第5話「愛光園」
「これは……」
門に愛光園と書かれた表札。どうもここは児童養護施設のようだ。それは良い。それは良いけど、何故その児童養護施設がバリアみたいなものに包まれているんだろうか。
「ちょっと待って下さいね」
ごそごそと櫻羽さんが服の内側のポケットから取り出したのは一枚のお札。白い紙に朱色の文字で何かが書いてあるな。
「すみません、この中に入るのに手を繋ぐ必要がありますので……」
少し恥ずかしそうに手を差し出すのを見て、ドキッとしてしまう。普段は凛としているのにそんな可愛いところを見せられたらやばい。
「あ、うん、はい」
はい、じゃないが。自分で自分に失望した。何だこの反応! 細くて柔らかい手を握って動揺しまくりなのが抑えれてない!
だけど、幸いな事に櫻羽さんは特に反応をせずにそのまま俺を案内するように歩き出した。
躊躇もせずに青白い光の膜の中へと歩み進むけど、弾かれたりする事はなくすんなりと中へと入る事ができた。
「あっ! 舞香さん!」
「あ、ただいま戻りました」
建物の玄関から若い女性が手を振りながら出てきて、そのまま櫻羽さんと話し始めてしまった。
黒触手の【超感覚】によるとこの施設にいるのは今出て来た人だけじゃないな。後、八人程の反応がある。
ふーむ。この施設を包んでいるバリアと言い一体どういう事なんだろうか。
「如月さん、済みませんお待たせしました」
おっと、話が一区切りしたのかな。
「こちら、この愛光園の職員の方で高木恵子さんです」
「初めまして。高木恵子です。舞香さんがお世話になったそうでありがとうございました」
「あぁ、いえ」
「どうぞ中の方に」
と、中の方へと案内されたので断る理由もないしそのまま着いて行く。建物としてはそう大きいというわけではないけど、管理はしっかりと行き届いているみたいだ。
玄関でスリッパを履いて中へ上がると、奥から五十代くらいと思わしき男性と女性が連れ立って出て来た。
気になるのは女性の方の額にあのバリアと似た色合いをした菱型の石がある事だ。気配も櫻羽さんに近いし、あのバリアはこの人によるものか?
「やぁ、舞香さん。お帰り」
と、男性の方が挨拶をしてくる。
「はい。ただいま戻りました。如月さん、こちらのお二人は恵子さんのご両親でこの施設を経営されておられる高木良助さんと高木紀江さんです。良助さん、紀江さん。こちらは私を助けて下さった如月修司さんです」
「初めまして。如月修司と申します」
「はい、よろしくねぇ」
ニコリと笑う紀江さん。その笑顔は如何にも良い人そうだ。
「あの、皆さんは何故ここに?」
「あぁ、そこについてはまだ舞香ちゃんから聞いてはいないのか」
「はい。外で長々と話をするわけにもいきませんでしたし」
「それもそうか。なら、まずは私達の事情を説明する事にしようか」
場所を応接室に変え、紀江さんと恵子さんがお茶を用意してくれたところで良助さんが口を開く。
「化け物が出現して緊急速報が流れた時、この辺には既に化け物が現れておりすっかり街中がパニックに陥っていた。暴れる化け物とパニックになっている群衆の中、避難するのは私達には難しかったんだ。小学生の子供もいるし、高齢の人もいたからね。それでも何とか皆で避難できないかと考えていたが、その前にここに化け物達がやって来てしまった。正直、助からないと思ったがその時、妻にあの額の石が現れて今施設を覆っているバリアが張られたんだ」
「このバリアはどうも私が認めない人を外に弾く効果があるみたいでね。あの化け物達も壊せないようなのよ。そもそも大半は気付かないのだけど」
良助さんの言葉に続いてバリアについて紀江さんが教えてくれる。バリアというよりも結界と言った方がより近いだろうか。
「それで一先ずの安全は確保したわけだが、あの化け物達がいる限りここから出る事はできなくてね困っているところなんだ」
「舞香ちゃんは戦う事ができるみたいだけど、それでも私達のような足手まといを連れてはかなり大変でしょう?」
「私一人では勝てない存在もいますから、どの道ここから出て行くのは難しいでしょう」
と、舞香が補足をする。
確かに護衛役が一人じゃ都心の方まで移動するのは難しいか。高齢の人もいるみたいだから移動速度も遅いだろうしなぁ。
でもこれ、チャンスか? 俺ならば恐らく櫻羽さんと協力すれば都心まで送る事は不可能じゃない筈だ。オークファイターと戦ってみた感じ、あいつが複数いても何とかなるし、【超感覚】で襲撃も予測できる。
都心まで送る代わりに櫻羽さんに着いて来て貰えるように交渉できないだろうか。多分だけど、櫻羽さんはこの施設の関係者ではなさそうな気がする。
「ところで、櫻羽さんはこの施設の職員さんではないですよね?」
「ええ、そうですね。私は偶然ここを通りかかったのですけど、困っておられるようでしたので手助けできればと思いまして」
「なるほど」
やっぱりか。それならいけそうか?
「安全なところまで行くのを俺が手伝いましょう」
「えっ、本当かい?」
俺の言葉に良助さんが身を乗り出して訪ねてくる。結界で一応安全が確保出来ているとはいえ、食料の問題もあるし早目にここから出ていきたいのが本音ではあるのだろう。
「ただ、俺の方からも櫻羽さんにお願いがあります」
「私ですか?」
「うん。俺は化け物共がいるところに用があってね。そこで櫻羽さんに手伝って貰いたいんだ。戦力は多い方が良いからね」
「化け物達のところに……ですか?」
「そう。どうかな?」
「ちょ、ちょっと待って! それはっ!」
「一つ聞きたいのですけど、北側にも行きますか?」
そこまで黙って話を聞くだけだった恵子さんが焦った様子で続きを言う前に、それを言わせんとするように櫻羽さんが被せる。その表情は随分と硬い。
北側? 二十三区の北側って事だよな。恐らくは目的地は東だとは思うけど、様子を見る為に北側にも行くつもりだったけど何かあるのか?
「行くつもりではあるね」
「分かりました。手伝いましょう」
俺が答えた瞬間に即答が返って来る。
思わず背筋がゾクッとした。それ程までに綺麗で冷たく鋭い視線。まるで氷の刃のようだ。普段、凛としてはいても鋭さよりは柔らかさを感じる雰囲気とは明らかに違う。
何だ? 即答した辺り、恐らく二十三区の北側に行くかどうかがポイントなんだろうけど……。でも、とりあえず了承して貰えたのだから喜ぶべきところだ。
「じゃあ、よろしくね」
「はい。よろしくお願いします」
櫻羽さんと握手を交わす。これは悪魔の契約に近い。勿論悪魔は俺だ。
今の時点では何も拘束性はないとは言え、この様子ならば反故にしてどこかにいなくなるという事はないだろう。そして、二人っきりにさえなってしまえば例の能力で何とかできる……かもしれない。
恵子さん達はそれを複雑そうな表情で見ている。自分達が利用されたようなものだから仕方ないと思うけど、悪いね。他人を不幸にしたいわけではないけど、利用するくらいはしないといけない状況なんだ。
ん? 二階の方から誰か降りて来たな。
「子供達が降りて来たみたいだ。ごめん、ちょっとこの場は一旦止めよう」
そう言って良助さんが立ち上がる。恐らくは子供がいる場所ではこういう話はしたくないのだろう。何かあるわけではないので、このまま強行する必要はない。一旦ここで中断で良いだろう。
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