第11話「ミノタウロス顕現」

 その次の日もまた舞香と共にエネミーを倒しつつ周囲の確認を続ける。

 こうして倒していると明らかに辺りにいるエネミーの数が明確に減っている。ただだからと言ってエネミーの数が有限とはまだ限らない。例えば、単純に補充される速度が遅いだけの可能性もあるし、他の区だとまた状況が変わる可能性もあるからだ。


『ブゥォオッ!』


 オークファイターが大声を上げて両刃の斧を振り上げる。例の加速系の能力を使って一気に詰めてからそれを振り落ろすつもりなのだろうがそうはいかない。

 まるで鉱石のような鱗に覆われた赤い触手が横手から強襲する。それに反応できていないオークファイターは身体をくの字に曲げて吹き飛んでいきそれっきり立ち上がらなかった。


 舞香を眷属にした事によって変化のあった俺の能力。その中でも大きなものが【三色の柱】の変化だ。

 能力名が【三食の柱】から【混沌の柱】へと変わり、赤色と黒色の触手は鱗に覆われた。この鱗はただの鱗ではなく【混沌の鱗】というもので、攻撃力や防御力が増すだけでなくあらゆるものの力を奪うという効力がある。つまり赤色の場合は相手の防御力を減退させ、黒色の場合は相手の攻撃力を減退させる。

 しかもこの【混沌の鱗】の凄いところは同じところを攻撃すれば効果が重複するところにある。例えばバリアみたいな能力で防御をしているとして今の赤触手で同じところを攻撃すると段々と効果が弱くなって突破しやすくなるのだ。

 

 更に【侵食する澱み】も【混沌の闇】に変化しより強力になったらしい。元々【侵食する澱み】でかかる状態異常には麻痺系、毒系、一時的に身体能力を低下させる衰弱系があったのだがそれに加えて一時的に能力の性能を低下させる呪い系、混乱系が加わった。

 そして、出せる触手の数も一気に三本追加とかなりやばい。これで赤は八本の黒は十本だ。戦闘中であっても常に全部の触手を出してうねうねさせているわけではないが、もしやってみたら完全にダーク系に出てくる敵な気がする。その上白触手で女の子でも絡めとっていればもう魔王としてやっていける絵面になりそうだ。


「何をそんなに真剣に悩んでいるんですか?」

「いや……。全部の触手を出して舞香を白触手で絡めとると魔王みたいになりそうだなぁと思って」

「やってみたいのですか? 私は構いませんけど」


 構わんのかい。……正直、ちょっと興味はある。あるけど、流石に誰もいないとは言え街中でやるのはなぁ。


「……今度頼むかもしれない」

「はい。いつでも仰って頂いて大丈夫ですから」


 何というかここまで何でも受け入れて貰えるというのも逆に怖いものだ。眷属だから勘繰らなくて済むがそうでなければ色々と疑っていたかもしれない。

 そうして愛光園の人達が避難する日はすぐにやって来た。




 その日、俺と舞香は朝早くに起きて朝食を食べた後は最後の偵察をしに外にいき、安全を確かめてから三角さん達が来る一時間半前に愛光園へと戻った。

 今や既に舞香を眷属にしているが、元々は愛光園の人達の避難を手伝うのが条件だったのだ。だから、そこはキチンと最後までやっておきたい。


「荷物はこれで全部ですか?」

「えーと……はい、そうですね」

「分かりました。おい、この荷物を運べ」


 三角さん達は午前十一時の十分前にキッチリと愛光円の前へとやって来て、今は荷物の運び出しをしているところだ。


「如月君」

「あ、どうも、三角さん」


 先ほどまで隊員の人へと指示を出していた三角さんがスーツを着た眼鏡の男性と共に近寄って来た。どうやら指示を出し終えたようだ。


「ここまで来るのに殆どエネミーが見当たらなかったのだが、もしかして君がやったのかな?」

「俺一人じゃなくてこちらにいる舞香と一緒にですけどね」

「ほう……」

「初めまして、櫻羽舞香と申します」


 うん、やはり舞香のお辞儀は綺麗だな。ただ、舞香は俺の少し斜め後ろに控えるようにいるのでそのお辞儀があまり視界に入れれないのが残念だ。

 ただまぁ、あまり舞香を見ると言うのも良くないな。正直、彼女の肌色を隅々まで見たせいでその服の中を想像してしまって頭がピンクになりがちだ。特に舞香の場合、スタイルが良いので余計に。


