機嫌なハルは俺の脚を蹴りながら教室を逃げるようにして出て行った。そんな俺達が向かったのは部室棟。この高校は部活動に結構な力を注いでいて、野球は甲子園の常連校でもある。そんな訳で校舎の3分の1程度の大きさに色んな部活動の部室が設けられている。
建物は3階建てで俺達が向かうのは3階の更に上。屋上だ。立ち入り禁止で錠前が掛かっているのだが、実はこの錠前は壊れており、素手で開ける事が出来るのだ。俺はなんの躊躇もなく錠前を開け、屋上に脚を運んだ。
「やっぱ屋上っていーな。トビにしてはいい選択だ。飯食おーぜ。」
ハルは屋上のど真ん中に座ると持っていた鞄の中から弁当を出した。今日は天気も良く、昼時ってものあって寒さはそこまで気にならない。外で食べるには良い天気だろう。
「それ、ハルが作ったのか?」
「な訳ねーだろ。ハルカが作ってくれた。あ、やんねーからな。」
「いらねーよ!」
俺は朝に買っておいたコンビニのパンを取り出し口にする。
「トビってなんでクラスじゃあんな浮いてんだ?」
「ほっとけよ。」
「なんで?」
しつこい。でも隠してる訳じゃないしいいか。
「入学してすぐぐらいに身バレして色々言われたりされたりして腹立ったから校内で暴れた。そんで停学くらったから。」
「アハハ、青春してるねー!」
「うるっさい。」
「そういや、昨日聞き忘れたけどなんでもうギター弾いてないんだよ?」
「なんでハルが自殺したのか教えてくれたら話す。」
お互い食べていたパンと弁当を床に置き、睨み合う。俺とハルの間を温かい風が仲裁にでも割って入る様に駆け抜ける。でも、そんな優しいだけの仲裁で収まる筈もなくて、お互い何も言わずにゆらゆらと立ち上がる。
「おい、トビ。お前一丁前にこのハル様に指図すんのか。偉くなったもんだな。」
「言わせてもらうが、宇佐木のヒョロい身体に入ってるハルなんぞに負ける気がしないんだよ。暴力沙汰を起こした俺の拳が火を吹くぜ。」
「やってみろよ。因みにハルカは柔道黒帯だ。俺様だって昔は田舎のチンピラだったんだぜ。トビみたいな根っからのもやしっ子に負けるはずがねーんだよ。」
「え、、。嘘、だよな?」
俺の軽くステップを踏む脚と何もない宙を斬っていた拳はハルが柔道みたいな本格的な構えの前に、ステップはリズムを失い、拳から力が逃げていった。冷や汗が顔を伝う。
「ハル、やっぱり話し合いにしよう。人間話し合いが1番大事だろ。」
「手加減無用だ。ホワァチャーー!」
結果は想像通り、俺の惨敗でした。
「ギ、ギブ、アッブです。」
「俺様に勝とうなんておこがましい。さっさとギターやんない理由を言え!」
「ギターの音が、聴こえないんだ。」
「はぁ?」
羽交い締めされていた俺はようやく解放され、座り直すと食べかけていたパンを口にした。
「なんで?何が原因なんだ?」
「そんなこと、分かってたらとっくに治してる。ギターの音だけが聴こえなくなってもう3年だ。だからもうギターは弾けないんだ。俺が喋ったんだからハルも自殺の理由を教えろ。」
ハルが黙りこんですぐ昼休みが終わるチャイムが鳴り響き、ハルは食後の睡眠をすると言い残し、俺の質問を曖昧にして宇佐木に替わった。
教室に戻ると宇佐木は男子達に囲まれて俺に何かされてないか、と質問攻めに合っていた。宇佐木はノートに何かを必死に書いていた様だが、自分の席からでは何も見えない。被害者は俺の方なんだが、まあ仕方がないか。
放課後、俺と龍斗と宇佐木は担任に生徒指導室に呼び出しをくらっていた。別に何か悪さをした訳でもないが、このメンバーである事を考えるとおそらくオリエンテーション合宿についてだろう。
「3人とも悪いな、呼び出して。どうしても他の生徒に聞かれたくなくてなー。オリエンテーション合宿についてだ。」
あー、やっぱり。俺達3人は顔を見合わせてから代表で原因でもある龍斗が口を開いた。
「まぁ、しょうがないですよ。なんかこちらこそすいません。」
「いやいや、先生の方こそすまん。お前達は優勝出来ないし、1時間ずっと隠れてて貰う事になってしまった。」
「別にいいですよ。走って疲れるの嫌でしたから。」
