第8話「向こう側の現状」
バリケードを守っている人達に見えるように、正面からゆっくりと歩いて行く。当然彼等は直ぐに気付いてこちらに銃口を向けて来た。
とりあえず、無暗に刺激しないように適度なところで止まってまずは挨拶をしよう。
「こんにちはー」
「君は、人間か」
警護している人達の中から四十代くらいに見える自衛隊員の人が緊張した表情でこちらに問いかけてくるので、まずはそれに返事をしていく。
「一応そうです」
「一応? あぁ、もしかして能力者なのか?」
「能力者?」
「何かしらの能力に目覚めた人の事をそう呼んでいるんだ」
「へぇ、なるほど。そう言う事ならそうですね」
「ふむ……」
俺の返事を聞いて何かを思案し、ふと近くにいた若い男性に目配せをする。目配せを受けた若い男性は頷いて即座にバリケードの前にある簡易式の建物の中へと入って行った。
「私は陸上自衛隊の三角淳一だ。君の名前、年齢、それに職業を聞かせて貰っても良いかい?」
「如月修司、二十一歳の大学生です」
「何か身分証明書のような物は持ってたりは?」
「大学の学生証とかでは駄目ですか?」
学生証はもしかしたら必要になるかもしれないと持って来ている。
「いや、大丈夫だ。今持っているのかい?」
「ありますね」
「じゃあ、悪いけどちょっとあそこで話を聞かせて貰っても良いかな?」
他の人達に銃口を下すように手で指示を出してから、先程の若い人が入って行った簡易の建物を指差した。
上手くすれば向こう側の話とかも聞けるかもしれないし、ここは指示に従うの一択だ。
「申し訳ないね。いきなり銃を向けてしまって」
簡易の建物に入り用意されていた席に座るとまずはそう言って謝ってくる自衛隊の人。
「いえあれは今の状況だと真っ当な対応だと思いますよ」
「……すまない」
複雑な表情。それはきっと本来守るべき市民に対して銃を向け、それに対して理解を得られているという事に対するものか。
「では、まずは学生証を見せてくれるかな?」
「はい」
定期入れから学生証を出してテーブルの上に置くと、先程の若い人が手に取った。
「ちょっと確認をさせて貰いますね」
「はい、どうぞ」
と言ったものの確認って何をするんだろうか。近くにあったパソコンを操作してるみたいだけど。
「如月修司さん。確かにデータがあります」
「そうか」
データ? え、俺のデータって事? 学生証で確かめたって事は大学の名簿か何かを調べたのか? 自衛隊がそんなデータを持ってるとは思えないけど、何で持っているんだろうか。
「如月君はどこからやって来たんだい?」
「信戸区にある愛光園からです。そこに他にまだ人がいるんですよ」
「……何だって?」
能力を使って愛光園に籠っている事、俺と別の能力者でここまで全員を連れて来ようと思っている事を伝える。
「それなら私達も避難を手伝おう」
「それは有り難いですけど、連中とは能力者でないと戦うのが難しいですが……」
「分かっている。連中と戦う為に能力者を集めた部隊があるからそこから警護の為の人員を回す。それとサイドカー付きのバイクならば道路を通れるからそれで運送しよう」
能力者を集めた部隊がある? この事態が起きてからまだそんなに経ってないのにもうそんな部隊が設立されているのか。でも、老夫婦や子供もいるしサイドカー付きのバイクで送るのは確かに良い案だ。
「なるほど。確かにそれは良さそうですね」
「元々の予定で二日後に決行するつもりだったと言っていたが、それまで侵入を防いでいる能力というのは持つんだね?」
「はい。本人に確認しましたが持たせるだけならもっと持つそうです」
「そうか……。それならばその予定通りに行う事にしよう。今日は外で別の作戦を展開しているから直ぐに人員を集める事はできないし準備も必要だからね。二日後の午前十一時に私と一緒に部隊が向かうのでそれまでに出立の準備をお願いしたい」
「分かりました。こちらからもお聞きしたい事があるんですけど良いですか?」
「あぁ、構わない」
頷いて了承してくれたのを確認してから気になる事を聞いて行く。
「バリケードの向こう側は今どういう状況なんです?」
「波塔区を含めた都心と二十三区の西側の区は現在、落ち着いている。あのエネミーとか言う化け物共が大量に現れた当日はここ等辺にも奴等がやって来たのだが、ある時間を境にいなくなってしまってね。しかも君達も見たかもしれないが他の区にいるエネミーもこちらに来ないようになっている」
「その、エネミーという呼び方は?」
「あぁ。これは今、我々を纏めている議会の人達が名付けたものだ。ただ化け物と呼ぶよりも名称をつけた方がやり易いだろうと」
ディトアグルはまるであの場で適当に付けたような雰囲気だったけど、もしかして共通の呼び方だったりするのか? それならそれでそう言う風に言って欲しかったんだが。
もしかしたらその議会とやらに<観測者の眷属>がいる可能性があるな。
「食料や住居についてはどうなっています?」
「そちらについても問題はない。食料は議会によって十分な量が提供されているし、元々の住人ではない人にはホテルや空いているマンションやアパート等を提供して間に合っている。避難して来た人達は残念ながらそう多いと言うわけではないからね……」
「あぁ、なるほど……」
つまり混乱の最中に避難しようとした人の多くは犠牲になっている可能性が高い、のか。今は死体が残らないから幾ら外を探してもはっきりとは分からないけど。
ただ、この様子ならば大丈夫そうか。眷属の事だけは気になるけどそれは俺だけが関係している事柄だ。
「如月さん、お帰りなさい」
バリケード前から離れて櫻羽さんと合流すると、周囲を警戒していた櫻羽さんが駆け寄って来た。
ふむ。凛とした雰囲気があるだけにこういう真剣な表情も良く似合うな。
「どうでしたか?」
「うん。ここに来れば中に入れて貰う事はできるし、避難も手伝って貰えるそうだよ」
「本当ですか?」
と、嬉しそうな笑顔で言う櫻羽さん。
「当日は警護の為に能力を持った人を出したり、移動の為にサイドカー付きのバイクを出してくれるそうだよ」
「あぁ。それなら有田さんや子供達も安全に避難ができそうですね」
「向こうも準備とかがいるみたいで避難の日時は予定通り」
「それならこの後の動きも予定通りに?」
「そうだね。ルートの確認はもう良いだろうからルート周辺のエネミーの駆除をしつつ帰る事にしよう」
俺個人の今日の予定としてはここからが本番だけどな。どこかで一度休憩をしてそこで色々と話をするつもりなのだ。
今からの流れを考えると、櫻羽さんを眷属にする事ができる機会はここを除くと最低でも数日、長ければそれ以上先になる。眷属にするには抱かなければならないけど、流石に愛光園でそれをするのは無理だし向こうに行ってからも機会があるかどうかは不明だ。
だから、櫻羽さんを眷属にしたいならばここで頑張るしかないんだけど……。頑張れるかなぁ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます