第1話 4月1日

2019年 4月1日(月曜日)


 ここは神奈川県の端っこに位置する私立櫻川国兎しりつさくらがわくにと高等学校。花咲く門をくぐる俺は今日から二年になる。退屈な始業式、退屈なクラス。二年になってからも変わらない。俺の見る景色はいつも白黒だ。只、機械のように毎日を淡々と過ごして行く人生。退屈だ。


「白飛ー。今年も同じクラスだ。2年B組だってさー。」


 俺の幼馴染み、佐藤龍斗さとうりゅうとが叫びながら近づいてくる。地元から大分離れたこの高校で唯一、同じ小学校から一緒だった彼は何かとお節介を焼きたがる。いい奴なのは確かなんだが、こいつのコミュ力の高さが鬱陶しい。

 低音なのに何処か心地の良い声も相まって、周りにいる無数の声を惹きつける。今だって近づいてくるのは龍斗とその取り巻きが一緒だ。正直関わりたくない俺は、彼を無視して教室に向かった。


「あいつ、感じ悪くない?」

「龍斗がせっかく話かけてやってんのに。」

「白飛はいつもあんな感じだよ。それに目つきは怖いけどいい奴なんだ。嫌わないでやって?」

「龍斗はいい奴だなー。」

「身長高くてイケメンって部類に入ると思うけどさ、あいつ怖いんだよな。俺に近づくなオーラが見えるというか。」

「仕方ないって、実際そう思ってんだろ?」


 後ろから龍斗とその取り巻きの声がする。学校が同じだけの他人の言葉なんて気にしない、別にどう思われようが関係ない、他人の声に傷付くだけ無駄だと自分に言い聞かす。


「早く卒業して働きてー。」


 俺はスクールカーストだと底辺にいるような人間だ。学校を通り過ぎる風に過ぎない。居ても居なくても変わらない、こんな世界から早く抜け出したい。夢もなりたい職業がある訳でも無いけど、こんな学校に居るよりかは幾分か楽になるだろ。

 俺はなんの根拠もない思考を働かせてながらクラスの席に着いた。間も無く、担任と思われる大人と見たことのない顔が入ってきた。


「皆、おはよう。今日から2年B組の担任になる長谷川忠はせがわただしだ。宜しくな。」


 長谷川忠、体育の担当で野球部の顧問もしていて、絵に書いた様な熱血人間だ。黒い髪をスポーツ刈りにして褐色に焼けた健康的な肌、縦にも横にもでかい。太っているんじゃなくて筋肉が付きすぎて全体的にうるさい。

 服装なんて半袖のTシャツにジャージのズボンを履いたいかにも感が強すぎて引く。Tシャツには真ん中にでっかく「ド根性」と達筆で書かれている。漫画の読み過ぎだろ、俺には良さが1つも理解できない。体育教師の制服は一体いつからジャージになったんだ?


「2年になったお前らには沢山の行事が待っているぞ。俺の座右の銘は、常に燃えろだ。何事にも全力を注ぐって意味で俺が作った。俺が担任になった以上、お前らにも全力で何かを成し遂げて欲しいと思っている。俺もそんなお前らのサポートを全力でする。頑張っていこーな!」


 熱い。声にも熱を乗せてやがる。鬱陶しいな。俺の一番嫌いなタイプだ。このクラスはハズレだな。担任に気づかれない程度のため息を溢した。


「ハッシー熱苦しいって!」


 生徒の誰かが声を上げると一気に笑いで辺りが包まれた。ハッシーって熱血溢れる担任には可愛すぎるニックネームじゃないか?口が裂けてもそんな事言わないけど。


「ハッシー、隣の誰?」


 クラス皆が気になっている質問だろう。担任の横に立っている男は転校生に違いない。身長は俺と同じくらいだろうか、イケメンって程では無いが可愛い顔をしてると思う。何というか、小型犬みたいな感じ?チワワとかポメラニアンとか、1人じゃ生きていけなさそうな愛玩動物っぽい。


「今日からこの学校にやってきた転校生で、名前は宇佐木春樺うさぎはるかだ。皆仲良くしてやってくれ。」


 担任が説明し終えると転校生はペコリと頭を下げてから笑った。何という子犬感。クラスの女子がざわざわしている。あれはモテるタイプの奴だ。関わらない様にしよう。注目を集める彼から視線を外した。


「宇佐木なんだが、その、喋れないんだ。その事についてはあまり詮索しない様にな。会話は筆記になると思う。慣れるまでは大変だと思うが協力してやってくれ。」


 悲劇のヒロインかよ。宇佐木の第一印象はこれだ。女子は私が守ってあげなくちゃとか、獲物を狙う狩人と化し始めている。俺も喋れなくなりたい。そうすれば何も言われずに済むのに。彼を見る目は様々。哀れみ、嫉妬、困惑、期待、疑惑、、。

 俺は嫉妬だ。変われるもんなら俺が変わってやりたいと本気で思う。担任は宇佐木を一番窓際の三列目に座らせて話を進める。


「転校生もきた事だしお互い知って置いた方がいいだろう。出席番号一番から自己紹介しろ。」


 最悪だ。なんでわざわざ転校生の為に自己紹介なんぞしないといけないんだ。クラスの半分は同じ考えなのであろう。不満を乗せた声が漏れている。担任が急かすと順番に立ち上がって声を出していく。


