第4話「オークファイター」

『ブゥォオオオオオォッ!』


 それは手下をやられた事の怒りの咆哮か、それともただ敵に対する威嚇か。どっちにしろ凄い煩いな。

 手下をやったのが俺だと理解しているのか、ずっと俺を睨みつけている。そっちから来ないならば攻撃させて貰うか。

 赤触手一本でまずは叩きつけ攻撃。真正面から叩きつけるように行った赤触手をオーガファイターは両刃斧で打ち払う。防御されたのは初めてだけど、凄い音がしたな。金属の斧と触手がぶつかった音とは思えないぞ。

 ふむ。触手を伝わって来た感触的に力のぶつかり合いはほぼ互角。これならそう問題は……。


「っとぉ!?」


 突然迫って来たオークファイターを防御用の黒触手で横から攻撃。斧で防いだところに赤触手で兎に角突きまくるが、何度か鎧や腕に掠った程度で後ろに下がられる。

 今のは【加速】か【突進】とかそう言う高速移動系の能力か? 一歩踏み込んだところで一気に加速してきた。だが、見失う程の速度ではないし何より【超感覚】には引っかかる。対応は十分可能だな。

 ちっ、鎧に当たったのは兎も角、腕の方は【浸蝕する澱み】の効果が出ても良い筈だけど、耐性が高いのかあまり効果を発揮してないな。とは言え、【浸蝕する澱み】は蓄積型だ。回復系の能力で根本を回復しない限りは、攻撃を当て続ければいつかは致命的な効果が出る。回復系能力があるのかは知らないけど。

 ん? あれは……最初に吹き飛ばしたオークが立ち上がって戻って来たのか。そう言えばあいつだけは追撃してなかったな。

 オークファイターが手振りでさっさと来いとやっているけど、オークファイターと違ってあいつには【浸蝕する澱み】が効果を発揮してるから、足取りは大分怪しい。正直、参戦しても戦力にはならないだろうが、肉壁としてでも使うつもりだろうか。


「あのオークは、私に任せて下さい」


 その言葉を残して、黒髪の女の子が槍を片手に跳ぶように向かっていく。微妙にオークファイターを迂回しているような進み方だから俺とあいつの戦いの邪魔にはならない位置だ。上手いな。

 じゃあ、遠慮なくオークファイターとの戦いに集中させて貰おう。


「いけ」


 俺の合図と同時に赤触手が上と下から挟むようにオークファイターを攻撃する。それに対して上からのは斧で弾いて、下からのは避けようとするが甘い。そうするだろうなと思っていたよ。下から切り上がった触手がその勢いを殺し切って即座に打ち下ろす。


『グガァッ!?』

「流石に今のは効いたか?」


 膝を地面に付いて尚睨みつける力は強い。だが、形勢は決した。ダメージ自体よりも【浸蝕する澱み】によって身体能力が低下している事が致命的だ。つまり力も身のこなしも先程より劣化しているのだから。


『グゥォオオォッ!』


 それでも斧を握り立ち上がるのは戦士としてのプライド故か。ならば、こちらも最後まで全力で攻撃しよう。俺の足元から出ている四本の赤い触手がオークファイターへと殺到した。




「これは……」


 光の塵となって消え行くオークファイターを見送ると、何だか身体に力が漲る感覚がする。何だろう、これ。まるで先程の自分とは違う存在になったかのような、今の自分ならば何でもできそうな気がしてくるこの感じ。


「あの、どうかしましたか?」


 不思議そうな顔をしている黒髪の女の子。あぁ、何時の間にか戻って来ていたのか。どうやら無事にオークを倒す事ができたみたいだ。


「ん。あぁ、いや何でもない。怪我はない?」

「はい。アレならば私でも対処が可能ですから。あの、助けて頂いてありがとうございました。私は櫻羽舞香と言います」


 何とも綺麗なお辞儀だ。長い黒髪とグレイブらしき槍を持って背筋が真っすぐな姿勢に凛とした雰囲気。まるで大和撫子然とした女武芸者みたいだ。獣耳と尻尾が生えているけど。あ、耳がピクピクと動いてる。

 それにしても、やっぱり気のせいじゃないな。この子を見ていると妙な感覚を感じるし、凄い気になる。


「俺は如月修司。よろしく」

「はい、よろしくお願いします。……あの、助けて頂いたのにこんな事を聞くのは失礼だとは思うのですけど。人間、ですか?」

「あぁ、こんな触手出したりしてれば気になるよね。一応、人間……いや、元人間の可能性もあるのか?」


 そう言えば俺の身体自体に【再生】が効果あるんだよな。つまりこれって俺の身体は触手と似た様なものなのではないかという疑惑が出てくる。……深く考えるのは止めよう。


「でも、櫻羽さんも人の事を言えないんじゃ?」

「あ……この耳と尻尾の事ですか? これ、何なのでしょうね?」


 <アークスターの落とし子>による影響らしいけど、本人にはその辺良く分からないのか。その辺を説明しても良いけど、ここでする事でもないかな。


「とりあえず、櫻羽さんの敵じゃないのは確かって事で」

「はい、助けて頂きましたからそこは疑っていません。でも、どうしてこんなところに?」

「あー……それに関しては俺も良く分かってないんだよなぁ。気付いたらここら辺にいたから……」

「そうなんですか?」

「うん、困った事にね。だから、実は今のこの辺の状況も良く分かってないんだよね」


 正確に言えば意識を取り戻した場所がこの近くだったのは何故かは分かっている。恐らくはディトアグルの仕業だろう。俺とどうしても契約をしようとしていたのだし、それくらいはしてもおかしくない。

 だけど、この辺の状況を知らないというのは本当なので、全部嘘というわけではないし、許してもらおう。


「櫻羽さんはこの辺の今の状況って分かる? 安全な場所や危険な場所とか」

「私もちゃんと全部把握しているわけではないですけど、少なくとも最後に聞いた情報だと西側と都心は安全だって話でした。逆に東側は相当危険で北側もあまり状況は良くなかった筈です」

「ふむふむ」


 そうなるとやはり例の歪とやらは東側にあるのかな。こういうのって敵が強かったり多かったりするところにあるのが鉄板だよな。


「そう言えば櫻羽さんは何でこんなところに?」

「私は、食料を手に入れに来たんです」


 そう言って櫻羽さんは視線を別のところに向ける。そっちを見てみるとパンパンになっている大きなリュックサックがある。櫻羽さんの言葉から察するに中には食料が入っているのだろう。しかし、一体何の為に? もしかして西側や都心で食料不足になっているのか?


「ここで長々と話すのも何ですし良ければ着いてきて頂けませんか?」

「あぁ、それは良いけど」


 相性の良い子ならばこのままサヨナラをするわけにはいかない。戦力を増やす機会を逃すわけにはいかない。

 いや、けしてこんな美人さんとお近づきになれるかもしれないとか、もしかしたらそういう関係になれるかもしれないとかそういう事を考えているわけではない。わけではないったらない。

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