第二章 したい事リスト

第6話 4月2日 (4)

 現在に戻る。

 2019年4月2日(火曜日)


 ハルを名乗る転校生にブチ切れかまして焦って学校を飛び出した挙句、体操服のまま家に帰宅した俺は、脳のシャッターを完全に下ろして眠りに着いた。次に目が覚めたのはいつもなら鳴らないはずのインターホンが鳴った夕方の事だった。インターホンの防犯カメラに映っていたのは幼馴染みの佐藤龍斗と、今一番会いたくなかった転校生、宇佐木春樺の2人。居留守を使ってやろうとも思ったが映像に映る龍斗の手には俺が学校に忘れてきた荷物が持たれていた。


「、、、なに?」

「白飛、大丈夫か?荷物届けるついでにお見舞いきたぞ。」


 家に入れたくはないが、俺の荷物は回収しなくてはいけない。ため息を吐いてから俺は家のドアを仕方なく開けた。何の遠慮もなく、俺の荷物を持った龍斗と謎の大きな荷物を抱えた転校生が俺の楽園に踏み込んできた。


「なんだ、心配で来てみたけど全然元気そうだな。良かった。荷物も持たずに帰ったって聴いて慌てて来たんだ。」

「荷物、ありがとう。この通りピンピンしてるから早く帰ってくれ。」


 荷物を受け取ると俺はあからさまな態度でさっさと帰るように誘導するが、そんな事はお構いなく2人はリビングまで入ってきてテーブルの前に座った。こいつらに出すお茶なんかねーよ、さっさと帰ってくれ。というか、転校生は何しに来たんだ。龍斗の背後霊かと思うぐらい黙ったまま座っている。それと彼の大きな荷物が気になって仕方がない。

 家出でもして来たのか?と思う程の大きさなんだ。腕を組み嫌がる俺に龍斗が話を続ける。


「それにしても、ハルカと白飛が知り合いで仲が良かったなんてなー。それも今日から同居するとか、なんで言ってくれなかったんだよ?」

「、、、はぁ?なんの話だ?」

「え?だからお前ら今日から一緒に住むんだろ?」

「、、、え?」


 え?今なんて言った?

 龍斗がなんか恐ろしい事を言った気がしたが、まさかな。なにかの間違いだよな?


「龍斗、何言ってんだ?」

「白飛こそ、どーしたんだ?あー、知られたく無かったのか。すまん。でもしゃーなくてさ、ハルカとこのマンションの下でたまたま偶然会っちゃったんだよ。」

「いや、待て待て待て。そこじゃない。同居とか俺、知らねーぞ!てか、するわけないだろ!」


『えっ?』


 転校生は驚いた様子で喋らない代わりにノートに文字を書いて俺達に見せてきた。なんでお前が「え?」なんだよ!こっちのセリフだろーが!


「あ、れ?どーいうこと?」

「はぁ?俺が聴きてーよ。どういう事だよ転校生!」


 焦る俺と龍斗を横目に転校生がノートにペンを走らせる。回答を待つ間の時間にイライラする。


「てか、お前喋れるだろ!今から筆談とか嘘くさいにも程があるぞ!」

「おいおい、白飛どうしたんだ。落ち着け。」


 転校生は口をパクパクさせて喋れませんアピールを見せつける。こいつ、何考えてんだよ、意味分かんねー。不毛な討論をするのを諦めた俺はペンが止まるのを待った。


『住む所に困ってたら白飛君のお父さんにここに住んで良いよって言ってもらいました。鍵ももらってます。』


ノートを見た俺に笑顔で鍵を見せつける転校生。


「おいおい、嘘だろ。笑えねーよ。」

「うわー。白飛の父さんならやりかねないなー。」


 ご存知の通り、俺の父さんはダメ人間。龍斗の言う通り、あいつならやりかねない。俺はすぐさま携帯を取り出し、実家に電話を掛けた。コールが続く中、転校生がまたペンを走らせる。


『白飛君にはちゃんと伝えておくって聴いてたんですが、、。』


 あの、トラブルメーカーめ。こっちは何も聴いてねーよ!転校生は申し訳なさそうな顔をして俺を見つめてくる。そんな彼から視線を逸らし耳にあてた携帯を集中する。


「あら、白飛。どーしたの?」

「あ、母さん。早急に父さんに代わって!」

「?ちょっと待ってね。」


 家の電話に出た母さんが遠くの方で父さんを呼んでるのが聞こえる。両親共に現役バリバリで歌を歌っているだけあって電話越しにもしっかりと声が良く出ていた。どうやら父さんはリビングで眠りこけていたようだ。