「そう言って貰えると助かるよ。でもやっぱり俺はお前達にも楽しんで貰いたい。そこでだが、合宿する場所の中に面白い場所があるんだ。」
そう言って机の上に地図を広げた担任はある一点を指した。合宿する場所は高校から徒歩10分程度歩いた公園の中だ。公園と言っても東京ドーム65個分もの巨大な敷地を有しており、公園内にはバーベキューやキャンプなどが出来る施設も入っていて休日は子供から大人まで沢山の人で賑わっている。そんな公園の右上の端にあまり知られていない穴場スポット、桜の森がある。
「来週は花見に適した気候で丁度満開の桜が見られるらしいんだ。桜の森はゲーム開始地点からだいぶ離れてるし森って名前だけあって中々方向が掴みにくい。それに森を抜けると小さい休憩所があるからそこら辺に隠れてみてはどうだろう?休憩所に着いたら暇だろうし、花見用に菓子とか持って行ってくれていいぞ。」
「いいですね、凄く!」
『僕も桜見たいです。』
男3人で花見って何を楽しみにすれば良いのだろう。でも人も少ないし喧しいクラスから抜け出せるのはありがたい。特に反対する理由がないので俺も賛成した。そこからはどういうルートで進むかを先生が念入りに教えてくれた。
先生曰く、去年の悪夢を産まない為にも俺達をどうしても女子達に見つけさせたくないらしい。早々に見つかってしまえば女子は龍斗に群がり、男子は男子だけでゲームを続行して男女間にヒビが入ってしまいかね無い。
高2は修学旅行があるし、その他にも色んな行事があるがどれも男女の協力が必要不可欠。こんな初っ端のイベントで男女に亀裂を生むのは何としてでも避けたいとも言っていた。
この合宿で最後は男女の班が協力して俺達を探し出せるのが理想、その為には絶対に最後の最後まで隠れていて欲しいと念を押された。先生も大変なんだなぁーっと感じた一瞬だった。
部活もやってない俺達3人は担任に解放されるとすぐに学校を出た。龍斗は妹の迎えに行くと言って走って行ってしまい、宇佐木と2人きりになった。
『薬局に行きたいんだけど近くにある?』
「あー、それなら2つ先の信号を曲がった所にあったと思う。」
『分かった。買いたい物があるから先に行くね。』
そう言うと宇佐木は走って行ってしまった。1人残された俺はコンビニで晩飯の弁当を買い家に帰宅した。人気のない部屋には慣れっこだが、見慣れない食器や服に違和感が半端ない。自室で家着に着替えるとベッドに寝転がり目を閉じた。
「そういえば、昼飯を誰かと一緒食べたのは久しぶりだったな。」
自分で口に出して落ち込んだ。1人が悲しい訳ではないが、好きでもない。昔から大人に囲まれていると、他人を簡単には信用出来なくなってしまって、気がついたら無口で目付きの悪い奴って言われる事が多くなっていた。周りが勝手に決めた俺のイメージがいつの間にか俺の性格になっていた。今となっては本当の自分がどんなだったのかも思い出せない。
「ガチャッ。」
玄関の方で扉が開く音がする。宇佐木が帰って来たのだろう。そういえば昼飯の時、自殺の理由を聞きそびれた。それとなんで俺としか喋れないのかもハルに聞きたかったんだと思い出した。ベッドから起き上がりリビングで待っていると宇佐木が部屋から出てきた。
「おい、今、どっちだ?」
俺は今、もの凄くビビっている。
「ハル様だ!風呂場行くぞ。トビも全部脱げ。」
そう言って俺に近づいてくるハルはなんと全裸。手には今買ってきたのであろうビニール袋を持っている。ニヤニヤ笑って俺の腕を引っ張るハルがめちゃくちゃ怖い!
「ま、待て、。落ち着け、ハル。な、なななにをする気だ!?」
「何って見りゃ分かるだろ?」
「わっかんねーーよ!」
俺の腕を引っ張るハルの力は思っている以上に強くて引きづられるように風呂場へと連行されてしまった。
「早く脱げよ、服汚れちまうだろ。」
「ささささっきから、何言ってんだよ!」
「何って髪染めるに決まってるだろ?」
「はい?」
風呂場で顔を真っ赤にした俺は無理矢理服を剥ぎ取られて固まる。今、ハルはなんて言った?髪を染めるって言ったのか?
