第5話 4月2日(3)

「聴いてくれ、リトルモンスター」


 君は僕が見つけたモンスター

 壊れないようにそっと頭をなでてあげよう

 小さな手に花を

 枯れないように愛してくれ!


 手を伸ばした先はいつも冷たい空気

 期待してる僕をあざ笑うように

 暗闇の中、いつまで走れば君に会えるかな?

 君は今も檻の中で泣いてるのかな?


 一つだけ願いが叶うならどうか僕に奇跡を下さ

 い。僕と同じ怪物をください。


 君は僕が見つけたモンスター

 壊れないようにそっと頭をなでてあげよう

 君が笑うから光が見える

 悲しかったのは僕の方だったんだ!


 何気ない仕草に安心する

 それが人間じゃない僕達の共通点

 走り回る君はまだ知らないんだ

 笑い過ぎる君はまだ分かってないんだ


 一つだけ願いが叶うならどうか僕に奇跡を下さ

 い。僕と同じ怪物をください。


 君は僕が見つけたモンスター

 壊れないように目と耳を塞いでしまいたい

 不安なのに期待してしまう

 自分の翼で飛び立つ真っ白な君に!


 君と会える日を

 どれだけ楽しみにしてただろう

 君に触れた手が

 どれだけ喜んでいただろう 

 嫌われるのが怖くて手放してしまった

 次はいつ会いに来てくれるかな?


 

 ギター1本。奏でる音はオーケストラ。歌う魔王は白馬に乗る。

 ライブ中、会場が静まる事は無かった。歓喜、悲鳴、いろんな音で溢れかえっていたのに、ハルが歌ったこの曲の時だけは誰も口を開く事すら出来なかった。苦しいのに楽しくてしょうがない、心臓は握られているのに笑えてくるような、不思議な気持ちになる曲だった。歌い終わるとハルが笑ってこっちを観た。


「俺すげぇーカッコいいだろ、トビも早くここまで来いよ。」


 そう言われた様な気がして、俺は静まりかえる会場に吠えた。


「すぐに行く!」


 会場の全員がびっくりした顔で俺を観てる、隣の父さんも慌てた様子でおろおろしてる中、ハルだけが笑ってた。今この場には10万人を超える人が集まっている、それでもこのひと時、一瞬は俺とハルだけの空間が出来ていた。ハルはマイクを通して一言だけ。


「待ってるぜ。」


 舞台の照明が消え、ハルが見えなくなった。次の瞬間、割れんばかりの歓声が会場に響いた。その後もライブは続きアンコールが2度行われて、熱気冷めやらぬままに幕が閉じた。

 2時間のライブは本当にあっという間で未だにハルの声が、バンドの音が耳の奥にこびり付いて離れない。人が出ていく会場の、光が落ちた舞台を俺はずっと見つめていた。今、目の前で起きたライブは夢じゃないと確認する様にじっと静かに見つめていると父さんが見かねてハルに会いに行こうと切り出してくれた。その言葉に小さく頷いて、父さんの背中を黙ってついて行いく。


「白飛、どうしたんだ?ライブ終わってからずっと黙ったままで、疲れたのか?」


 俺の顔色を伺うように聞いてくる父さんの声に首を振って否定した。ライブ終わりの裏方は笑顔で溢れかえっているりそりゃあそうだ、ライブは大成功だったし、ハルの新曲だって聴けたんだからな。そんな喜ぶ人の波を下を向いたまま掻き分けハルの楽屋へと向かう。


「失礼します。ハルさん、今日は呼んで頂いてありがとうございました。白飛も物凄く喜んでました。」

「おー。それは良かった。ん?トビ、どーしたんだ?俺様はカッコよかっただろー!」


 父さんが楽屋の扉を開くと首からタオルをさげ、飲み物を飲んでいた。俺達に気づくといつものニコニコした顔で出迎えてくれたが、俺は未だに下を向いたまま父さんの影に隠れている。


