第6話「愛光園の人々」
あの後、子供達や有田さん夫婦に挨拶して歓迎会という名の子供の遊びにつき合わされ、程良い時間になったところで晩御飯を頂いた。
何でも電気や水、ガスは普通通り使えるらしく、食材さえあれば食事は作れるらしい。
ただ、幾ら使ってもメーターは変わらないそうで、メーターが壊れてるのか何なのか分からないとは紀江さんの話である。
「ふーむ。本当だ、あいつらこっちに気付かないな」
夜もすっかり深けて結界の事が気になったので様子を見にきたのだが、エネミー達は結界の近くまで来てもそこに結界なんてないかのようにスルーしている。
話によるとオークファイターが結界の存在に気付いて破壊しようとした事があるそうだが、結局結界は壊れなかったらしい。
櫻羽さんの話によると、この辺にはオークファイター以上の強さを持つエネミーはいないそうなので、それなら恐らくは大丈夫だろう。
「こんなところで何をしているの?」
「あぁ、どうも。いや、この結界が気になりまして」
ゾンビ達が夜の街へと消えて行くのを見送ったところで、紀江さんが後ろから話しかけて来た。こっちに来ているのは【超感覚】で気付いていたから驚きはしないけど。
「紀江さんこそどうしたんです?」
「うん。ちょっと如月君に舞香ちゃんの事で話があってね」
「櫻羽さんの話ですか」
さて、何だろう。沈んでいるように見えるがもしかして櫻羽さんを連れて行くのは止めて欲しいとかそういう話だろうか。
「実はね。舞香ちゃん、ここに来た時、凄いボロボロだったのよ。あの動物のお耳とかはここに来た時点で生えていたのだけど、全身傷だらけ」
「……化け物にやられたんですか?」
オークを単独で倒せるくらいなのだから、恐らく銃火器程度では今の櫻羽さんはそうはやられない筈だ。だから、彼女がそこまでやられるとしたらエネミーか彼女の同類か俺の同類のどれかになる。
だが、観測者やそれに関連する事柄についてはまだ誰にも説明をしていない。正直、その辺を説明すると面倒になる可能性もあるしな。だから、とりあえずはエネミーの事だけを上げておく。
「ちゃんとは説明してくれないけど、多分そうだとは思う。だけど、それだけじゃない。これは私の勝手な推測だけど、ご家族の身に何かあったんじゃないかと思うの」
「どうしてそう思うんです?」
「意識を取り戻すまでの間、絶対に許さないってうわ言で言っていたのよ。それに目を覚ました後、一度だけご家族の安否について聞いたのだけど、家族の事は心配する必要はありませんって舞香ちゃんらしくない声色で言ってね……」
「なるほど……」
俺の倍以上の人生経験を持つ人が言う事だ。全く的外れなんて事はないだろう。それに心当たりがない事もない。あの背筋がゾクッとするような視線。きっとあれはとてつもない強い感情が結晶化したものなんじゃないだろうか。
「多分だけど、舞香ちゃんが危険な事をするのは止めれないと思う。だから、如月君。あの子の事、お願いね」
「分かりました。できる限りの事はします」
そう答えると、紀江さんは満足そうに笑って頷き建物の中へと戻って行った。
ふむ。明日、能力の確認をした後に外に偵察をしに行くつもりでいるし、その時に櫻羽さんと話をしてみるかぁ。
「ほら、光。口にマーガリンがついてるわよ」
「パンまだいる人いる?」
恵子さんが光と言う小学生の男の子の世話をして、紀江さんが食パンを焼いている。流石に十一人いるだけあって朝の食卓は中々に賑やかだ。
「如月君は今日、外に行くのかい?」
「そのつもりです」
話しかけてきたのは有田二朗さん。良助さんによるとこの施設の先代の責任者だそうだ。責任者は良助さんに譲ったけどそれ以降も職員として残っていて手助けをしているらしい。
因みに職員も施設に入っている子供も今ここにいる人達で全員というわけではそうだが、エネミーの襲撃による混乱さの最中に逃げ出してしまったらしい。それは仕方ないだろうなぁ。
「二人ともあまり無理はしないようにね?」
「大丈夫です。今日はここから出た後のルートの偵察ですから」
と、二朗さんの奥さんである照美さんと櫻羽さんが話している。
そう。今日はあくまでも偵察のつもりだ。とは言え、ある程度はエネミーの駆除もしておきたいところではある。数が減ればそれだけ安全になるし、能力の強化のも繋がる。
「よし。ご馳走様でした」
「いやぁ、流石良く食べるねぇ。食パン何枚食べた?」
「んーと、四枚くらいですかね?」
「ふふ。良く食べるのは良い事よ」
そう言って口に手を当てて上品に笑う照美さん。
四枚は紀江さん基準だと多かったのか驚いた顔をしている。いつもこのくらい食べるからなぁ。