「いや、染めねーよ!!」
そう、口にしていたのが1時間前。俺は今、自宅の風呂場で無理矢理髪を染められている。
「もう、意味分かんねーよ。なんなんだよ。」
「何落ち込んでんだ?やっぱりお揃いのピンクが良かったのか?でもトビは青のが似合うって、俺を信じろ。」
「そこじゃねーよ!」
俺は今、浴槽で体育座りをさせられている。色が髪に浸透するのを待たされているのだ。その色のチョイスがまた最悪で、ハルはピンク。俺は青と言うまさかの派手色。
「春って言ったらやっぱピンクだよな!1回やってみたかったんだよー。」
「だったら1人でやればいいだろ!なんで俺まで巻き込むんだよ。」
ハルは暴れる俺を抑制しながら染めていたせいで身体や顔が青くなっている。とくに指なんてペンキで塗ったみたいになってるのを気にする素振りも見せないで笑ってたった一言、俺に言い放った。
「1人でやってもつまんねーじゃん。」
「マジで意味分かんねーよ!」
風呂から上がって洗面所の鏡に写る2人は残念なほどに似合わないド派手なピンクと青い頭に仕上がっていた。
「この頭どーするだよ!俺達が通ってる高校は髪染め禁止なんだぞ!」
「まぁ、落ち着け、トビ。」
「これが落ち着いていられるかよ!」
脱ぎ散らかされた服を着ながらハルに怒鳴る。そんな俺を置いてパンツだけ履いたハルはさっさとリビングに行ってソファーに深く座っていた。せめてズボン履けよ!もう、何から怒っていいのか分からなくてため息がでる。
「トビはさ、俺がどのくらいここに居られると思う?」
「え?」
脚を組み、急に真面目な顔をしたハルがこっちを見ながら首を傾げる。昨日再会したばかりでそんな事考えもしていなかったが、魂だけのハルは大分不安定な存在なのかも知れない。
「そんなに、危ういのか?」
「俺様にもさっぱり分からん。トビに会えばすぐ約束を果たせると思っていたがそうでもないと分かった以上、俺はここにいる意味がない。いつ消えてもおかしくないだろう?」
「そんな!でも、今の俺にはどうする事も出来ない。」
ハルの話は最もなのかも知れない。死んだ筈の人間に会うなんて初めてだからドラマとかでの知識しか無いが、普通は何かしらの未練とか使命があって、それを叶えると成仏するってのが1番考えられる。しかし、俺との約束が叶えられそうも無い今、ハルが宇佐木の身体に居続けるのは難しい事なのか?
「うん、それで俺は考えた。ハルカの身体に居座る方法を。」
「おお、なんだ?」
「俺が思う高校生ぐらいの時にして見たかった事をする!」
「は?」
なんか思っていた感じとだいぶ違うぞ。笑って話すハルに顔が引きつる。なんだろう、とても嫌な予感がする。
「これな、授業中に書いてみた。俺様がしてみたい事リストだ。これがある限り俺様はハルカの身体に居座れる気がする!」
宇佐木の身体に居座ると、なんともタチが悪い嫌がらせみたいな言い方をするハルはノートから切り取ったのであろう紙を俺に見せてきた。
『・ド派手な髪に染めて注目されながら登校する。
・盗んだバイクで走り出す。
・夜の高校に忍び込む。
・学校に家を建てる。
・校舎にサインを掘る。
・校庭に古代文字を描く。
・血が出るぐらいの殴り合い。
・校内で堂々と手繋ぎデート。
・1日中家でゲームパーティー。
・
・
・
・トビの作った曲に歌詞書いて歌う。』
紙に目を通すとビッチリとやりたい事が書かれていて、その数は54項目にも及ぶ。そして全てが学校か家で出来てしまう様な事ばかり。最後には俺との約束までしっかり書かれているのが気になるが、リストの中に確実な違法行為が入ってはいるは見過ごせない。
「おい、盗んだバイクでは走りだせないぞ、絶対に!」
「高校男子の憧れだろうが!」
「世代が古い!」
紙を片手にギャーギャー騒ぎ、出来ないものを削除したり、ハルが変更したりしている間に夜が更けていった。流石に違法行為は駄目だと説得して項目は全部で46個に落ち着いた。
「てか、こんな事出来る訳ないだろ!」
「そこをトビと2人でなんとかしてくんだ!」
「なんで俺が参加する事になってんだ、絶対にしないからな。」
「髪染めした時点でもうトビは俺様と一心同体なんだ、諦めろ。それに停学処分を受けた事あるエリートを俺様が逃す筈ねーだろ?」
「停学がなんでエリートになるんだ?」
「悪ガキの証だろ?停学って。」
何言ってんだみたいな顔で見つめてくるハル。間違ってはいないけど、なんか認めたくはない!
「あ、そう言えば宇佐木は?宇佐木に許可とってのか?自分の頭ピンクに染められてるんだぞ。嫌に決まってる!」
「ハルカは自分のしたい事を1つ入れてくれるなら良いってさ。」
「良いのかよ。因みにしたい事ってなんだ?」
「1日中家でゲームパーティー。」
「1番しょぼいやつじゃねーか!」
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