「もしもーし。白飛、どーしたんだ?」

「宇佐木春樺。こいつに聴き覚えは?」

「え?あ、うわぁぁぁーーーー。忘れてた!」


 起きたての声をしていた父さんに転校生の名前を告げると鼓膜が破けるかと思う程の声が返ってきた。これは、やってる。父さんの叫び声で転校生がでたらめを言っていない事が決定されてしまった。隣で聴いている龍斗は笑いを堪えている。 


「白飛、ごめん。言うの忘れてた。」

「忘れてたじゃねーよ。なんで俺の許可なく同居の話が成立してんだよ!」

「ハルカ君、行くとこないって言ってたし、白飛ん家ひと部屋使ってなくて空いてたからいっかなーって。」

「よくねーだろ!とにかく俺は同居なんて認めないからな。」

「駄目だよ。ハルカ君、住む所無くてに困ってるみたいで白飛が家追い出したら行く場所無くて死んじゃうよ。」  


 だったら父さんが一緒に住んでやれば良いだろと言いたい所だが、それはもっと厄介なトラブルの元になるに違いない。

 父さんのトラブルメーカー具合はこの16年で嫌と言うほど味合わされて来た。それと俺の電話の内容を聴いていた転校生がずっと子犬の様にオロオロして『ここに住まわせて下さい!』と言うカンペを出している。ずっと笑っている龍斗に視線をやってみる。


「うちは無理だぞ。8人も兄弟いるし、家狭いもん。いいんじゃん。この部屋に1人で住んでる方が不思議だったし。」


 分かってはいたが、この空間に俺の味方は1人も居ない。まずおかしい事に誰か気付けよ。住む場所ないってどういう事だとか、家族は何処にいるんだとか色々突っ込む事があるだろうが! 


「白飛、話は聴こえてたわ。またトラブルメーカーがやらかした事はこっちで怒っとくから。それと巻き込まれたハルカ君を置いてあげなさい。」

「え、ちょっと母さんまで!」

「仕方ないでしょ。こっちの家は高校からかなり遠いから駄目だし、住む場所捜すにしたって今すぐは無理でしょ。」


 俺の家は母さんが絶対的支配権を持っていて誰も逆らう事は出来ない。それは俺も例に漏れず、何よりも母さんに口で勝てる気がしない。母さんが出てきた以上、どう頑張っても丸め込まれるのは目に見えている。


「分かった、、。ただ、住む場所が見つかり次第出ていく事。これが条件だ。いいな。」

『ありがとうございます。』

 

 こうして俺の楽園に土足で入ってきた転校生とハルと俺の2人と1魂の同居生活を送る羽目になってしまった。彼が早く出て行ってくれる事を心から願う。


「まぁー、なんかあったらいつでも電話してくれ。俺に出来る事があれば手伝ってやるからな。じゃあまた明日、2人とも。」


 龍斗はそう言い残して日が完全に落ちる少し前に帰宅していった。家に残された俺は、沈黙に悩まされていた。こいつは結局、龍斗が居る間1度も喋らず顔の表情と筆談だけを貫き通した。龍斗を玄関まで見送り、リビングのテーブルの前にちょこんと座ってノートにペンを走らせる子犬をどうしたものかと悩む。まず何から暴いていこうかと考えていると俺の方にくるっと顔を向けて手元のノートを読むように急かしてきた。


『とりあえず、座って下さい。』

「ここは俺ん家だ!」


 少し前に上がり込んで来ていきなり自分の家の様に指示を出す転校生にツッコミを入れるも素直に座ってしまう自分が悔しい。父さんのダメ人間ぶりのおかげである程度の受け入れる耐性が身体に染み込んでしまっているんだ。俺が座ったのを確認すると転校生がノートをめくる。


『僕の名前は宇佐木春樺です。ハルカと呼んで下さい。』

「そこから始めんのかよ。いや、呼ばねーよ。宇佐木で十分だろ。」


 いきなり始まった自己紹介に戸惑いつつ返事を返すと宇佐木は不機嫌そうな顔をした。というかいつまでこんな茶番を続ける気なんだ。周りくどいのは嫌いなのでこっちから先手に出る。