「ふむ……。獣人系統の能力者か」


 舞香の頭に生えてる耳と尻尾を見て三角さんが納得したように頷いている。


「もしかしてそちらにも似たような能力を持ってる人がいたり?」

「うむ。私が知っている限りでも何人かいるね」


 なるほど。能力者がどれくらいいるのか知らないけどもしかして比較的多いタイプの能力なのかな。とは言え、眷属である舞香よりも強い人はいないだろうけど。


「それでそちらは?」

「あぁ、こちらは現座の都心と西部の取り纏めをしている議会議員のお一人の畑中さんだ」

「初めまして。畑中真と申します」


 如何にもビジネスマンのような挨拶。今回、三角さんが連れてきている人達は皆が皆、自衛隊らしき人ばかりで明らかにこの畑中さんだけが浮いている。それに何よりこの人、青い靄が出ているんだよな。出ているのを確認したからもう今は出ていないけど。

 初めて会う<観測者の眷属>が協力関係にある人なのは幸運と言って良いだろう。


「そちらからも青い靄が確認できていますね?」

「ええ、勿論」


 頷いて肯定する。少しの無言の時間が流れるが、その間を引き裂くようにドンッと言う音が連続で響いた。

 【超感覚】で捉えていたエネミーの反応が消えた事から、恐らくは誰かがエネミーを倒す為に攻撃した音なのだろう。ただ、銃声のように聞こえたけど気のせいだろうか。


「今のは?」

「隊員がゾンビ共を始末したのだろう」

「銃のように聞こえましたけど、銃で戦っているんですか?」


 三角さんが答えてくれたのでそのまま質問もしてしまう。ディトアグルの話だと銃が通じるのは恐らくゾンビくらいの筈だけど。


「問題はありませんよ。彼等の銃は能力による物ですから」


 しかし、俺の問いに対して答たのは畑中さんだ。能力による物? つまり舞香みたいに能力で出した銃って事だろうか。彼等が持っている銃はどれも同じ形をしているけどアサルトライフル型は皆、同じ形をした物が出てくるのか?

 そんな風に疑問に思っていると、俺がアサルトライフルを見ている事に気付いたのか再び畑中さんが口を開いた。


「同じ形をしているのが不思議ですか? あれ等は全て同じ能力から作り出されたものなので同じ形をしているのですよ」

「同じ能力から?」

「ええ。与党の政治家である赤井治先生はご存知ですか?」

「まぁ、一応はテレビで見た事くらいは」


 赤井治。現与党に所属している現役の政治家だ。

 四十代と比較的若い政治家だが、影響力があり政治家としてもそれなりに有名だが、美人の女秘書二人をいつも連れている事でも有名だ。

 あくまでも女秘書とは仕事上の関係としているが、週刊誌やネットなんかでは愛人だと噂をされていたりする。


「赤井治先生もまた私と同じグループの眷属であり、そして彼こそが私達のリーダーなのです。あの銃は先生の能力によって彼等に与えられた物ですよ」

「へぇ、なるほど?」


 そう言えばディトアグルは大体は複数人を眷属にするって言っていたな。

 それにしても武器を他人に与える能力か。もしかしたら直接的な戦闘力よりも支援力が高い能力なのかもしれない。最初から複数人でチームを組めるなら、一人はそう言う能力持ちがいるのは無しではない筈だ。


 それにしても気になる事がある。何となく畑中さんの方は俺達が協力関係にある<観測者の眷属>である事を最初から分かっていたような、そんな反応に見えた。

 だが、バリケードのところにはこの人や青い靄を出している人はいなかったし、一体どこで知ったんだ?


「畑中さん達は、もしかして俺達が眷属だって最初から知ってました?」

「そうですね。そこについては私から話すよりも向こうで先生からお聞きした方が手っ取り早いでしょう。先生は今後の事も含めてお二人とお話をしたいと仰っていましたので」

「あぁ、まぁ。確かに話が長くなってしまいそうですしね」


 流石にここでする話でもないか。


「ただ一つだけご忠告を。今回の道程は簡単にはいかないようです。特に如月さんの身にかなりの危険が降りかかるとの事ですのでご注意下さい」


 人差し指を立ててそう言う畑中さんの目は真剣なものだった。まるで予言のような言い方だが恐らくはこれも能力によるものか。

 危険。一体、何があると言うのだろうか。折角の忠告を無駄にするわけにはいかない。向こうに着くまで全力で警戒をする事にしよう。




 ドンドンドンッと規則正しい発射音を響かせて何かしらのエネルギーの塊のようなものがオークへと殺到する。

 例のアサルトライフルはオーク相手だと一発で倒すというわけにはいかないようだが、連射が出来ると言うのと遠距離から撃てるので同じ敵に攻撃を集中させ易い為に数を揃えれてるならばオークも特に問題にはならないようだ。

