第10話「狐獣人」
あれから一時間半。初めての事で流石にちょっと色々とやり過ぎた感はある。
白い触手まで総動員して味わうところなんてないと言う程に味わったけど、そのお陰で櫻羽さんが途中で力尽きてしまった。とは言え、目的そのものはちゃんと果たしたので問題はない。
因みに一時間半の内、三十分は櫻羽さんの休憩時間である。本当にやり過ぎて済みません。
「凄い……」
ベッドの上で何も纏わないままに呆然としている櫻羽さん。恐らく自分の身に宿っている力の大きさを感じてそうなっているのだろう。【超感覚】が伝えてくる存在感の大きさは先程までとは一線を画していた。
やはり眷属になると能力者だった時よりも力がかなり増すようだ。そして、それは俺もまた同様だ。
自分の中にそれまでとは違う何かを感じる。それは目の前にいる櫻羽さんに近い何かだ。
位階は上がっていない筈なのに、あのオークファイターを倒した時よりも遙かに大きな力を得たという実感がある。能力の位階が上がったというよりも俺という存在そのものがレベルが増したような、そんな感覚だ。
なるほど。確かにこれは眷属を増やせるだけ増やした方が強くなれるだろうな。ただ、多分ここまでの効果があるのは櫻羽さんとの相性が良いからだろう。つまり誰でも良いというわけでもない筈だ。とりあえずは相性が良い人がいたら眷属化を狙うという事で良いだろう。
「櫻羽さん」
「舞香です」
「え?」
「舞香と呼んでください。さん付けもいりません。だって、今より如月さんが私の主なのですから」
こちらを振り向いている櫻羽さんの表情は真剣なもの。本当にそう思っているのが分かる。
「お話によると眷属は増やせるならばできるだけ増やした方が良いのですよね?」
「うん、そうだね」
「それならば最初が肝心だと思います。これからの事を考えれば如月さんを主とした主従関係は前提としておくべきです。一番良くないのは誰が主体なのかが明確になっていない事ですから」
俺達は軍人でも何でもないただの一般市民だった人間だ。だけど、今はもう違う。これからはエネミーと呼んでいる化け物や能力を得た人間相手に殺し合いをしなければならない。だから意思統一は必要だと櫻羽さんは言っているのだ。
「幸いにして眷属をこのやり方で作るならばやり易いとは思います」
「どうして?」
「女としての喜びを与えられて眷属化した事により、私の全てが如月さんを主だと認めているんです」
胸の前で手を合わせ幸せそうに呟く。
「ですが、だからこそ周囲に知らしめる為に主従関係は明確にしておくべきです」
ここまで拘るのは眷属になったからこそだろうか。でも、特に反対する理由は俺にはない。
「分かった」
「私の方は何と呼ぶのが良いでしょうか? ご主人様……主様……旦那様……」
舞香が呟く内容に心惹かれないかと言うと嘘になる。ご主人様とか言われてみたさはある。けど、人前で言われるとどうにも気恥ずかしさが上回りそうな気がするんだよなぁ。
「名前で良くない?」
「ふふ、修司様がそうご希望でしたらそのようにお呼びしましょう」
向けられる笑顔は相変わらず柔らかい。柔らかいけどどこか今までと違う気がする。何と言うか艶のようなものが増えたような気がするのだ。
「こほん。とりあえず、舞香。互いに軽くシャワーを浴びて出る事にしようか。眷属化した舞香の能力のテストもしたいしね」
「分かりました」
身支度を済ませてからホテルから出てくると、都合良くオークを発見する事が出来た。
「オークが二体か。じゃあ任せるから今の舞香の力を見せて欲しい」
「お任せください」
そう言ってグレイブを一回転させるとタンとステップを踏んでから、一気に加速した。
『っ!?』
オーク達が驚愕の表情を残したまま上半身が落ちて行く。炎の揺らめきを纏ったグレイブが二体纏めて横に真っ二つにしたのだ。
眷属になる前と比べてあまりにも速い。間違いなくあのオークファイターが能力による出した速さを上回っているぞ。
それにグレイブが炎のようなものを纏っているのも恐らくは能力によるものなのだろう。
「オーク程度では手応えがあまりありませんね」
「こりゃ随分と強くなったなねぇ。その様子だと多分オークファイターも相手にはならないんじゃない?」
「そうかもしれません」
「舞香の能力ってどういう感じなの?」
獣耳と尻尾から察するに肉体が獣に近づいてそうなのは想像できるけど。
「はい。まず根底を成しているのは【狐獣人】という能力です。獣の因子を発現させる能力で、これにより身体能力が上がり五感が鋭くなったりしています」
へぇ、【狐獣人】って事は頭の耳と尻尾って狐のものだったのか。ふさふさした尻尾から猫ではなさそうだなぁとは思っていたけど。
「その能力の名前からすると耳や尻尾が生えたのは原因はそれか」
「そのようです。そしてこの【狐獣人】に付随しているのが【グレイブ生成】、【槍術】、【火炎術】、【幻術】の四つで、今回新たに得たのが【火炎術】と【幻術】になります」
【火炎術】に【幻術】か。名前から能力は察する事ができるけど、もしかしたら狐であることが由来の能力なのかな。
「今回オークを斬る際に使用していたのが【火炎術】の一つである【火炎刃】です。グレイブに火を纏わせる事で攻撃力を上げると言うそれだけの能力ですけど、シンプル故に強力でもありますね」
確かに武器の攻撃力強化は中々良い能力だと思う。と、待てよ。
「明らかに間合いを詰める速度が上がっていたけど、あれは身体能力のみでやってるって事?」
「はい、そうですね。【狐獣人】によって身体能力が大幅に上がっていますので。あれはまだ全力でありませんけど」
なん、だと……? あれ以上速くなるの? もしかして【柱の道】使用時の俺より速いんじゃ? いやまぁ、俺の眷属で仲間なわけだから頼りになるのは良い事ではあるんだけど。
「よし。じゃあ、このまま適当にエネミーを倒しながら愛光園に戻ろうか」
「了解しました」
ただ、移動するだけじゃ勿体ないからな。
その後、特に何も事もなく愛光園に戻った俺達は良助さん達を集めて三角さん達と話し合った内容を伝えた。
「それは本当かね!?」
「はい、間違いありません。陸上自衛隊の三角さんという方が部隊を連れて来られるそうです」
「そうか……」
そう言って大きく息を吐く良助さん。救助が来てくれると聞いて安心したのだろう。
「じゃあ、私達は予定通りに二日後の朝までに荷物を纏めておけば良いのね?」
「そうなります」
紀江さんの確認に対して頷いて返事を返す。
「子供達の面倒は二郎さん達にお任せして私と紀江、恵子の三人でそれまでに準備をしておこう」
「そうね」
「分かったわ」
と、良助さんの提案に紀江さんと恵子さんは頷く。
「俺達二人は念の為に今日と同じように近くの偵察と邪魔な奴の排除をする事にします。……それで良いよね?」
「はい、勿論です」
隣に座っている舞香の笑みからはご自由にどうぞという意思がはっきりと見えた。
あれ以来舞香は明らかに俺を第一としている。恐らく家族を失った件以降、彼女の中からは色々なものが失われたんじゃないだろうか。そして、失われたものの代わりに柱となっているのが復讐と眷属として俺に仕えるという事。きっと主従に拘っているのもそれが原因だろう。
これで良いのかどうかは俺にも分からない。だけど、舞香を眷属にした以上は迷うつもりはない。どこまでもやり抜こう。
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