「では、ちょっと庭を借りますね」
「私もご一緒して良いですか?」
「別に構わないけど、流石にここではそんな派手な事はしないよ?」
「はい、勿論。と言うか、そんな派手な事をされても困りますけど」
うん、そりゃ結界内だからね。
どうせ見せる事になるのだから櫻羽さん達に能力を隠すつもりはない。だから、見物とかは好きにして貰おう。正直あまり見映えが良い能力ではないけど。
櫻羽さんと庭に出たところで、彼女には少しだけ離れていて貰う。確認をするだけなので危険な事はないとは思うけど念の為だ。
では、まずは能力の位階の確認から。うん、やはり二に上がっているな。という事は、戦闘後のあの力は漲る感じは位階が上がった事によるものなのだろう。
そして、能力も増えているな。一つ目は【連続突き】。触手の突き及び肉体での殴打を強化する能力で、一度の突きで複数の突きを行ったのと同じダメージを与える事ができる。今は三連までだけど、能力の位階が上がれば上限が増えていくのかな。この能力の注意点は肉体の場合、拳じゃないと使えない事になる。蹴りは突きじゃないからという事なんだろうか。
二つ目は【強打】。触手で使うと通常よりも強い薙ぎ払いが出来て、肉体だと打撃の威力が上がる。こちらは【連続突き】と違い蹴りも有効なようだ。
ここまでの二つで注意しなければならないのは、どうやらこの二つはクールタイム的なものがあるようだ。ただ、そのクールタイムは触手ごとのようなので、【連続突き】を使用した後に別の触手で即使用するという事はできる。上手く回せば常に【連続突き】か【強打】で攻撃する事もできるだろう。
そして、三つ目は【柱の道】。名前だけだと良く分からないけど、どうやら触手を移動に使う能力みたいだ。使ってみると膝ぐらいを隙間なく黒触手が覆ったかと思えば黒い鱗みたいになって固まる。指部分は爪のように尖っているし、まるで爬虫類の足みたいになってるな。
足を持ちあげてみるけど重さは全然感じない。けど、何だか踏みしめてる地面の感触がおかしい。もしかして少し浮いてる?
「櫻羽さん、そこから動かないでね」
「はい」
櫻羽さんが頷いたのを見て、【柱の道】を使ったまま動いてみる。
んん? 一歩が踏み出せない。というか、滑る! いや、違うな。地面をちょっと蹴ると言うか押すような感じで……こうだ! よし、できた。
前に進むのはこれで良いとして、方向転換とかはできるのか? うーん。ちょっとやり方を変えてみると? あっ、反対に動いた。結構難しいな。
「ふーむ、なるほど」
この能力による移動のコツは分かった。これは足にホバークラフトが付いてるような感じだ。原理とかやっている事は恐らく違うんだろうけど。
で、少し地面を蹴るように足を動かせば移動ができる。その時の力の入れ方で推進力を得れる方向が変わるけど、これは慣れが必要そうだ。ただ、慣れればかなりの機動力を得れるんじゃないだろうか?
「それは移動の為の力ですか?」
と、櫻羽さんが聞いてくる。今のは見た目で分かり易かったか。
「うん、そうみたいだ。中々悪くない能力だよ」
「そうですか……」
うん? 考え込んでいるみたいだけどどうしたんだろう。
「どうかした?」
「……如月さんがあの豚の化け物達と戦っている時にも感じていたのですが、如月さんの力は私や紀江さんのものとは何かが違うような気がするんです。けど、何が違うのかが分からなくて」
「それは能力の種類とかそういう話ではなくてって事だよね」
「はい。紀江さんの結界の力と如月さんの力は確かに違います。けど、そうでなくてもっと根本的なところが違う気がするんです」
櫻羽さん、紀江さんの二人のと俺の違いとなると当然、観測者の眷属かどうかが一番にして明確な違いになる。もしかして、櫻羽さんはそれを感知する事ができるのか? それとも<アークスターの落とし子>の影響で力を得た人は皆そうなのか? 後で紀江さんにも確認してみる必要があるか。
「悪いけどその事について今は言えない。後で話そう」
「そうですか。分かりました」
後でと言うのは、外に出た時にという意味だったが通じただろうか。
さて、能力の方は新しいのは今の三つで終わりだ。後は既存能力の性能が上がり、【三色の柱】は出せる本数が増えているといったところか。
よし、確認はこれで良い。それじゃあ、ちょっと準備してから偵察しに行くとしますか。
「確認は終わったから、そろそろ偵察しに出よう。三十分後で良いかな?」
「はい、大丈夫です」
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