「佐藤龍斗です。好きな科目は体育で、嫌いな科目は英語。特技は一応ドラム叩けます。8人兄弟の長男で妹の幼稚園の送り迎えとかやってるので部活には入ってませんが、暇な時は助っ人で入れます。気軽に龍斗って呼んで下さい。」


 コミュ力高男め、女子は噛み付く様に視線を送り男子は笑って見ている。昔からそうだが、なんで彼が俺に関わろうとするのかが分からない。俺と違って友達も多いし生徒のみならず、先生からの人望だって厚い。彼は俺に話しかけるのが慈善活動の一種とでも思っているに違いない。そんなところも憎らしいが、残念ながら今のところ俺が龍斗に勝てる所が1つもない。

 長身の健康体で爽やかな笑顔、スポーツ神経抜群、恋愛小説に出てくるの王子様みたいな彼に嫌われる要素は何処にあるのか教えて欲しい。このクラスのスクールカースト上位は彼と彼の取り巻きになるのだろう。

 自己紹介とは、見えないカーストを作る試験なんだ。この結果で第一回のスクールカーストが決まる。彼は見事、この試験に一位合格を果たすだろう。そんな事を考えていると俺の一つ前の椅子が動いた。とうとう俺に試験が回ってきてしまった。


杜賀白飛とがはくと。」


 俺が名前を名乗ると横の方で椅子がガタンと音を立てて倒れた。一瞬、俺の椅子が倒れたのかとも思って後ろを振り向いたがが違った。椅子を倒して立っていたのは転校生だ。驚いた顔をしている。俺は大きなため息を一つ吐き出した。

 はぁ、。この反応には慣れている。俺は未だに立ってこちらを見ている転校生を他所に話を続けた。


「好きな科目はありません。嫌いな科目は音楽です。よろしく。」


 短い自己紹介を終えて席に着いた。


「宇佐木ー。お前も座れ。」


 担任が注意をすると宇佐木はまた、ペコリと頭を下げて席に着いた。その後も自己紹介は続き、出席番号30番が座ってやっと終わった。今日は始業式と連絡事項だけの登校。昼前のチャイムが鳴る頃には帰る支度を始めた。

 担任が出て行ったクラスには大きな集団が二つ出来ている。一つは龍斗を中心とした男子グループ。もう一つは転校生を囲む女子達だ。このどちらにも属さない俺は早々に荷物を纏めて帰る支度を進めた。質問攻めの転校生は自前のノートにひたすら答えを書き出している。


「肉食女子は嫌われるぞー。」


 龍斗のグループの一人が女子に向かって声を飛ばす。


「嫌味しか言わない男子は眼中にも入らないわ。」


 女子も負けじと応戦を開始する。一触即発状態の両者の中に割って入るのはスクールカースト一位の龍斗。


「俺達もさ、転校生と話したいんだ。入れてくれる?」


 そのたった一声で二つあったグループは一つになる。なんと不気味な光景だろうか。俺は鞄を持って席をたった。クラスを出る時に転校生と目が合ったが、顔色を伺うような瞳で笑っていた。そんな彼を無視して学校を出た。


 学校から家までは歩いて15分。25階建ての10階に部屋を借りている。エレベーターを降りて左に曲がった突き当たりの部屋。1002号室の鍵を開けて中に入る。部屋の電気は暗いまま、人気は何処にも感じない。当たり前だ。2LDKの部屋に一人暮らししている。一人暮らしにしては持て余し過ぎる大きさだが、広いに越した事は無い。

 二つある部屋は全く使っておらず、基本はリビングダイニングを拠点に動いている。ベッドも一応部屋にあるが、そこまで歩くのが面倒なのでリビングのソファーで代用する。

 家の電気をつけ、ソファーに倒れ込む。春休みは一歩も外に出ていなかったからか、久しぶりの学校に疲れてしまった。学校と言うよりかは、音に疲れたんだ。この部屋は良い。世界とは切り離された俺だけの無音の世界。世界は音で溢れ過ぎている。

 俺は音が嫌いだ。空気を斬り裂く雑音の雨がずっと降っているみたいで。特に学校なんて毎日が嵐だ。笑い声、泣き声、怒鳴り声、悲鳴。一日いるだけで吐き気に襲われる。


 中学生だった頃、高校には進学しないと両親に言ったことがあった。その日から毎日、家の中に母親の泣き声が降り続け、七日経つ頃には進学すると自分から言っていた。将来より目先の雑音をどうしても消したかった。その代わり、高校は地元から離れた学校で一人暮らしをするとこを了承してもらえた。今思うとこれで良かったのかも知れない。学校に居る間さえ我慢すれば、俺は楽園に帰る事が出来るからな。

 マンションの隣にあるコンビニで買ってきた弁当をテーブルに置く。箸を割る音、弁当を開ける音。こんな些細な音が嫌で仕方がない。全ての音を消す事なんて不可能だと分かっているがどうしても気になってしまう。そそくさと食事を済ませるとまた、ソファーに倒れ込んだ。そして俺は楽園を楽しむんだ。頭を空っぽにして、真っ暗な何も聞こえない、壁に覆われた俺だけの楽園。

 もう二度と、音、音楽には関わらない。

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