「トビどーした?腹でも痛いのか?」


 ハルの問いかけに首を振って否定する。


「ハル様を前に返事もしないなんていい度胸してんじゃねーか。そんな悪ガキにはわしゃわしゃの刑だ!」

「や、やめろ!」


 ハルは俺の頭を全力で掻き回す。流石の俺もハルに顔を向けて手を振り解いた。そこにはやっぱり笑顔のハルがいた。


「やっとこっち観たな。何があった?」

「笑わないで、聴いてくれる?」

「おお、どしたん?」

「僕もバンドになる。」

「アハハッ!バンドじゃなくてバンドマンだろ!」

「笑わないって言った!」

「ごめんごめん。つかそんなの当たり前だろ。トビは一生音楽する人生しか送れないっての。お前は俺と同じ、ミューズに好かれ過ぎてるからな、逃げらんねーよ。」


 ハルがもっと驚いてくれるかと思っていた。何を当たり前の事を言ってるんだと逆に不思議がられ、俺の方が驚いた。その時、ハルに出会ったのは運命だと確信した。俺がバンドマンになる事も音楽に捧げる人生だと、ハルが俺に伝えにやってきたんだ。次は俺がハルの運命になる番なんだ、その為の次に会う約束をしよう。


「ぼ、ぼくが、俺が!バンドマンになったらハルの為の曲を書く。だからハルにその曲を歌ってほしい!」

「あ、、。音が、する。」

「ハル?」


 音なんてどこにも聴こえない。俺はキョロキョロ辺りに耳を済ませてみるがやっぱり聴こえなかった。ハルは固まったまま動かない。ハルを心配してバンド仲間も不思議そうに近づいてきた。


「ハル?」

「え、あ、なんでもない。あーいいぜ。そうだなー、10年経ったらお前の作った曲に歌詞つけて俺が歌ってやるよ。それまでに一生懸命ギター練習しとけ。」

「約束だからな!」

「ああ、楽しみにしてんよ。」


 真剣な俺の叫びに始めはびっくりしたように見えたハルだったが、すぐに俺の頭に手を置き瞳にいっぱいの涙を溜めて笑って答えた。その後は、この曲のあそこが良かったとかハルが魔王に見えた事とかいっぱい話して、夜ご飯を一緒に食べた。


「ハル!サイン頂戴!」


 夜ご飯兼ライブの打ち上げ会場はバンド仲間の他にも沢山の人がいて、ハルの所にはサインを求めて色んな人が近づいて来ていた。ハルはそれに快く応じていて、ライブにすっかり夢中になって忘れていた俺もリュックから色紙を取り出してハルにサインをねだった。


「いいけど、トビのサインも俺にくれ。」


 真顔で返事を返して来たハルの意味が分からなかった。だって一般人のしかも6歳の子供にサインをねだる大人がどこにいるだろうか?


「サインなんて持ってないよ。」

「今考えて作れ。じゃなきゃ俺のサインは渡さん!」


 娘の結婚に反対する頑固親父みたいな事を言い始めたハルは、急に言われても考えられないと抗議する俺の声など一切聴いてくれる筈もなく、本当にサインを書いてくれなかった。ハルのサインを貰う為、その場にあったちり紙とペンで一生懸命に自分のサインを考える俺の隣でハルはずっとニヤニヤしている。そんなハルにイラついたのもあって半ばヤケクソになり、何の捻りもない『とがはくと』とひらがなを縦一列に並べてやった。


「俺様は色紙なんて持ってないからな、このTシャツに書いてくれ。」


 ハルは自分の着ているTシャツをピンと引っ張り太いサインペンを俺に渡して来た。そんなハルに少し報復を考えた俺はTシャツの1番上から下まで使って、汚い文字を大きく描いてあげた。それを見ていた周りの大人達が大笑いして、ハルはなんか照れているから俺はスッキリした笑顔でハルに色紙を手渡す。

 ちょっとした悪戯心でやってしまった事をすぐに後悔した。なんでって、ハルは子供より子供だったから。周りの大人やバンド仲間にもからかわれたハルが拗ねたのだ。


「トビのバーーカ!お前にはサインやらん!」 


 ハルが拗ねると長い。そして言い出したら聴かない。この後、俺が何度慰めてもハルは本当にサインをくれなかった。そんなハルの機嫌が治ったのは意外とすぐの事で、大人に呼ばれたハルと一緒にカラオケなんかして盛り上がったこともあり、子供の俺はサインの事なんて頭から脱走させてしまった。

 ハルも俺のサイン入りのTシャツを着たまま終始ニコニコ笑っていた。夜も更け、子供の俺を心配した父さんが俺のハルの元にやってきてそろそろ帰ろうと提案してきた。帰りたくはないが子供の俺が睡魔に勝てる剣も魔法も持っている筈もなく、ホテルへと強制送還される事になった。