「お前さ、一体なんなの?喋れるんだろ。あとその猫被りやめろ。ウザい。」


 真正面に座る宇佐木に睨みをきかせて核心をつく。宇佐木は少し困ったような顔をしてノートに何か書き込み始める。本当に何がしたいのか分からない。保健室ではあんなにペラペラ喋っていた奴が今や必死に筆談をしている。同じ人間には思えない。まさか、本当にハルだったのかも知れない、とか考え始める自分のファンタジー思想にドロップキックを決め込んで脳から追い出した。


『今、ハルは寝てるから喋れません。信じられないと思いますが、僕の中にはハルがいるんです。お互いの意識を共有してて、ハルが出てくるのは白飛君と二人きりの時だけです。僕はハルに身体を貸してて、ハルは僕の願いを叶えてくれてます。』

「願いってなんだ?」

『友達と普通に会話してみたい、です。』


 顔を真っ赤にしてノートをこちらに向ける宇佐木に開いた口が塞がらない。意味が分からん。いや、喋れよ。心の中でツッコむ俺とまだ何か書いている宇佐木。大好きな筈の沈黙が余計に俺を混乱される。


『昔、色々あって声が出せなくなって、僕すごい根暗だから人を避けて生活してました。でも本当はずっと喋って見たかっんです。そしたら2ヶ月前にハルが来て、白飛君との約束を守りたいハルと友達と喋ってみたい僕の利害が一致したから取り引きしました。』


 〝昔色々あった〟って部分は触れない方が良いんだろうな。俺の直感が叫ぶ。人間は誰だって〝色々〟あるもんで、俺にだってある。そう言った事は大抵、喋ったところでどうにもならないもんだ。他人が土足で踏み込んじゃいけないと俺は思うからそこは置いて置こう。だが、最後の一文は置いて置けない!


「ハルが来たってなんだ!?」

『お母さんの葬式があった日の夜にふらっと現れました。』


 おいおい、そんな事サラッと言うなよ。なんだか聴いたこっちが申し訳なくなるだろうが。当の本人はなんともない顔をしていた。ハルがふらっと現れた件より、2ヶ月前に母親が死んでるにどうしてそんな顔をしてられるのかの方が気になってしまった。


「なぁ、嫌なら答えなくていいけど、父親は?お前が居なくなって心配とかしてんじゃないの?」

『お父さんは僕がもっと幼い頃に亡くなりました。僕には血の繋がりのある人間がもういません。』 


 平然とノートにペンを走らせる彼に、これ以上聴けなかった。陽も落ちて辺りも大分暗くなって来ていた事もあり、質問攻めを諦めて宇佐木を部屋に案内した。一部屋は両親が来た時用にゲストルームみたいになっていてベッドなどの一通りの家具が揃えられている。

 滅多に使われない部屋なんで若干のホコリ臭さはあるが我慢して貰いたい。宇佐木はずっと黙ったままキョロキョロ辺りを見渡していた。


「この部屋は好きに使ってくれていい。でも隣の俺の部屋には絶対に入ってくるなよ。」


 宇佐木は俺が喋ると笑顔で何度も頭を上下に振る。その姿が小型犬に見えて仕方がない。部屋を一通り見えて説明を終えた。肝心なのはここからだ。

 一番大事なこと、家のルールを決めなくてはいけない。お互い、特に俺が快適に過ごせるように最初からルールとして釘を刺しておく必要があるのだ。


「この家のルールだが、音楽禁止な。聴く時は絶対にヘッドフォンつける事。破ったら即、家から追い出す。それから家では静かに過ごす事。当たり前だけど家の中で走り回ったりドアは優しく閉めるとか、常識的に生活してくれ。正直、喋れないのは好都合だ。とりあえずはこれだけ、分かったな。」

『一緒に住んでる事は学校の人達に言っても大丈夫ですか?』


 ここまでの宇佐木を観察して気がついた事は、彼は伝えたい事がある時は俺に見えるように手を上げる。そしてノートの文字が綺麗なのはいいのだが、ずっと敬語で書いてる。彼がノートに書いてる間の沈黙が長くて仕方ない。何より、今さっきから彼はこの状況を楽しんでるように見える。男の2人暮らしでなんでそんなに嬉しそうなんだよ。


