第3話 風車の街

 広大な大地を源にして、それは今日も力強く回っていた。

 一か月ほど前に村を出た僕は、沢山の発見をしながら風車の街を目指し旅をしている。

 道中では、アグルという名の一頭の馬が道連れにできた。

 名前の由来は風を生むという意味の言葉『アグゥ』からとったらしい。

 僕としてはこの名前は非常に気に入っているし、そう呼ばれるときの彼も心なし喜んでいるように見える。

 そんな僕ら二人の旅人は今日、目的の地へとたどり着こうとしていた。

 

 冒頭の言葉通り、街の中心の一際目を引いてやまない場所にそれはある。

 まぎれもなく、僕が幼いころからずっと大事に思っていた風車だった。

 ついに、一月と一週間ほどかけてゆっくりと旅をしていた僕らは目的地である風車の街にたどり着いたのだ。

 想像を遥かに凌駕するほどの大きさを誇る風車は僕の意識を数秒ほど奪っていく。

 呆然と立ち尽くしていた僕をかき混ぜるように風車によって生み出された風が僕の頬をなでる。

 ついでに反対側の頬をアグルに舐められることによって僕はようやく自我を取り戻した。

 圧倒されていたのだろう。

 幼いころの薄らいだ記憶の中に存在していた風車よりも実物はもっと大きい。

 ここに住む街の人々は皆この風車を中心に動いているのだ。

 その行方をいつまでも見守っていたくなるほどに僕の心の中は感動で満たされていた。

 そして二度目のアグルからの早く行こうという催促を左頬に受けた後、僕たちは一先ずの憩いの場である宿を探すことにした。

 

 この風車の街には沢山の人がいる。

 時には人ならざる者たち、所謂亜人の類も見受けられたが誰も特に気にした様子は見られないため、ここではそう珍しくはないのだろう。

 それでも僕はそのキュートなしっぽにしばらく目を引っ張られていたが、怪訝そうな顔で睨まれたので急いで顔を背ける。

 街の中は入り口から見るよりもまだ大きかった。

 だからこそ簡単に宿も見つかるだろうと高をくくっていたのだが、どうやら当てが外れたらしい。

 どこの宿屋も一杯なのだ。

 これは後から聞いた話だが、この時期は風車の街でも特に一番大きい祭りが開かれるらしかった。

 道理でこの宿の競争率だったらしい。

 しかし、だからと言って宿無しでいるわけにもいかないのだ。

 ひとしきり困った後、物は試しとこの街のメーンストリートにある役所を訪ねてみる。

 すると、どうにも医者に困ったらしい僕と同い年ぐらいの少女と出合い頭にぶつかった。

 慌てて頭を下げてくる彼女をなだめてから、何があったのかと問いかける。

 詳しい話を聞いてみれば、普段から働き者の父親がこの祭りの時期にさらに張り切って倒れてしまったらしい。

 仕事の内容を聞いてみればどうやらそれなりに名のある宿屋の名物亭主らしいのだ。

 幸いにも僕には医者の心得がある、どうか診せてくれないかと頼んでみれば飛び上がって喜ばれた。

 正直なところ、ついでに宿を得れないかという下心もないわけではなかったので複雑な気持ちにはなったが、彼女の父親を助けたいという気持ちも本当なのだ。

 ここで病人を見捨てて引き下がるのもおかしな話だろう。

 

 結果としては、連日の徹夜が祟っての睡眠不足だったわけで特に異常は見られなかった。

 しばらくは体を休めて夜はしっかりと眠るようにと伝え診療は終わった。

 お代を渡そうとしてくる母娘を止め、その代わりに厩舎と部屋を一部屋貸してくれないかと尋ねてみると二つ返事で了承してくれた。

 よかった、これでアグルと二人で仲良く野宿は避けられたわけだ。

 あてがわれた部屋は三階建てである宿の三階にある角部屋だった。

 なかなかに広くて小洒落たインテリアなどが品よく飾られておりとても居心地がよく、後で確認しに行ったアグルの厩舎もとても広く開放的にできていた。

 宿の名前を「黄昏の箱庭」といい、これからもここに住もうかなどと考えてしまうほどには素敵な宿屋であった。

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