 オークファイタークラスとなるとまた話は変わるのかもしれないが、そっちは俺や舞香が対処してるのでやはり問題無し。


「予定よりも順調だな」

「はい。エネミーの数自体が予想よりも少なく、あの鎧を着たオークの処理も手こずっていない為かと思われます。既に行程は半分を過ぎましたのでこのままならば一時間は短縮されるでしょう」

「うむ……」


 三角さんが誰かとそんな会話をしているのが聞こえる。確かにここまでは順調に来ている。しかし、畑中さんの忠告の件がある。恐らく何かがある筈だ。

 現に三角さんも難しい表情のままだ。あの人もきっと畑中さんから聞いているのだろう。


「っ!?」


 何だっ!? 【超感覚】が今までにない程危険を伝えてくるっ。

 すると、突然どこからともなく四方八方から黒い靄が俺達から少し離れたところに集い始め、段々と巨大な球体を成していく。


「舞香」

「はい」


 俺の眷属だからなのか分からないが、どうやら舞香にもあれは見えているみたいだな。鋭い視線を集う黒い靄へと向けている。

 三角さん達への指示は畑中さんがしてくれているみたいだし、お任せしよう。どの道、あれの対処は俺達じゃないと無理だ。

 黒い靄が集うのが止まったかと思えば、その球体の中から何かの腕が突き破って出て来た。そして、それが合図だったかのように黒い靄が衝撃波と共に吹き飛んだ。

 赤茶色の肌。側頭部から前に迫り出した白い牛角。牛頭人身の姿を持つ怪物。ポセイドンに呪われしその怪物の名はミノタウロス。


 ただ、そこにあるだけで明らかに空気が重くなった。それ程の威容を誇る怪物。間違いない、あれが畑中さんの警告の原因だな。

 あいつから感じつプレッシャーは生半可なものじゃない。【超感覚】も戦うなと告げるように危険をずっと知らせて来ている。だけど、逃げるわけにはいかない。<観測者の眷属>以外じゃそもそもアレは戦いにすらならないだろう。


「お供します」


 俺の眷属となっている今、きっと舞香にもミノタウロスの脅威は伝わっている筈だ。それでも尚、舞香は迷う素振りなど見せずに俺と共に前を向いてくれる。一歩を踏み出してくれる。ならばこそ、行こうか。

 だが、その前にちょっと畑中さんに伝えて来よう。


「畑中さん」

「分かっています。愛光園の人達はこちらに任せて下さい」


 【柱の道】で畑中さんの傍まで瞬時に移動して声をかけると、直ぐにそう返って来た。こちらの意図を直ぐにくみ取ってくれるというのは楽で良いな。

 愛光園の人達の方へと一瞬視線を向けると、不安そうな顔を誰もがしていた。普通の人があんな化け物を見ればそうもなるだろうな。


「頼みます」

「よろしくお願い致します」


 舞香と二人でそう言ってから、ミノタウロスの前方へと跳躍する。幸いな事にこいつはどうも先程からずっと俺を見ている。向こうも用があるのは俺と言う事なのだろうか。


『グルゥウウウ』


 それはただの唸り声。だけど、まるで軽い地響きのようにさえ感じられる。

 ミノタウロスが虚空に手をかざせばそこに現れるのはあまりにも巨大な大金槌。先端に棘がついている事でただただ、人を殺傷する為だけの武器だと主張している。

 そして、唸り声に呼応するようにしてミノタウロスの影からは三体のオークファイターが現れた。……これはもしかして、召喚のような能力があるのか? 厄介だな。

 しかもこの三体のオークファイターからは今まで戦った個体よりも大きな力を感じる。できれば向こうには行かせたくないな。


「あのオークファイターは任せて良い?」

「分かりました。修司様、ご武運を」

「舞香も気を付けてね」

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