「駄目に決まってるだろ。今さっきからなんでそんなに嬉しそうなんだよ?」

『僕、人の家に入るのも泊まるのも初めてなんです。だからお泊まり会みたいで嬉しいです。』

「お泊まり会って、高2男子が言うセリフじゃないだろ。あと1つルール追加するわ。筆談する時の敬語やめろ。時間掛かって仕方ない。」


 俺の言葉に凄くびっくりした顔をした後、満面の笑みで頷いた。宇佐木の表情に俺もびっくりした。なにがそんなに嬉しかったのだろうか。その後は近くのコンビニに案内して晩ご飯を買いに言ったり、埃っぽい部屋の掃除を手伝ったりしていた。

 ここまで嫌々ながらも丁寧に説明してやったりしたのは多分、同情だ。俺も身近な人が死ぬ悲しみは痛いほど知っていたから。宇佐木が両親の死をどう思っているのか分からないが、自分だったらと考えるとこいつに優しくしてやらないといけない気になってしまった。

 食事の間、宇佐木の情報を少し仕入れる事が出来た。ここに来る前は北海道の田舎の方に住んでいて、昨日はネットカフェで一夜を明かしたらしい。お金に困っている訳では無いとも言っていた。それは母親が死んだ時の保険金なのか?とは流石に聞けなかった。


 時計が23時を指していた頃、宇佐木は寝ると言って部屋に入っていった。部屋に入る前にハルと交代したら声を掛けてくれと言うと宇佐木はコクリと頷いた。次にハルを名乗ったら確かめたい事がある。これでハルなのか宇佐木の悪趣味なのか絶対に分かる秘策が俺にはあった。ここまでの宇佐木に怪しいところは見当たらない。

 昔から表裏の激しい大人達に囲まれて生活して来たのでそう言ったことにはかなり敏感な俺が言うのだから間違いないだろう。ハルがいるって言う物凄く怪しい言動は置いといてだか、。その他は嘘を着いてる様な表情をしていなかったと思う。宇佐木が嘘を付いていない事を信じたいが、それはハルがいるという事を受け入れる事にもなる。


「あーーー、もう分からん!」


 やっと1人になれた俺は、リビングで疲労感に押し潰されていた。今日は色んな事がありすぎたんだ、仕方ないだろ。普段はリビングで寝ている俺も今日は自分の部屋に入る。この部屋にはあまり入りたくはないんだけど、今日だけはそうも言ってられない。

 部屋は殺風景であるのはベッドと机、そしてハルのサインが入ったギター。音楽から離れたいと願う俺にはギターも家に置きたくはなかったのだが、こいつだけは手放す事が出来なかった。

 俺はギターの目の前に座り音が鳴らない程度に触る。このギターには思い出が詰まりすぎている。ハル、本当にお前なのか?だったらなんで自殺なんかしたんだよ。

 

「トビー!起きたぞ。」


 ギターを手で触って浸っていた俺の後ろで急にドアが開けられた。そこにいたのは宇佐木。ついさっき寝ると言ったばかりだろう!それと、ルール守れや!俺は怒りに任せて叫ぶ。


「勝手に俺の部屋に入ってくんな!」

「だってトビがハルカに言ったんだろ、俺が起きたら声かけてくれって。」

「ノックぐらいしてから入って来いよ!」


 さっきまでの宇佐木とはまるで別人。喋っているってのもあるが、態度が酷い。今さっきまでは小型犬で教えたての躾も出来ていたのに、今は駄犬だ。ニコニコ笑って人の領域を勝手に踏み荒らす。俺の部屋に入ってきた宇佐木は俺のベッドの上に許可なく座って脚を組んでいる。宇佐木を知れば知る程、目の前にいる人間が同一人物に思えなくなる。二重人格って言われたら納得するレベルだ。


「そんで、やっと曲作る気になったか?」

「いや、そうじゃない。俺の質問に答えて欲しい。質問に全部答えられたらお前がハルだって認めるよ。」

「まだ疑ってたのか、昔のトビはもっと純粋で可愛かったのになー。」

「うるさい!」


 こいつなんでこんな元気なんだよ。俺はもうヘトヘトで眠たいっていうのに。


「へぇー。ここがトビの部屋か。なんもねーな、エロ本はこの下か!」


 ハルは俺の部屋を見渡して徐にベッドの下を覗くとエロ本を探し始め、必死で止めに入った俺はさらに疲れた。


「今からいくつか質問するから、さっさと答えろ。」

「あいよ。」

「ハルと会ったスタジオで俺がいつも背負ってたリュックの柄は?」

「赤いギター。」

「ハルの好きな食べ物は?」

「甘ったるい卵焼き。」

「俺が色紙にハルのサインを書いて貰ったのはいつ?」

「・・・?トビの色紙になんてサイン書いた記憶ねーぞ。トビにはTシャツにデカデカと書かれたけどな。」


 ここまでの3問全部合ってる。3問目は揺さぶりを掛けて見たのに全く尻尾を見せない。本当にこいつはハルなんじゃないかと期待してしまう。でも現実にフィクションが混ざる訳ないんだと自分に言い聞かす。次の質問で最後になるが、この1問ではっきりする。これは俺とハルしか知らないはずだから。


