第11話 新たな仲間が必要だ
――やっぱり……、やっぱりだ!
俺は深夜の第七で魔物と戦っていた。
成人男性ほどの体躯に、異様に長く太い腕。体毛はいっさいなく、黒々とした肌はつるりとしている。それが同時に二体。
ステータスはこうだ。
【名 前】ドッペルゲンガー
【レベル】30
【職 業】――
【体 力】75
【筋 力】22
【魔 力】17
【耐久力】20
【素早さ】20
【知 力】6
【 運 】5
【スキル】分裂
ガーゴイルよりは弱いが、ゴブリンよりは強い。そんな魔物が同時に二体現れたことによって、俺が感じていた疑念はほぼ確信に変わった。
しかしいまはそれを熟考している余裕はない。
襲いかかってきたドッペルゲンガーの胴を肩から脇腹へ斜めに斬る。するとその身体は煙のように形を失い、風に溶けるように消え失せた。
もう一体のドッペルゲンガーに目をやる。その足元の影がやおら盛りあがって、黒いなにかが這い出してきた。
それはドッペルゲンガーだった。再び二体となったドッペルゲンガーが、まるで双子のように並ぶ。
つまり一体を倒しても、もう一体が残っているかぎりいくらでも復活してしまうのだ。ならば同時に二体を倒せばいいと考えたが、ドッペルゲンガーたちはけっして同時に襲いかかってはこず常に一定の距離を保っているため、それも叶わない。
倒しても倒しても状況がリセットされてしまう。こんなことをもう何回も繰りかえしている。十回までは数えていたが、それ以降は空しくなってやめた。
ステータス的に負ける相手ではないが、このままでは絶対に勝てない。
空も白々と明るくなってきたころ、どこからか男の大声と複数の足音が聞こえてきた。衛兵隊がようやく駆けつけたのだろう。
するとドッペルゲンガーはお互いの顔を見合わせ、左右に散開した。
「あっ、くそ!」
――逃げやがった……!
ドッペルゲンガーとしては対複数は避けたいということだろう。逆に言えば奴らは対単体の魔物であるということだ。つまり――。
――俺にターゲットを絞ってる。
そう考えて差し支えないだろう。
俺はフードを目深にかぶり、第七をあとにした。
屋敷へ帰ると、リュエットが隠し部屋のイスに座りうつらうつらとしていた。俺に気がついて弾かれたように立ちあがる。
「おかえりなさいっ」
「起きてたのか」
屋敷が寝静まってからの出動だったためリュエットに声をかけなかった。しかし今日はそれが幸いしたと言える。あのレベルの魔物相手だとリュエットの範囲攻撃は火力不足だ。
ドッペルゲンガーについての情報を共有すると、リュエットは言った。
「ゴブリン相手ならわたしの力が有効でしたが、今回はお役に立てなさそうですね」
彼女も同意見らしかった。
「手が足りない。仲間がいる。新たな仲間が」
するとリュエットは目を輝かせた。
「第二期メンバーですね?」
「呼び方は知らんけど」
「第二期メンバーがいてこその初期メンバーじゃありませんか」
「そのこだわりも知らんけど」
俺は戦闘中に考えたことを口にした。
「魔物が進化しているような気がする」
「進化?」
「いや、進化という言い方が正しいのかはわからないが。最初に戦ったのはサイクロプス――攻撃力に優れた魔物だった。つぎはガーゴイル。こいつは石の魔物で耐久力が高かった。そのあと数回の戦闘を経て、現れたのは多数のゴブリン。一匹一匹は弱いが、リュエットの範囲攻撃がなかったら手こずったことだろう」
リュエットはこくこくと頷いた。
「なるほど、つまりこう言いたいわけですね。――こちらの戦力に対応するように魔物が出現していると」
「ああ。サイクロプスは鉈で倒した。するとつぎは石の魔物が現れた。武器が鉈のままだったら倒せなかっただろうな。で、つぎは俺が単独行動していることに目をつけたかのように多数のゴブリン。それを範囲攻撃で焼いたら、今日のドッペルゲンガーだ」
偶然も三回続けば偶然ではない。
「たしかに、意志のようなものを感じますね」
――意志……。
