第7話「避難の為の確認」
「お待たせしました」
「よし、じゃあ……」
行こうかと言おうとして、櫻羽さんの格好を見て思わず言葉を止めてしまう。
例のグレイブを持っているのは良い。これからエネミー達がいる外に行くのだからそれは当然だ。だけど、何でスカートなんだろうか。
まだ櫻羽さんがどういう戦い方をするのかは知らないけど、それでもスカートはあまり戦いに相応しい恰好とは言えない気がする。下手をしたら下着が見えてしまうわけだし。
「櫻羽さん、その恰好で行くの?」
「はい、そうですが……。あ、これの事でしょうか?」
最初首を傾げていたが、どうやら俺の言いたい事が伝わったようで膝の少し上くらいまでのスカートを摘まむ。
「うんまぁ、そうだね」
「私も本来であればこれで戦いに出るのは避けたいのですが、この獣耳と尻尾が生えた時からズボンにすると上手く動けなくなってて……」
と、困惑した表情の櫻羽さん。
「上手く動けない? 動き難いって事?」
「そうですね。ズボンを穿いて動こうとすると足がとても重くてもつれたりします」
「何だそれ……」
ふーむ。獣耳が生えた時からって事は恐らく落とし子の影響で力に目覚めた時からという事になる。ディトアグルは何も言っていなかったけど、もしかしてデメリットみたいなものが出る事もあるのか?
「スカートだったら問題はないって事?」
「そうですね。スカートであれば足首くらいの長さにあるものにしても普通に動けます。ただ、それだとちょっと動き難いので一番動き易い長さにしていますけど」
「でも、それだと何ていうかほら。あの、下着、とか見えたりしない?」
この指摘は男には中々し難いものがあるが、一応聞いておかないとまずい。何せ下手したら見ちゃう可能性があるからな!
眷属にする場合、アレな事をしなきゃいけないのになんてツッコミがあるかもしれないがそれはそれ。これはこれなのだ。
「あー……。今までは一人だったのでそこまで気にしていませんでしたが、戦い方的に場合によっては見えてしまいますね」
「一応、お聞きしますがインナーパンツとかは?」
「穿いていませんし、そもそも持っていませんね」
「ですよねー」
首を振って答える櫻羽さんだが、それは予想通りの言葉ではあった。
さて、どうしたものか。今回は偵察がメインとは言え能力に慣れる為と愛光園の人達を送り届けるのを楽にする為に戦闘もある程度はするつもりでいる。
昨日の戦闘内容的に油断さえしなければオークもオークファイターも問題にはならないけど、この事が油断に繋がらないとも限らない。
俺はまだ良いのだ。【超感覚】とオート操作の黒触手による防御という二段構えの保険があるし、そもそも見る側なのだから。だけど、そういう保険がなく見られる側の櫻羽さんは恐らくそういう保険がない。
命のやり取りをするのだから例え下着を見られようとも動揺なんてしたらいけない。それは分かるが、俺もそして櫻羽さんも元はそういう事とは無縁だった人間だ。いきなりそんな風に切り替えれるわけもない。
「気にしなくても大丈夫ですよ。今はそんな事を気にしている場合ではありませんから」
俺が悩んでいると、櫻羽さんがそう言う。視線を上げて彼女を見てみればそこには柔らかい笑みが浮かんでいた。凛とした雰囲気を持つ彼女だが、笑顔はいつもとても柔らかい。引き込まれる笑顔だ。
「それに小学生の時からテニスをしていて、それなりに成績は良かったので人に注目される事は慣れているんです」
その言葉にはどこか達観の重みと包み込むような抱擁の優しさがあった。
櫻羽さんの容姿はどう見ても美人といえるもので、その上スタイルも良い。きっと邪な視線に曝される事も多くそういう意味で慣れていると言う話なのだろう。男として耳が痛い話だ。
初めて会った時、その大きな胸に視線が釘付けになったし、眷属するのに彼女を抱く事ができるかもしれないという期待感で一杯にもなった。そう、俺とて例外ではないのだ。
「ただ、流石にその、下着を見られる事には慣れてはいないですけど……」
それまでの包み込むような雰囲気から一転して恥ずかしそうに顔を赤らめる櫻羽さん。いや、可愛すぎるだろ。何だこの人。真面目そうで優しくて包容力を感じる女の子のこんなところ見たら、欲望が爆発してここで白触手が暴走するところだったわ。
「とりあえず! できるだけ見ないように頑張るって事で!」
「は、はい。お願いします」
無理やりこの会話を打ち切る。こうでもしないとヤバそうだ。
【柱の道】を使用して移動準備を完了させる。うん、違和感は特になし。
「じゃあ、まずは話し合った通りに波塔区への最短ルートで行ってみようか」
「はい」
櫻羽さんが頷いたのを見て、移動を開始する。
おぉっ。ちょっと力を入れただけなのに思った以上の速度で前に進んだ。これもしかして、予想よりも大分速いか?
