春、高く飛べ!

穂村ミシイ

第一章 ハル

プロローグ

 

 『10年経ったらお前の作った曲に歌詞つけて俺が歌ってやるよ。それまでに一生懸命ギター練習しとけよ。』

 

 俺は10年前、ある男と約束した。今日で丁度その10年が経つ。でもこの約束は絶対に守られる事はない。なんでかって言うと、その男は約束をした半年後、あっさりと死んでしまったから。

 その男の名はハル。世界的に人気のロックバンドのボーカルを務めていた彼は、自分大好きで、自由奔放、人の話なんて一切聴かないような奴だった。当時子供だった俺よりも子供のような性格で人たらしでもあった。もう二度と会う事は無いだろう、そう思っていた。

 現実は小説より奇なりから書き出される物語ってよくあるけど、まさか自分に当てはまる日がくるとは思っても見なかった。

 

 俺は今、死んだ筈のハルに会っている。



 2019年 4月2日(火曜日)


「やっと起きた。久しぶりだな、トビ。」


 5分咲きの桜はピンクより茶色が多いように感じられる。半分ほど開けられた保健室の窓からは冷たい風に乗せて春がスタートダッシュを決めたと合図が送られて来ていた。寝ていた俺の真横にぶてぶてしく笑って座っているのは、男は昨日きた転校生。

 彼の名前は宇佐木春樺うさぎはるか。俺の知ってるハルとは別人だ。でも、俺をトビと呼ぶのはたった1人、ハルだけだったんだ。なんで昨日会ったばかりのこの男がその名前を知っている?


「お前、誰だ。」 

「ハルに決まってんだろ。他に誰がいんだ?」

「ハルは10年前に死んだ!それにお前は昨日学校に転校してきたばかりだろ。」

「あー、そうだった。今はハルカだった。でも中身はハルだ。」

「意味分かんねーよ!」


 彼はニコニコ笑って俺を見つめている。そんな彼の後ろの窓から見える桜の木が風で少ない花びらを落とすまいと必死な今日この頃。

 

 俺の奇妙なノンフィクションが始まった。

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