「ハル、明日も会えるよね。」

「あー見送りな。行ってやるよ。」

「ハル、約束絶対だからね。」

「はいはい。あ、そうだ。トビにいい事を教えてやるよ。」

「なに?」

「伝えたい事、守りたいもん、自分の全部、曲に変えて叫べ。それが音を出す人間の使命だ。カッコいいだろ?」


 その日の事を、ハルの表情を俺は一生忘れる事はないだろう。

 翌日、ライブの興奮が忘れられてないまま俺は日本に向かう飛行機に乗り込んだ。見送りにはハルを含めたバンド仲間がみんな来てくれて嬉しいプレゼントまで貰った。


「トビ、これやるよ。次に会う為の目印だ。大事にしろよ。」


 渡されたのはスタジオでハルと一緒に使っていたギターだった。ボディにはハルのサインが書かれている。


「いいの?」


 このギターはハルがとても大事にしていたのを知っている。嬉しくはあるが、流石に貰うのは躊躇してしまう。


「もちろん。トビに使ってて欲しい。」

「分かった!ありがとう。だったらハルにこれあげる。俺の大切な宝物!」

「あ、ありがとな、。」


 大切なギターをくれたハルに俺もお返しとして当時1番大切にしていたある物を渡した。

 ハルと別れるのは寂しいが次に会う約束が出来たから泣かずにいられた。最後にハルにムギュッと強く強く抱きついてお別れをした。ハルはいつものようにまたなとだけ言って背を向け去って行った。その姿がハルを見る最後になるとは知らない俺はその後ろ姿が見えなくなるまで手を振り続けた。


 それから半年経ったある雨の日、突然家の電話が鳴り響き、テレビではどのチャンネルでも同じような追悼番組が流れた。


 ハルは自殺だった。

 

 葬式に呼ばれた俺はハルが死んだって言われもそう簡単には受け入れらる訳がなかった。実感の湧かないままに葬式は滞りなく行われる。


 意味が分からない。ハルが死んだ?


 ただ寝てるだけに決まってる。棺桶の中のハルは俺が声を掛ければいつもみたいにニコニコ笑って抱きしめてくれるに違いないんだ。いつになったらハルは起きるんだろう。葬式中は退屈で、周りの大人は皆んな何故か泣いていた。バンド仲間も両親も皆、なんで泣いてるの?何か悲しい事があったの?そう声を掛けたいのに母さんが喋っちゃダメって言うからずっと棺桶を見つめていた。ハルの葬式で俺が涙を流す事は無かった。


「ハルはいつ起きるの?」


 葬式が終わった後、俺は堪らずバンド仲間だったケンに声を掛けた。俺のその言葉はケンを苦しめたに違いなかったのに、ケンは俺に視線を合わせ、両手を強く握り締めると死にそうな声で言葉を選びながら説明してくれた。


「白飛、よく聴いて欲しい。ちゃんと目を開けて、耳を塞がず、ちゃんと聴いて欲しい。ハルとは、もう2度と、会えないんだ。」

「なんで?俺、ハルと約束したんだ!」


 ケンに言われてようやく涙がこみ上げてきた。そんな俺を観てケンも瞳から大粒の涙がボロボロと溢す。


「ハルは、白飛とした約束、すげぇーっ楽しみにしてた。あのライブで歌った曲だって、白飛の為に作ってた。あの日からハルは前より生き生きしてたし、時間が長く感じるって口癖になってたぐらいだ。」

「だったらなんで会えないの?ハルに会いたいよ。」

「俺だって、会いたい。会って思いっきり殴ってやりたい。どんだけ、心配させるんだって。でも、、もう出来ないんだ。今日でハルに会うのは最後、なんだ。白飛、俺と一緒にちゃんとハルにお別れを言って欲しい。」


 死にそうな顔をしたケンが真剣に頼んでくるから、認めるしか無かった。そこからはわんわん泣き散らして結局、ちゃんとハルにお別れが言えなかった。言葉なんて出なくってずっと父さんに抱っこされて、気がついた時には家に帰ってきてしまっていた。

 ハルと約束を交わした日から今日で丁度、10年。俺にも〝色々〟な変化があり、音楽から離れた生活に染まっていた。

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