と、いけない。櫻羽さんを置いていって、ない。後ろを向こうとしたら直ぐ横にいた。ファンタジーに出てくる獣人みたいな姿らしく身体能力が高いのかもしれない。
さて。俺達が目標地点にしている波塔区は二十三区の内、都心に含まれている区の一つだ。俺達がいるところからは一番近い都心となる。
愛光園の人を送り届けるのは良いとして、その方法については少し話が別れた。
俺はこのまま櫻羽さんと二人で護衛をして送り届けるつもりでいたが、俺と櫻羽さんの二人ならば安全に都心に着く事ができるのではないかいう話が出たのだ。そして、都心の方から手助けしてくれる人を呼んできてはどうかと。
だが、それが有効なのは警察や自衛隊がまともに通用する場合に限ってだ。俺は知らなかったが、話によると普通の銃火器ではラージゾンビの時点であまり通用しないらしい。そうなるとそれよりも遥かに強いと思われるオークに対抗するのは無理だ。
かと言って、櫻羽さんや紀江さんのような能力持ちを頼りにするというのも難しい。いるかどうかも分からないし、信用できるかどうかも分からない。
だから、結局のところは二人で送り届けるという話で落ち着いたのだ。
「櫻羽さんはどのくらいまで移動した事あるの?」
「そうですね。万が一という事もありましたからあまり愛光園からは大きくは離れていません。あの鎧を着た豚の化け物には敵いそうにありませんでしたから」
「あぁ、オークファイターね」
「オークファイター、ですか? それがあの化け物の名前なのですか?」
「いや、俺が勝手にそう呼んでるだけだけど」
櫻羽さんに化け物達全体の事をエネミー、豚の化け物をオーク、鎧を着たオークの事をオークファイターと名付けた事を説明した。
正確に言えばエネミーだけは俺が名付けたわけではないけど、そこはややこしいのでわざわざ言う必要はない。
「安直にも程があるけど、こういうのって分かり易い方が良いでしょ?」
「確かにそうですね。オークはちょっとゲームに出てくるものと違う点も多いですけど」
「日本のゲームを参考にしたわけでもないだろうからそいつは仕方ないねぇ」
どうやら櫻羽さんもゲームはそれなりにする方らしく、ゾンビやオークと言った単語も普通に通じる。うん、良かった。そこから説明しないといけないとなると中々に大変だった。
おっと、前に反応が三つ。櫻羽さんも気付いてるな。
「ん。ゾンビが二体とラージゾンビが一体か」
「他にはいなさそうですね。駆除しておきましょう」
グレイブを構えるその姿は殺る気に満ち溢れている。戦い方を見てみたかったし任せてみるか。
「俺を周囲を警戒しておくよ」
俺の言葉と同時に櫻羽さんが駆け出す。思っていたよりも速い。
こっちに気付いたラージゾンビへと滑空するように接近すると、グレイブを横に一閃させ、その勢いのまま身体を回転させてもう一閃。ゾンビの赤い血が散る中を返す刃で止めを刺す。
速くてスムーズな動き。グレイブの振り方も自然で滑らか。薙刀とかでもしていたんだろうか?