「これで最後。俺が日本に帰る直前にハルに渡した物は?」

「ミニカー、のおまけのお菓子、ラムネ。」


 合ってる。日本に帰国する日、ハルが大切にしてたギターを俺にくれたから、俺も何かお礼をしないといけないと思ったんだ。でもお気に入りのリュックの中には赤いスポーツカーのミニカーとお菓子しか入ってなかった。



「ギターありがとう。だったらハルにこれあげる。俺の大切な宝物!」

「あ、ありがとな、。トビよ、普通はそっちのミニカー渡すもんじゃねーの?」

「こっちはダメ!これは俺の家宝だから、家宝に付いてきた俺の宝物をあげる。」

「アハハハ!トビの将来が楽しみだよ。俺様にこんな仕打ちをした奴はトビが始めてだ。」



 ミニカーと一緒に入ってた小さなラムネをハルの手に置くと後で食べとくと言ってズボンのポケットにしまっていた。こんなやり取りを俺とハルがしている間、父さんとバンド仲間は少し離れた所で楽しそうに何か話していたからこの会話を知ってるのは2人だけだった。それを転校して来たばかりの宇佐木が知るはず無い。

 あり得ない、あり得ないって脳は分かってるのに涙が出る。だってずっと会いたかったんだ。俺の話を聞いて欲しかった。ハルだと分かって、なんで今頃会いに来たんだとか、他にもいっぱい聴きたい事があるのに涙が邪魔して声が出ない。


「なに泣いてんだよ、昔にも言っただろ。泣いてる男はカッコわりー。男だったら常にカッコ付けてろ。」


 ああ、ハルだ。容姿は全く違うのにその声と変わらない態度がハルだと言っている。泣きじゃくる俺をハルは昔のように頭をわしゃわしゃし始めた。そんな事されたら余計に泣き止めないのを分かっていて、わざとやってるんじゃ無いかと思ってしまう程、昔と全く変わらないハルが目の前にいた。


「ハルのバカ。」

「俺様はバカじゃない、天才だ。」

「勝手に死んだ。」

「ハハ、それはごめんなさい。」

「約束、覚えててくれて、ありがとう。」

「おう。あのギターまだ持っててくれたんだな。一曲聴かせてくんね?」

「・・・出来ない。もう、弾けない。」


 ハルは理由を聴かなかった。ただ俺が泣き止むまで隣に座り、ギターを嬉しそうに観ていた。時計が深夜1時を指した頃、落ち着いた俺を観てまたなと背中を向けて部屋を出て行こうとした。


「明日!明日も会えるんだよな?」


 俺はハルの背中を掴んで叫ぶ。昔と変わらない別れ方をするハルが急に居なくなってしまったあの日を思い出して、この背中を離したらもう2度と会えなくなるような気がして怖くなった。


「なんかこれデジャブだな。当たり前だろ。まだ俺は約束諦めてねーしな。」


 ニコニコ笑ってハルは自分の部屋に帰っていった。その顔にホッとして俺もベッドに入る。10年も前の約束を果たしに着たハルは宇佐木に取り憑いてる幽霊見たいなものだと考えるようにした。これに関してはもう原理は分からんから深く考えただけ無駄だろう。それになんであれ、ハルともう1度会えたんだ。俺はそれだけで十分なんだ。だがそれと同時に問題も発生してしまった。ハルとした約束。ハルはまだ諦めてないって言ってたが俺はその約束をもう果たすことが出来ないんだ。


 俺にはもう、ギターの音が聴こえないから。


 聴きたくない音は嫌ほど入ってくるのに、ギターの音だけが聴こえない。中学2の冬、初めて組んだバンドの初めてのライブでギターを弾く事も歌う事も出来ず、真っ白いステージと向けられる視線に耐えられず逃げ出した。

 それ以来、作曲家を辞めて音楽に2度と関わらないと決めた。

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