的を射た表現だと思った。どこかに魔物の司令官のようなものがいて、そいつが指示を出しているのだろうか。
疑問はそれだけじゃない。そもそも魔物はどこから現れているのかすらわかっていないのだ。考えなければならないことが多すぎる。
「よしっ」
――明日にしよう。
寝不足と肉体疲労でよい考えなど浮かぶわけもない。明日以降の俺にすべてを丸投げして、今日はもう寝ることにした。
◇
翌日、俺は王立図書館に赴いた。城と見まごうばかりの巨大な建築物。ここには王都だけでなく、この世界の歴史が綴られた文献や資料が所蔵されている。
過去にも王都内に魔物が現れたことはあるのか、あるとすればなぜ、どうして、どこから現れるのか。それを調べにやってきた。
奥にある歴史資料の棚の前に立つ。
――でっっっっか……。
リュエットの部屋にあった本棚も大きかったが、この棚はそれの比ではなかった。見あげるほどの高さで、上のほうにある本が霞んで見える。はしごが備えつけられているのも納得だ。
――骨が折れそうだな。
手をつける前からうんざりする。俺はため息をつきながら、適当に一冊の本を抜きとった。
じわ、と頭のなかの石が熱を持ったような感覚があった。
――なんだ?
脳裏に大量の文字が洪水のように流れていく。それは俺の知らない王都の歴史だ。
やがて文字の洪水が治まった。俺は怪訝に思いながら本を開く。そこにはたったいま俺が
――これも【理解】か?
もう一冊、本を手にとって見た。再び頭のなかに文字が流れこんでくる。表紙をめくるとやはりいま知ったばかりの知識が書かれていた。
――万能すぎる。
日常生活や戦闘だけでなく学問でも【理解】は役立てることができるようだ。俺の知らない使い方がまだまだあるかもしれない。
しかしいまはひとまず王都の歴史を紐解き、魔物の情報を仕入れなければならない。
俺は端の本を手にとり、意識を集中した。
情報収集を終え、俺は第七の道を川のほうへ向かって歩いていた。王立図書館から屋敷に向かうより、第七から地下水路を通って帰ったほうが近道になる。
歴史書の知識はほとんど役に立たなかった。この世界は竜が作っただとか、竜が魔物から人間を守っただとか、魔物を封印して竜も眠りについたとか、歴史というよりは神話ばかりだった。人間と魔物が戦った記述自体が少なく、王都内に魔物が現れたという記述に至っては皆無だった。。
新聞のほうも
――それだけわかってもなあ。
そのとき、頭に引っかかるものがあった。
――四年前の冬頃……。
なぜだろう、妙に気になる。以前、どこかで耳にしたことがあるような気がする。
俺は立ち止まり、記憶を探る。
「パパだ!!」
しかし俺の深い思索は、どこからか聞こえてきた甲高い子供の声で中断を余儀なくされた。
「パパー!」
親子連れだろうか。微笑ましい気持ちになる。俺たちが魔物を退治することで彼らの生活を守れているのなら、こんなに嬉しいことはない。
「パ・パ!!」
しかし、さすがにうるさくなってきた。やたら声が近いし。パパはどこに行ったんだ。
とうとつにぐいっと手が引かれて俺は倒れそうになった。
「パパってば!」
手を引いた主が元気いっぱいに言う。十歳に満たないくらいの獣人の子供だ。その目は俺に向けられていた。
念のため振り向いて後ろを確認するが誰もいない。その目も言葉も俺に向けられたものにまちがいないようだった。
もちろん俺に子供などいない。女性経験もないのにどうして子供ができるだろう。
俺は引きつりそうになる顔面に無理やり笑顔を形作った。
「ちょっと記憶にないかなあ」
「わたしは覚えてるゾ! パパはわたしを助けた! だからパパだ!」
助けるとパパ認定されるらしい。謎の論理である。そもそも助けた記憶は――。
――いや、待て。
青みがかった深い灰色の尻尾と、同じ色の瞳。
俺はこの子と会ってる。
――あれは、たしか……。
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