ゾンビはラージゾンビに比べれば動きも遅いのでその後あっさりと斬られて終わった。手負いとは言えオークを簡単に倒しただけはあるなぁ。
「櫻羽さんは薙刀を習っていたりでもしたの? そのグレイブの扱いに慣れているみたいだけど」
「いえ、触った事もありません。この薙刀のような槍、グレイブですか? これの扱い方は握ると自然に分かるんです。私の意志で自由に消したり出したりできますから、恐らく如月さんの触手に近いものなのではないかと思っています」
なるほど。何でグレイブなんだろうと思っていたけど力の一部なのか。グレイブを作って操る力みたいな感じだろうか。
「後、元よりも身体能力も上がっていますね。元々身体を動かす事は得意でしたけど、流石にあんな速さでは動けませんでした」
確かにかなり速かったもんなぁ。全速力だと【柱の道】とどっちが速いんだろうか。流石に眷属である俺の方が速いのかな。いや、そもそも櫻羽さんを眷属にするとどうなるんだ?
ディトアグルは眷属を増やすと俺の力が増すと言っていたけど、眷属になった側の事には触れていなかった。うーん、気になる……。
「如月さん。そろそろ行きますか?」
「おっと、考え事してた。うん、行こうか」
櫻羽さんに促されて再び移動を開始する。
その後、オークがいたので新しい能力のテストをしてみたのだが、結果は悪くない。できればオークファイターでも試してみたいところだが、櫻羽さんの話だとオークファイターはこの辺ではあまり見かける事はないそうだ。櫻羽さんも見かけたのは俺と会った時で二度目らしい。
そうして時にエネミーを排除しながらも進んで行き、大分波塔区に近づいたところなのだが明らかに変だ。
「うん、来るのを止めたな」
「これは……どういう事なんでしょうか?」
櫻羽さんの尻尾が揺れているのは、良く分からない状況に困惑しているからだろうか。
今、俺達がいる信戸区と波塔区の区境。その五百メートル前後くらいからエネミーが寄って来なくなる。
その外にいるエネミーをこっちに引き寄せてみてもピタリと止まってまるで俺や櫻羽さんが見えなくなったかのように来るのを止めてしまう。この挙動はまるでゲームで敵のターゲットが外れた時みたいだ。
「理由は分からないけど、多分波塔区との境目五百メートルくらいから安全地帯になってるって事なんだろうなぁ」
念の為、五百メートル内を探してみたがエネミーは影も形もない。その代わりに発見したものもあるが。
「なら、ここまで来ればとりあえずは安全でしょうか」
「エネミーに対してはね。問題はあの検問だなぁ」
そう、検問だ。それがエネミーの代わりに発見したものだった。
バリケードの壁を作ってその前に警察や自衛隊と思わしき人達がいる。それぞれの手にはアサルトライフルやサブマシンガンらしき銃火器。
問題なのはあのバリケードがただのバリケードではないと言う事と守っている人達の中に能力持ちがいるところだ。どちらも【超感覚】が伝えてきている。
とは言っても、恐らく突破しようと思えば少なくとも俺はできる。だけど、そんな事をしても意味はない。あくまでも安全地帯に愛光園の人達を送るのが目的なのだ。
「普通に行って入れてくれるのでしょうか?」
「いや、分からないな。何せ向こうの情報はないし」
「どうします?」
「ぶっつけ本番をするわけにはいかないから行ってくるよ。仮に攻撃されても俺は何とでもなるから」
そう言うと櫻羽さんは心配そうな表情をするが、それでもちゃんと俺との差を理解しているようで何も言わない。
それじゃあ行ってきますかね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます